一蓮托生 〜参
轟音を響かせて崩れていく雉の村
例え火が全て消えたとしても、恐らく再起は不能
村としての機能どころか、既にして建物は一つも其の原型を留めていないのだから
桃の両目から溢れる泪
後ろ髪を引かれる思いもある
然し、立ち止まっては死を待つだけ
今は御前を助けて私達も生き延びる
其れしかない…
『形あるものはいつか必ず滅する
其れが自然の摂理
正に諸行無常じゃからな
失ったことを悔やむ時間は、新しいことを産み出す時間に充てるが吉じゃ』
幼き日、桃の大事にしていた小物入れが壊れた時に翁が言った言葉
桃は炎と煙から逃げながら、其の光景を思い出していた
あの時は意味がわからなかった
だけど今は其の意味がわかる
「桃っ!小太郎っ!
御前?」
桃の目の前に突然現れたのは与一
桃達は崩れ行く村の出口にいた
御前を救い出したのだ
…あれ、此処は何処だろう
私は何をしていたんだ..ろ.う
ドサッ
髪飾りを握りしめたまま地面に力なく倒れこむ桃
煙を吸いすぎたのか、既にして意識がない
肌の所々は赤く爛れ火傷を負っている
「皆、桃が倒れた!!
力を貸してくれぇ!!
御前も桃達が助けてくれた!!
三人を川のほとりに運ぶ!!」
与一が叫ぶ
すかさず桃を抱き抱える
御前をおぶっている小太郎の身体も小刻みに震えていて、今にも倒れそうだった
村人達、其々手負いの中、数十人が協力して三人を川のほとりへと運ぶ
「小太郎、有難う。
本当に有難う
全員で帰って来てくれて...」
与一が泪を流しながら小太郎に謝辞を述べる
「目の前で人が死ぬのなんて、もう見たくねぇんだ
其れに、其の人が仲間の大切な人なら尚更だ
ゴホッ
おいら、頑張ったかな
どうだ?父ちゃんと母ちゃんも見直しただろ...う」
小太郎は少し得意げにそう言って目を閉じた
人差し指で鼻の下を数回こすりながら言ったから、其処だけ黒い煤がついて何とも可愛らしい顔になっている
「ふふっ、有難う
お前は最高の仲間だよ
本当に感謝している」
村人に担がれた小太郎に優しく囁いた与一
そうして川へと運ばれた三人
桃はしばらくして目を覚ました
頭痛がひどい
咳も出て呼吸が苦しい
露出していた肌が彼方此方痛む
火傷したのかな
でも程度は軽い
其れより…
「御前はっ!???」
桃が叫び声を上げる
鬼気迫ったような桃の表情に反し、与一が優しく微笑む
「生きてるよ
恐らく躓いたことによる気絶だ
火傷の程度も低いし、呼吸音からしてそこまで煙は吸っていないと思う
脈は低かったが、命に別状はない」
其れを聞いて安堵に包まれる桃
此れも不幸中の幸いか
雉の村は農村という表の顔の他、医師の村という裏の顔もある
薬学、医学に精通する者が多い
中でも御前は、病に苦しむ母を治療する為に凡ゆる知識を得ようと努力していた
恐らく村でも其の知識、技術は一、二を争う程
これからの時代に必要な人なんだよ
生きていてくれて良かった
間に合って本当に良かった
隣で小さな寝息を立てて眠る御前を見て優しく微笑んだ桃
寝顔は幼い頃と変わらない
愛嬌のある優しい顔
こうして良く見ると何処と無く与一にも似ている気がする
眉尻に向かって少し下がる眉
綺麗な二重に長い睫毛
高い鼻
仄かに赤みを帯びた頬
少し癖のかかった黒色の髪の毛
私の大切な妹
生きていてくれて有難う
一人にして御免ね
熱かったね
辛かったね
良く頑張ったね
御前の近くに置かれていた髪飾りは壊れていて、もう其の役割を果たせそうにない
「また新しいのを見つけなきゃね」
小声で御前に囁きかけた桃
「いや、本当に良かった
有難う、桃」
目に泪を溜めたままの与一が言う
「こらこら、泣かないよ
兄様が泣いてたら、御前が起きた時びっくりしちゃうでしょ」
与一の頭を何度か優しく撫り、抱きしめた桃
「すまない。嬉しくて。
小太郎も無事だよ」
