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桃紅の約束 〜参

 領主が右肩に刺さった矢を抜く

 後ろで控えていた武士達が前に出ようとする


「下がっていろ

 わしがやられるとでも?」


 分厚い甲冑に阻まれて、思ったより深く刺さらなかったか


 与一は、自分の技術の低さを呪った


「んだこらぁぁぁぁ、やんのかおらぁぁぁ」


 途端、後方から聴こえてきた怒鳴り声

 傷薬を塗っていた桃に笑顔が戻る


「此の声は梅喧、来てくれたんだね」


「あぁ、御前の守り人として、な」


「御前も!?」


「あぁ、光政様の手当てをしてくれて、今は玄信様の手当てを」


「玄信も…

 容態は?」


「御前がいるから、大丈夫

 龍王具教共々、お互いかなり傷ついてる」


 与一の言うとおり

御前がいてくれるならきっと大丈夫

 あの子なら、最善を尽くしてくれる


「おいらもいますよぉっと!」


 小太郎が、後方からひょこっと顔を出した

 其の隣には、先程まで深紅の甲冑を纏っていた鶴姫

 手には、薙刀のほか、金時の鉞が握られている

 鶴姫の顔がいくらか恥ずかしそうに見えた


 続いて、鶴姫が目を合わせたのは才蔵

 互いに何も話さない

 唯、互いの瞳に映る燃えるような志し

 其れを読み取ったのだろう

 小さく、本当に小さく頷く二人

 

「才蔵、てめぇなんでこっち側なんだよ!

 やんのか、おるぁぁぁ!」


「お前は黙ってろ

 後で全部説明してやる…」


 猛る梅喧を一言でいなす才蔵

 其の光景を見て微笑む桃


「皆、無事だったんだね」


 桃の顔に覇気が漲ってくる


「なら、あとは…」


 領主だけ…


「鶴、貴様、正気か?

 わしに歯向かうのか

 どれだけ可愛がったか、忘れたわけではなかろう」


 嫌らしさの極みのような表情をして鶴姫を見つめる領主


 鶴姫の顔が悲壮に満ちていく

 住むところも帰るところも、食べるものもない状態の自分をかこってくれた

 少なくとも人生の半分以上を共に過ごした領主

 恩がないわけではなかった


「おるぁぁぁぁ、てめぇぇぇ領主!

 てめぇは鶴姫のことを人間として扱ってたのか?

 てめぇは人のことを道具としてしか見てねぇだろうがぁ!

 人の気持ちを、心を弄びやがって、何が可愛がっただぁ?

 奪ったの間違いだろうがぁ!」


 梅喧が鶴姫を養護した

 梅喧と鶴姫

大駒として長い時を共に過ごした二人


 人間らしく、有りのままの感情を恥ずかしげもなく出す梅喧

 鶴姫はそんな梅喧が、苦手だった

 鬱陶しく思った時もあった

 だが、感情に素直になった今ならわかる

 其の真っすぐさに羨望していたのだと


 鶴姫は梅喧の後ろ姿を眺めながら


「ありがとう…」


 そう優しく囁いた

 梅喧はわざと聴こえない振りをして、領主を睨みつけた


 孤児だった梅喧

 鶴姫の境遇には共感するところがあった

 然しそんな鶴姫が感情を出さずに淡々と、堂々としている姿に尊敬の思いがあった

 でも、無理をしているようにも見えた

 互いが大駒として領主に仕えている時、鶴姫に対して抱いていた複雑な感情


 だけど今はわかる

 鶴姫だって一人の人間、其れに今はこんなにも脆そうに見える

 今の鶴姫を傷つけようとする者がいたら、其れは俺が赦さねぇ


 梅喧は鎖鎌をブンブン振り回しながら、領主を睨みつけていた


「物乞い乞食の糞孤児共が!

