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戮力一心(りくりょくいっしん) 〜壱




「信じて、待ってて良いんですか?」


 振り絞った声だった

 

「待っていてくれたら、必ず戻ります」


 力強い言葉

女は頷く


「もう失うのは沢山です」


 女の言葉に、今度は男が力強く頷いた





…右手を出して空に掲げる


 一念天に通ず

  


「さぁ、行くよ」



 晴天の空の下、胸に揺るがない思いを抱いた者達が城へ向かっていった



  

…一方、戌の村


 鬼ヶ島から一人、生まれ故郷である戌の村の目の前まで来た玄信

 既にして満身創痍


 さっきまで見えていた夕陽はすっかり沈み、代わりに闇が溶け出していた


 村入口の門番に目をやる


 …さて、此処が難問だ


 玄信は腕を組みながら思考を巡らせる

 と、同時に組んだ腕を解く


 門番をしていた二人の内の一人

 なんと藤原道場の元門下生の若者だった

 其れに気付いた玄信


 当時は未だ幼い少年だったが、見違えるように立派になった

 背丈はもう殆ど俺と変わらないか

 随分としっかりしたもんだ


 玄信は十年という時の長さを痛感していた

 不意に近づいて来た玄信を見て、其の若者の顔が瞬時に強張る

 だが其れは、直ぐに理解出来ないという表情へと変わる

  

「し、師範、どうして!?

 遣鬼使となって鬼ヶ島に行かれたのでは?」


 遣鬼使になることは死を意味する

 まるで亡霊を見るような目つきだった

恐悦至極といった感じだろうか


 玄信はやれやれと言った顔で返答する


「俺を誰だと思っているんだ勝俊かつとし

 お前は城に仕える様になったんだな

 達者か?」


 二人は短い握手をすると、勝俊と呼ばれた若者は力強く頷いた


「お陰様で達者でやっています

 師範、此処に来られたのには何か訳がお有りなんでしょう」


 勝俊の理解は早かった


「そうだ、悪いな

 取り敢えず中に入れてくれ」


 可愛がっていた門下生が門番で良かった

 もし全く知らない者が立っていたら

 もし自分が領主からお尋ね者として手配されていたら


 …考えるだけで恐ろしい


 然し、俺が戌の村から離れて十年…

 戌の村の遣鬼使は藤原道場の門下生から出されていた

 其れは便りで知っていた

 にも拘らず何も出来なかった

 門下生達には、俺への恨みもあったろう

 なのにこうして普通に接してくれるのは本当に有難い


 玄信が物思いにふけている間、勝俊は玄信から離れ、もう一人の門番に耳打ちをした

 そして、門は静かに開かれた



 戌の村へ入ると、玄信は勝俊に軽く頭を下げた


「…勝俊、本当にすまんな

 それと、金時の家を教えてほしいんだが」


 ほんの少しだが、間が空いた

 勝俊は始め、キョトンとしたような顔をするも、直ぐに事態を悟ったように返答した


「中央酒場の奥、路地を入った直ぐ左手にある、割と小さな家です」


 其の声は明るくなかった

 

 勝俊は今や領主の部下でこの町の武士

 此度の遣鬼使が玄信で、其の付き添いが金時であることも知っている

 そして、勝俊の視線は玄信の右腰や背中へと向けられた


 金時の脇差と鉞に気づいたようだな

 説明する手間が省けて助かる


「勝俊…」


 玄信が真剣な表情をしながら勝俊に近寄って耳打ちをした

 勝俊は其の後、一瞬驚き、困惑したような顔をしたが、直ぐに力強く頷いた


「師範、御武運を」


 ゆっくりと背を向けて去ってゆく玄信を見送りながら、勝俊は頭を深々と下げた



「町並みはそう大して変わらねぇやな」


 玄信は村の風景を見ながら安心した様に呟いた

 

 然し、人が多い

 其れに、行き交う人達が昔に比べ綺麗な恰好をしているように見える

 雉の村が田舎過ぎただけか


 いや、此の村はやはり栄えている

 他の村の血を吸う領主の残余物が食えるんだ、当たり前と言えば当たり前か


 すれ違う人達の視線に気づき、我に返る玄信 

 汚れた姿が目立ったのだ


 …さぁて、金時の家を探すかね


 玄信はやや顔を隠すように手拭いを頭に巻いて目深にし、勝俊に教えてもらった金時の家を目指した


 

「中央酒場の奥、路地を入って直ぐ左の家か、おぉあそこか、ん?」


 玄信は一つの小さな家を見つける

 どこにでもあるような家、然し物凄い違和感


 其の小さな家の玄関に何人もの武士が連なり、中から怒号があがっていた


「言うことを聞けおらぁっ!!」


 ドスの聞いた野太い声

 死地を搔い潜って来た者にしか出せない、迫力のある声だった


 其の声に混じって聴こえてきたのは、幼い子供の泣き喚く声、女性の悲鳴


「やっぱりな」


 玄信は声が聴こえてきた家の方へ向かって走る


 玄関には、子供が書いたであろう稚拙だが可愛らしい

『金時之家』

の文字


 …間違いない、ここだ



「おいコラ、子供達が怖がってんじゃねぇか」


 一番後ろの武士を投げ飛ばしながら家に押し入った玄信が叫ぶ


 九、いや十人か 

 此処にこれだけの人数を送ってきたということは…

 俺が来ることはばれていた…?