与一が照れたような表情をして、少し離れた場所を指さす
其処には横になっている小太郎がいた
桃は身体を起こし、小太郎に近づいていく
「小太郎、本当に有難う
貴方が来てくれなかったら危なかったかもしれない」
目を瞑る小太郎にそう囁きかけた桃
小太郎は何も返事をしなかった
然し起きていた
御前に覆いかぶさっていた瓦礫を触った手が、火傷によってじんじんと痛む
小太郎は其の手を握りしめながら、桃の言葉を噛みしめていた
…あの時、鬼の刻
もし自分がもっと強かったら
父ちゃんや母ちゃんを救えたかもしれない
いや、過ぎたことを考えても仕方がない
大切なのは生きることなんだ
これからの未来を充実あるものにしていくこと
「無事で良かった
与一も桃もおいらにゃあ大切な仲間だ
仲間の大切な人は、おいらにとっても大切な人だからさ
其れによ...」
小太郎が急にそう口を開いた
「起こしちゃったかな、ごめんね
有難う、小太郎」
再び感謝の気持ちを伝える桃
与一も二人のもとに近づいてきた
小太郎は照れ臭そうに続けた
「ちょっと気になっててさ、与一の妹
か、可愛いしよ
む、胸も大きいし」
「前言撤回だ小太郎
全くお前って奴は、兄を目の前にして良く言うよ」
与一は呆れた顔で言った
小太郎は恥ずかしそうに頷く
「冗談だよ
さっきも言ったように、仲間の大切な人だから助けたんだ」
小太郎は赤面している
冗談と言いながらも其の所作でわかる
小太郎は御前が好きなのだ
家族を失って以来、人を好きになることがなかった小太郎
いや、正確にはあったのかもしれない
然し其の気持ちを押し殺して自分でも気付かない振りをしていただけ
好きになって親しくなれば、別れる時に辛くなる
絆をきつく結べば結ぶ程、其れが解かれる時に痛みを伴う
失うのが恐かった
だけど求めていた
突然失われた家族の愛
小太郎には未だ未だ必要だった
愛…
小太郎は心の奥底で、愛を誰よりも求めていた
然し今は分かっている
鬼ヶ島での桃の言葉によって小太郎は気付いた
道助や楓の小太郎への愛は本物だということ
死しても尚、小太郎の幸せを願っていること
失うことを恐れて塞ぎ込むよりも、愛して愛されることの方が大切なんだと
「んっっっ!?」
小太郎が突然頓狂な声を上げた
寝ている筈の御前が小太郎の手を握ったのだ
其れに気付かない様にして口を開いた与一
「まぁ然し、御前の生命の恩人には変わりない
もう一度礼を言う
小太郎、有難う」
「お、おう!」
小太郎が照れ臭そうに返す
桃は気付いていた
小太郎も御前の手を優しく握り返していたことを
結局、炎は、村の全てを焼き尽くした
風はいつの間にか止んでいて、代わりにさっきまで見えなかった大きな満月が顔を出していた
其の月明かりは残酷なまでに変わり果てた村を照らし、村民に無惨な現状を叩きつけることになった
普段あんなに煩いと思っていた虫の声すらあまり聞こえない
川のせせらぎと人々の啜り泣く声が響き渡っていた
村一帯を焼き尽くす大規模な火事だったが、犠牲者は僅少だった
子供や若者ではなく、寝たきりの状態となっていた老人の数人が此の世を去っただけ
然し全て焼き尽くされた村は既にして村としての機能を果たす事が出来ない状態だった
此れでは雉の村が在ったことすら証明し難い
…申の村に移住する様進言したのは小太郎だった
其の提案は雉の村民に幾らかの希望を与えた
雨風凌ぐ場所のない平地で生活して行くのは困難
小太郎の提案は正に渡りに船だった
利点は雉の村だけではなかった
商人の村の顔を持つ申の村
領主からの厳しい年貢の取り立ての中でも利益を生み出し、家屋や設備等は充実していた
然し鬼の刻以降、著しく人口が減っていた
十年経った未でも其の人口は戻らず、空き家ばかりが目立つ状況だった
『村の強さは人の数
