邂逅 ~壱
「会いたかったよ」
「貴方は誰?」
「知らないだろうね
でも俺はずっと知ってたよ、お前のこと
今すぐ殺してやりたいほど憎しみながら
ずっと、お前に会える日を待ってたよ」
「また憎しみ・・・
断ち切れないのかな、負の連鎖」
時に愛は憎しみへと其の色を変え
憎しみは憎しみを呼び
其の大きさは時間に比例する
光と闇が合わさりし時
其の中心にいた者達は
自分の信じた道を
確かに歩んでいた
藤原玄信
領主直轄にして、武士が多く住む戌の村
其の村において、亡き父一刀斎の跡を継いで藤原道場の師範となり、十年前、鬼の刻(申の村が鬼に半壊させられた日)の後に、桃の用心棒として雉の村に移住させられた男
以降は桃に雷切(刀身が僅かに蒼く光る小振りの日本刀)を与え、剣の師として桃を鍛え上げた
三十五歳になった今でも、其の剣の腕は全く衰える事を知らない
桃と与一が遣鬼使として出発する其の日
玄信も愛刀である「金重」と、金重より少し小振りの無銘刀を左腰に付けた
亡き父を思い浮かべ、正座をし黙想を始めた
父へ問う
今の俺は、貴方が思い描いたとおりの人生を歩んでいるか
貴方のように強くなれているか
孤独に見えていないか
父へ伝う
俺は人生の歩み方を後悔していない
俺は誰よりも強くなる努力をした
藤原道場を追われ孤独を感じた
然し、受け入れてくれた雉の村は温かく、寧ろ今は寂しいと思うことの方が少ない
そして今日
俺は遣鬼使として鬼ヶ島へ行く
貴方が見たかった真実と、貴方の無念を晴らす第一歩を踏み出す為に
玄信の黙想は未だ開けない
遣鬼使の決定
其れは派遣の前日に行われる
事前に決めておくと決められた者が突然逃げ出したり、自害してしまうことがあるから
だから領主が治める各村の住人は、遣鬼使決定の時期が近付くと騒めき出す
一年に一度、唯でさえ厳しい年貢に喘ぐ村の雰囲気が、極端に荒れ始める
鬼が人を襲ったのは此れまでにたったの一度きり
鬼の子を公開処刑した其の翌日だけ
だから人々は皆
鬼に触れなければ祟りはない、近付かなければいい、と思っていた
遣鬼使になった者には年貢の免除や他の村への移住等、数個の特別待遇があるとの達しが領主から出されていた
然し、遣鬼使がこれまで帰村した実績はない
結局其の待遇も罠のような物という認識がなされ、遣鬼使を希望する者など皆無に等しかった
玄信はいつの間にか、昨日の出来事を回想し始めた
・・・
「私が行きます」
右手を高々と挙げて言ったのは桃
遣鬼使と成る者は誰だとの問いに対して答えたものだった
既に村の者には話していた
住民の反対には動じなかった桃
其処には並々ならぬ決心が見られる
「僕も行きます」
続いて挙げられたのは、逞しくなった与一の右手だった
城からの遣いは激高する
「村一つにつき一人が原則じゃ
規則も知らんのか貴様」
其れに応えたの玄信
「貴様こそ阿呆か
先に挙手した者を知らんのか
此の娘の護衛は一人でも多い方が良いと思うが
其れとも貴様、何の情報も与えられておらん下っ端か?」
玄信の挑発に場の空気が凍り付く
既にして玄信は左腰に付けられた刀の柄を握っている
一触即発
其の雰囲気を破ったのは城からの遣いだった
「ぐぬぬぬ、し、仕方なかろう
特別に認可しよう
し、然し領主様に再確認後、否認も有り得ると覚えておけ」
続いて玄信が口を開く
「其れと、私も行こう」
其の発言は場に居る全員を驚かせた
「為らぬ!
流石に三人は認められん」
城の遣いが焦りながら言った
玄信は不敵な笑みを浮かべながら言う
「何が三人なんだ?
俺が元々戌の村の人間だと知らない訳じゃなかろう?