 狭い家だった

 子供が作ったと思われる玩具や小さな服が多い

 何もなければ、幸せそうな家庭に感じる

 だが然し、荒らされていて、今は悲惨な状態だ


 一番先頭の武士の前にいる髪の長い女性

 金時の妻だろうか

 其の女性の両腕にへばりつく幼い男女の子

 金時の言っていた可愛い子供達か


「何だ、貴様?」


 武士の中の一人が玄信に接近して問う

 其の武士の下駄の下には小さな草履


「おいお前、汚い足をどけろや!」

 

 途端、玄信が物凄い武威を放ちながら叫んだ

 此れには堪らず、足をどかした武士


「可哀そうに、怖かったろう

 もう大丈夫だ」


 玄信は先程までの武威を解きながら、女性と子供達に優しい言葉を投げ掛けた

 まるで別人のように優しい顔だった


 其の後、武士達に向き直って、再び凄まじい武威を放った玄信

 

「お前ら、表へ出ろっ!!!」


 蠟燭の火が揺らめく家の中は薄暗い

 お陰で女性や子供達の悲壮な顔を見なくて済む


 武士達の表情を伺い知ることも出来ないが、一人二人と家を出て行く様子で、玄信の申し出が受け入れられたのだとわかった

 


 

 最後の武士が玄関の敷居を跨いだところで、玄信は振り返らずに言った


「貴女の御主人は立派でした

 先ずは此奴らを片付けて、其の後きちんとお話しします」


 其の言葉で女性は全てを悟ったのだろう


 女性の目から流れ出てきたのは先ほど迄流れていたのとは違う意味を持った泪だった

 今度は静かに、声を押し殺す様にしてまた、泣き始めた


「御免…」


 玄信は其れだけ言って、戸を静かに閉めた



 金時の家が酒場の近くで良かった

 喧騒と言わないまでも、人声が聴こえてくる

 此処でひと暴れしても、騒ぎに成り難そうだ

 其れに、大きな通りから一本奥に入った場所だから、人目にも付きにくい


 玄信は外に出て相対する武士達を見定めていく


 先ほど投げ飛ばした者も既に立ち上がっている

 皆二十前後、桃と同じくらいの若者もいるか



「…っ!?」



 途中、玄信の視線と思考回路が同時に停止する


「おいおい、またかよ

 光政みつまさなのか?」


 溜め息混じりに言った玄信

 今度は、光政と呼ばれた武士が口を開く


「お久しぶりです、師範

 こんな形ですが、またお会い出来て光栄です」 


 丁寧に会釈をしたのは、玄信に光政と呼ばれた男

 歳は二十五

 玄信と相対している十人の武士の中では一番年上

 

 玄信の父一刀斎が開き、玄信が跡を継いだ藤原道場

 其の門下生であり、一、二を争う程優秀だった男

 其れが光政

 武だけではなく学問にも優れ、将来を切望されていた


 俺が戌の村を去ったことで、藤原道場を継いでくれるかもしれないと淡い期待をした時期もあったが、まさか領主の直参になっていたとは


「師範、残念そうな顔に見えますが、これでも私は良くやったほうなんです

 あれから十年、どれほどの苦労があったか」


 光政は幾つもの感情が入り混じった様な複雑な表情をした


「そうだよな、済まなかった

 此の十年、俺はお前達に何もしてやれなかった」


 本音だった

 鬼の刻の後、玄信は領主から雉の村へ移住するように命じられた

 雉の村での生活

 桃と修行に明け暮れた

 戌の村に戻ろうと思えば戻れた

 だが其れをしなかった玄信


 …出来なかったから…?

 何故?


 其れを明確に答えることは今の玄信に出来なかった


 戻ったところで何が出来る?

 領主にばれて門下生がひどい目に遭わされたら

 …いや、今となっては言い訳に過ぎない

 雉の村での生活が心地良かったのか

 心眼を持つ桃に、希望の光を見出したからか


 唯一つ、確かに言えるのは先ほど光政に放った言葉


『何もしてやれなかった』


 其れは本心だった

 

「今更悔やんだところで、許してもらえそうにないな

 唯、今はやるべきことがあるんだ

 だから此処は、引いてくれないか」


 険しい表情をして言った玄信

 無理な願いであることは当然わかっている

 其れでも、避けられる戦いは避けて通りたい

 まして、同じ釜の飯を食い苦楽を共にした藤原道場門下生の者との戦いなら尚更


「其れは出来ませんね

 私も今では護るべきものがありますんでね

 此処で引いておいそれと帰る訳にはいきませんよ

 …お前達」


 光政の顔は暗かった

 感情を無理やり押し殺して言っている様にも見えた

 

 然し、周りの武士達は其処まで読み取っていない

 光政の声で抜刀する


 最早此れは避けられぬ戦い


 玄信は目を閉じると、細く長い息を吸い込んだ



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