 蝿共、皆殺しだ」


 領主の雰囲気が変わった

 これまでとは違う

 かつての部下に背かれたことが余程癪に触ったのか


 これまで数々の人を騙し、傷つけ、殺してきた癖に…


 才蔵が黒点のような瞳で領主を見つめる


「お前の頼みの綱の大駒は、もういない」

 

 才蔵が口を開くと、領主は嫌味の籠った笑みを浮かべた


「王こそが最も強く美しい

 他の駒など所詮、使い捨てに過ぎぬ

 雑魚がいくら集まろうと無駄なこと」


「面白れぇ…まずはおいらから行くぜ」

 

 駆け出したのは小太郎だった


「おいっ、無暗に動くなっ!」


 才蔵の叫びは一瞬遅かった


 次の瞬間、空気が裂けた

 小太郎の姿が掻き消え、爆ぜるような衝撃音とともに壁へと叩きつけられていた

領主が金棒で小太郎をは思い切りはたいたのだ


「は、速すぎんだろ…

 やべぇ、肋骨折れたかも」


 小太郎は素早く、立ち上がりながら息を整えた


 戦いが長引けば此方が不利だ

 圧倒的な速さと力、分厚い甲冑…

 どうすれば…

 玄信様がいてくれたら…


 与一が考えを巡らせる

 戦場に必要なのは一人の豪傑ではない

 一騎当千など、実際には存在し得ない

 必要なのは、互いを思いやれる仲間の存在


 然し、桁外れだ

 規格外過ぎる…

 けど


 与一が大広間を見回した


 其の時、領主は後方にいる武士達を呼びつけていた


「お前ら、あれを放つ準備はしておるんだろうな

 あと、綾に”具教が殺された”とでも伝えておけ…」


 領主が語気鋭く武士達に言った

 戦慄したような表情を浮かべる武士達

 其れだけで、其の作戦が如何に恐ろしいものか判断が出来る

 然し、逆らうことなど出来ない

 領主の命は絶対

 武士達は慄きながら何処かへ向かっていく


「才蔵、あれとは?

 …才蔵?」


 与一が唇を噛みしめながら複雑な表情をしている才蔵に気付く


「…何もかも無に帰すつもりか…

 …黒鬼

 捕らえている黒鬼を解放するつもりだ」


 其の言葉に鶴姫、梅喧が反応する

 二人とも声は出さない

 然し、其の表情だけで、黒鬼がどんな存在なのか想像するに容易かった


「黒鬼…」


「並の鬼とは違う

 あれは桁外れの力を持ってる

 領主が毎日、血を啜っていた鬼

 もう、誰にも止められない…」

 

 才蔵の額に流れる一筋の汗

 与一は天を仰いだ

 

…どれだけ優秀な策士がいたとしても、絶対的な力の前では無力

 此の状況は打開出来ない

 詰み、か…


 其の時だった


「お待たせしましたぁ!

 って、あれ、才蔵様、鶴姫様…?

 梅喧様も…」


 素っ頓狂な声を上げながら城に入ってきたのは、勝俊だった

 更に其の後方には、逞しい体つきをした数人の武士達


「お前は、確か…」


 口を開いたのは鶴姫


 名前は思い出せないが、藤原道場の門下生だった男だ

 不思議だな

 これまでなんとも思っていなかった部下達

 此処へ来てこんなにも頼もしく思うとは


「勝俊です

 おら、藤原道場の元門下生達を連れてきたっす

 師範から昨日、頼まれたから」


 此の状況で、勝俊を含めた武士達が来てくれたのは、正に渡りに船

 しかも、其の集団は藤原道場の元門下生

 確実な戦力が期待出来る

 

与一の瞳が再び色づき始める


「さっき、師範から託された金時っつぁんの脇差

 一緒に戦うっすよ」


 勝俊の右腰にささった金時の脇差

 僅かな金色の輝きを放っていた

 其れは先程、玄信が具教を倒した際に使っていたもの


 左手に金時の鉞を持つ鶴姫

 先程玄信と具教が死闘を繰り広げた場に丁寧に置かれた鉞を持ってきていた

 其れを眺めながら優しく微笑む


「金時、私はお前に随分とひどい仕打ちをしたな

 都合の良い話だが、力を貸してもらえないか」


 其の瞬間、金時の鉞がぼんやりと金色の輝きを放って見せた

 まるで金時が返事をしたように

 鶴姫はまた、返答するように柄を強く握った

 其の光景を見て、桃が確信を得たように微笑む

 そして、与一に近づいていく


「与一、領主の切り札は防いでおいた方が良いかな…」


 其の問いかけに強く頷いた与一


「勝俊殿、領主は黒鬼を解放しようとしている

 其れを、止めて頂けませんか?