雉の村から二名、戌の村から一名
何処に問題がある?」
成る程と思わせる玄信の言動
周りに納得させるだけの迫力もあった
最早其れは覇気にまみれ、否定を許さない
玄信は門下生からの便りを受けて知っていた
戌の村からの遣鬼使は、毎年藤原道場の門下生から出されていたということ
其れを知った日からずっと、自分が代わりに遣鬼使と成り、此の下らない制度を廃止させたいと思っていた
然し桃が未熟の内に自分が離れるわけにもいかなかった
千人に一人のみが持つと云われた特別な才能
"心眼"
其れを持つ桃
剣の筋も悪くない
自分の父が領主である事を知らず、母が如何にして死んだのかも知らない可哀想な娘
此の混沌の世を泰平に導く力、知を併せ持つ、いわば天命に選ばれし女
十年間も稽古をつけたんだ
それでなくとも、接していて分かる
桃は普通の人間ではないと
桃に真実を見せ、共に革命を起こしたい
玄信は其の絶好の機会を待っていた
其れが正に
正に今だった
結局、城の遣いは玄信の提言を受け入れ、城へと帰って行った
「今の男がド阿呆で良かった」
玄信はホッと肩を撫で下ろした
其れもそのはず
希望者こそ居ないものの、遣鬼使になる機会は一年に一度
其れに加え、桃と一緒でなければ意味が無い
すれば、其の確率は跳ね上がる
城の遣いが優秀な男で
もし桃を遣鬼使にさせないと言ったら
もし玄信を雉の村民であると言い切ったら
考えるだけで恐ろしい
玄信は与一の弓術、二手以上先を見通す判断力を高く評価していた
其れに加えて桃への愛情、桃を守り抜きたいという強い想いは、戦場で尋常ならぬ強さを発揮する原動力と成り得る
出来れば与一も一緒に連れて行きたいと考えていた
今回の遣鬼使の決定は、最高の結果となった
・・・
玄信は回想混じった黙想を解き、家を後にした
向かうは村の広場
そろそろ城からの遣いが来る頃だ
広場には桃、与一、翁、嫗、御笠、御前が集まっていた
最後に到着したのは玄信
桃は笑顔で玄信に近付き、袈裟懸けした袋から十団子を取り出して渡した
「お早う
婆様が作ってくれたの
黍多めで美味しいよ
もう十団子じゃなくて黍団子だね
今日も、ううん
今日こそ、宜しくお願いします」
玄信も少しだけ笑みを返し、直ぐに頬張った
「うむ、美味い
婆様の黍団子は何時食っても絶品じゃ
此方こそ、宜しくお頼み申す」
桃が再び笑みを返すと、広場に慌ただしい馬の蹄の音が聞こえた
「揃ったか?」
音の主は昨日とは別の者だった
今日の遣いの男は、珍しく鉞と刀とを腰に下げていた
体つきも良く、其の顔立ちは賢そうな印象を与える
桃、与一、玄信は頷く
「良かろう、ついて参れ」
そう言って踵を返した遣いの男に倣って歩き出す七人
鬼ヶ島への渡し船発着場は少しだけ歩く場所にあるようだ
翁ら遣鬼使の家族も、帰村の際に迎えに行く為、場所を知っておきたいという理由で、発着場までの帯同を許されていた
暫く歩くと港と呼べるには余りにもお粗末な、小さな寂れた発着場へ到着した
其処には既に二人の男が立っていた
一人目
背には一般的な打刀よりも短めで反りのない真っ黒の刀と大きな袋
服装は黒装束で頭まで覆われていて、辛うじて性別が分かるだけで年齢までは判断できそうにない
良く見ると腰通しの部分に苦無や手甲鉤が付けられている
外見からすると、素破(すっぱ。今で言う忍者のこと)の者のように見える
携帯品は多いが、計算し尽くされたように装備されており、走る事や戦闘に支障はなさそうだ
二人目
此方は白髪を後ろで結った老人
然し肌は黒く、身体も絞り込まれているのが服の上からでも分かる
恐らく、この二人は強い
玄信がそう分析していると、黒装束の男が口を開いた
「おい、じろじろ人のこと見てんじゃねぇよ
鬼に潰される前に此処でぶっ殺されてぇのか」
声の感じからすればまだ若い
桃や与一と同じくらいか
玄信は何も言い返さなかった
黒装束の男も大き目にため息を吐いただけで、それ以上は何も言わない
桃が口を開く
「此処に居るということは貴方も私達と同じ遣鬼使でしょう
此処で争い合うことは目的ではないはず
私は雉の村の桃と言います
其れで、こっちは・・・」
「はぁ?
女が遣鬼使だと?
笑わせんな、女は家で飯でも炊いてろや」
黒装束の男が桃の自己紹介を遮った
与一の表情が厳しいものに変わり、口を開きかけた其の時、黒装束の男がまた口を開いた
「いやまぁ待て
お前、良く見たら綺麗だな
ん、胸はないけど綺麗だからまぁ、ついてきてもいいや」
此れには流石に黙っていられなかった与一
腰に付けた短刀に手を添える
「貴様っ!桃に対して何たる侮辱を!
剣を取れ、其の生意気な口を二度と開けなくしてやる」
普段は穏やかな与一
桃のこととなると人格が変わる
しかし黒装束の男は動じないどころか更に続けた
「おっ、後ろの娘
お前、胸大きいなぁ
お前も来いよ」
黒装束の男が指差したのは与一の妹、御前だった
御前は怒りと恥ずかしさで、今にも爆発しそうな程に顔を赤らめていた
刹那
与一が黒装束の男の元へと駆け寄り、右手で顔面に殴りかかった
桃の心眼には既に視えていた
然し、与一まで距離がある
与一の拳は止められない
ダダンっっ!!