烏合の集に成らぬ様優れた指導者がいれば村は更に発展を遂げられる
人を無下にしては成らぬ
人は経済を動かし、物や人を産む
真の財産とは人、つまりは人財なのだ』
此れは小太郎が幼い頃から村老である半蔵に言われていた言葉
翁や媼ら雉の村人達は、小太郎の進言に応じた
小太郎は一足先に申の村へと戻り、村老を含む数十人の仲間を雉の村へと連れてきた
申の村人達が雉の村人達を介抱しながら移住の手助けを行った
雉の村民達は着の身着のまま申の村へと移住した
一つの村が滅び、一つの村が盛の起点を迎えた
此れは史書には残らない小さな小さな出来事
然し当時の人々にとっては忘れ得ぬ大切な出来事
半蔵は雉の村民達を快く迎えた
昔から友好関係にあった雉と申の村
鬼の刻の件で雉は申を援助していた
恩は恩で返したい
其れも出来れば多く返したい
半蔵だけではない
申の村民全てが、そう思っていたから
雉の村民達は申の村に残った空き家に住むことになり、明くる朝、村の方針等を決める会議が開かれた
其処には桃、与一、目を覚ました御前の他、雉の村の生き残り、申の村民の殆どが参加した
梅喧にあっても、眠そうな顔をして参加した
会議では、実に様々な事が話し合われた
其の大半は村での生活のことだった
皆、不安もあったが新しい生活への期待もあった
申の村の表向きは商人の村、高い交渉力、経済力がある
其処に雉の村の農学、医学の知識が合わさるのだから、村が発展しない筈はなかった
然し、懸念はあった
領主のことだった
配下にある村が強大な力を持ち、自分に対抗し得る勢力と成ることを許す筈がない
領主の話しになった辺りから、会議の場の雰囲気は打って変わり重く暗いものとなった
沈黙が続いた後、重たい口を開き、桃の出生の秘密を語ったのは翁だった
雉の村と領主との血塗られた関係
桃が知りたかった全て
翁は包み隠さず話した
桃は吐き気を抑えながら聞いていた
合点がいく点も沢山あった
雉の村民達は皆、申し訳なさそうに俯いていた
話しを聞き終えた時、桃は自分の生い立ち、母かぐやの生涯を知って静かに泪を流した
今度は半蔵が鬼の刻について語り出した
堪え切れず泪を流したのは申の村民達
途中、話し手は小太郎に代わり、目に泪を溜めながら、自分の家に鬼が来た時の話しをした
啜り泣く声が響き渡る集会場
泪を溢さず話しきった小太郎を、御前は素敵だと思った
話は遣鬼使の話題へと移っていった
話の主導は与一だったが、途中鬼に対する桃の解釈が付け加えられた
また、沈黙を保っていた梅喧は、半ば強引とも取れる桃からの勧めで漸く口を開くことになった
…梅喧は領主直轄の大駒部隊幹部角行の地位にいた男
当然、そんあな梅喧を快く思わぬ者もいた
雉の村民達は、玄信が初めて村に来た時のことを思い出す者もいた
状況的には似ていた
然し玄信は戌の村の武士、抑も領主の反対勢力の男
対して梅喧は領主直轄部隊の幹部
敵意を剥き出しにする者がいても不思議ではなかった
梅喧は其の感情も全て受け入れるつもりでいた
だからこそ全てを話した
自分の生まれ育った環境
自分がしてきたこと
今の自分の立ち位置について
梅喧が弟妹の話をしたとき、泪を流す者もいた
然し、領主の元で人を殺し続けてきたという下りになると、先程まで同情していた者達ですら、反感を露にした
梅喧はそんな村人達の反応を肌で感じながらも、嘘偽りなく話し切った
そして最後に
「出来る限り復興に協力する
金輪際、妹と弟に恥じる様な行いはしない」
そう締め括った
未だ其の言葉が真意なのか測りかねる点はある
然し、そんな梅喧を信じてほしいと、桃達遣鬼使は口を揃えて言った
結局、桃達の言葉の影響は大きかった
雉と申の村民は、梅喧を同胞として迎え入れることになった
続いて訪れた沈黙を破ったのは桃だった
「なぜ村は燃えたの」
その問いには翁が答えた