 残りの戦力で、領主を止める」


 与一が勝俊を見てから、其の場にいる全員の目を見て言った

 

「合点承知の助

 おら達藤原道場部隊にお任せあれです」


 一瞬の間の後、勝俊と元門下生達が大きな返事をして、何処かへ駆け出して行った

 理解が追いつかない表情の与一に、才蔵が耳打ちをする


「地下だ…

 あれは地下に幽閉されてる」


 才蔵の説明で合点のいった与一

 

「後は、皆であいつを…」


 与一達が領主の方へ向き直った


「憎しみを取り除いて、貴方の暴走を止める」


 領主へ向かってそう言い放った桃

 雷切の光は衰えない


「虫けらが揃った途端、威勢が良いのう

 反抗的なところは、母親譲りか…」


 領主の嫌らしい笑みで鳥肌が立つ

 

「…そろそろか…」


 続けて領主が不気味に、にやりと笑った


 すると、外から大群が押し寄せる足音と下品な叫び声が聴こえてきた

 耳をすまさなくてもはっきりと、そして段々と近づいて来るのがわかる


「皆っ!!」


 桃と与一が血相を変えて外に飛び出す

 雉の村民である御前を筆頭として、武器を持たぬ各村々の民達のことを気にかけた二人の行動は迅速だった

 

「何?あれ…」


 一の門から押し寄せる大群

 武士の姿も見えるが、其れよりも…


「なぜ山賊が…」


 上半身裸の者

 獣の皮を頭に被った者

 湾曲した刀と盾を勢いよくぶつけて音を鳴らす者

 甲高く下品な声を上げる者

 武士と多数の山賊

 正に烏合の衆

 其の大群が天守閣前に押し寄せようとしていた

 

「御前は、玄信は大丈夫!?」


 桃が与一を見て心配そうに叫ぶ


「御前達は、櫓の中で治療中だ

 改心した武士達も一緒にいる

 其れに、傷ついてはいるが玄信様もいるから大丈夫だ…」


 けど、玄信様はもう戦えそうにない…


 其の言葉をぐっと飲み込んだ与一

 本当は今すぐにでも駆け出して御前の元に行きたかった

 然し、目前にいる領主

 此の男を止めなければ何の意味もない


「手柄を上げたら、大駒の称号を与えると言った

 前代の大駒は全員、不作だったもんでな」


 領主が其の甲高い声を押し殺して静かに言った

 其れが更に不気味さを増して、聴いている者を不快な気持ちにさせる

  

「んだとおらぁ!

 もう一遍言ってみろこるぁ!」


 猛る梅喧

 与一が制止し、山賊達の方を指さして耳打ちする


「梅喧、あの集団の中でも輝けるか」


「…俺を誰だと思っていやがる?」


「頼む、ひと暴れしてきてくれ」


 与一の一言で目つきを変えた梅喧

 身体の芯から武威を放ち始める

 其の後ろ姿にそっと鶴姫が寄り添った


「梅喧、私も行こう

 異論は、ないな?」


 鶴姫が与一に問いかけた

 与一は暫く考え込むような仕草をしたが、直ぐに


「お願いします」


 と、静かに、だが確かな芯のある声でそう言った



 梅喧、鶴姫

 数日前までは領主直轄部隊大駒の幹部だった二人

 桃達と出逢わなければ、変わらず領主の命を受けて民の敵となっていた存在

 桃の祈り、其れは確実に二人の胸に届いていた

 

 桃は大群へ向けて駆け出そうとする二人に近づく

 そして、二人の手を取って目を閉じた


「まずは無事に帰ってきて

 此れからの時代、貴方達は必要な存在

 沢山の痛みを知ってるから

 沢山の罪を犯したから

 貴方達は生きて、償わなきゃならない

 そして、幸せにならなきゃいけない

 だから、死なないで」


 温かくて厳しい言葉だった

 ほんの僅かなやりとりの中で、桃は思いを伝えきった

梅喧と鶴姫に其の思いは届いていた


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