その場に居た誰もが目を疑った
其の目線の先にいたのは白髪の老人
一瞬で与一と黒装束の男の間に入り込んだ
そして、与一の右手を左手で、与一への反撃を繰り出した黒装束の男の左手を右手で抑え込んでいた
疾風
正に其の言葉が適当な芸術とも言える動き
老人は顔を顰めて言い放った
「小太郎っ!良い加減にせんかっ!
此の方達は仲間に成る者達じゃ
其れなりの振る舞いをせぃっ!!」
老人の言葉に小太郎と呼ばれた男は不満そうな顔を隠さない
「『仲間』ねぇ。。。」
左手を引っ込めて零した小太郎
「小太郎とか言ったな
お前も遣鬼使のようだが、一つだけ言っておく
お前が侮辱した桃は僕の許嫁、御前は妹だ
何方も僕の愛する大切な人だ
何かしようならただじゃ済まさん」
小太郎に人差し指を突き付け言い放った与一
顔の険しさから察するに、未だ其の怒りは収まっていない
今度は小太郎が不機嫌そうな顔をして応えた
「愛する?大切な人?
簡単にそんな言葉を使うんじゃねぇ!!
そんな下らねぇ言葉ほざきてぇなら、村で大人しく過ごしてろや!
危険な場所に連れてこうなんて、どんな考え方してんだよ
其の言葉聞くだけで虫酸が走る
本当の恐怖も、人を護る難しさも知らねぇくせによぉ」
其の言葉に反応を示したのは玄信
頭の中で合点のいくことがあった
小太郎という男と老人は申の村の人間か
と言うことは鬼の刻の犠牲者
此奴らも"大切な人""愛する人"を失っている
ならば此処で争うべきではない
歩み寄るべきだ
白髪の老人が、状況を悟った玄信に近付き、話し掛ける
「大方気付かれた様じゃのう
儂は半蔵と申す、察しの通り儂と小太郎は申の村の住人じゃ
小太郎は両親、母の腹にいて産まれてくる筈だった赤子、友を鬼に殺されておる
以来、人との付き合いを極端に嫌う様になってのう
深い人間関係になった時に、また失う事を恐れておるんじゃ
そして、酷く鬼を憎み、鬼を滅ぼす事のみを考えて、此の十年、唯ひたすらに修行に励んだ
生きてる意味を見失っているのかもしれん
初対面の御主に頼み申すのは失礼じゃが、小太郎は純粋な子じゃ、あれでも儂の"大切な人"じゃ
どうか旅の無事を祈らせてもらえんかの」
玄信は強く頷いた
「皆、何かを失って生きていく
生きるとは擦り減らすこと、いや燈に例えた方が良いだろうか
痛みの重さも千差万別だが、誰もが誰かの"愛する人"だと俺も思っています
其れに、誰もが皆、生きる意味をしっかり持っているとは限りません
此の世に生まれ落ちた時、人は無
生まれた意味、生きる意味なんて後付けで充分でしょう
鬼を滅ぼす目的を持っているし、其処からはまぁ、また其の時考えれば良い
重要なのは死なないこと
生命の火を燃やし続けることです
其れだけで良い
小太郎、愛に包まれた子と見受けました
貴方の気持ちは、武士である此の玄信が承った」
玄信の言葉に安堵の表情を見せながら優しく頷いた半蔵
遣鬼使とは死を表す言葉
半蔵の此の十年の気苦労も半端ではなかっただろう
聞けば小太郎の両親、道助と楓も半蔵の教え子だった
其の間に産まれ、生かされた小太郎をおいそれと死に道に追いやっては、黄泉へ行った際に道助達に面目が立たない
半蔵に子供は居ない
だから道助も楓も子供の様なものだった
さすれば、小太郎は孫とも言い換えられる
『生きているだけで良い』
そう言った玄信の真意は半蔵には未だ分からない
でも、半蔵が玄信に伝えたかったことは間違いなく伝わった
玄信の言葉は優しく、力強い
半蔵は玄信に右手を突き出す
玄信は其の手に自分の右手を重ねる
初めて会った二人
然し、幾つかの言葉のやり取りだけで分かり合えた
此の男は信頼に足る男だ、と
二人のやり取りを静かに見ていた遣いの男が口を開いた
「そろそろ行く時間だ」
其の言葉を聞いて、桃、玄信は翁、嫗と、与一は御笠、御前と再び感謝と別れの言葉を交わし合った
小太郎は半蔵に対し
「鬼の首を持って帰ってくるからよ
其れ迄におっちぬんじゃねぇぞ
んで、あ...ありがとよ」
と顔を背けながら言った
そして遣鬼使と成った四人と遣いの男は小さな舟に乗り込み、鬼ヶ島へと向かった




