第六十五話
一五二三年三月 氷見狩野屋屋敷
年が明け一五二三年三月、徐々に春のよそおいが濃くなってきた時期となった。
昨年一年間は足利義晴の公方就任の挨拶で上京したり(その時に細川六郎に会えたりもした)、愛妻・芳の妊娠が発覚したりと、神保家としては平穏無事なれどそれなりなイベント事もあった。
このまま平穏な状況が続いてほしいものだが世は戦国時代、そんな簡単にはいかないものである。
この日は今年後半の経済政策の策定もあり、狩野屋屋敷を訪れていた。
やはり自国の経済に関する事、その事業は狩野屋抜きには出来ないものだ。
近頃は妻の芳もここに滞在している。
現在の神保家の本城は前に述べた通り軍事的には越中守山城であるが、今の越中で経済的に栄えているのは氷見である。そして姜右元の薬種工場も近いので、いざという時に対応もしやすい。
芳のお腹もだいぶ大きくなってきており人間の妊娠期間は約九カ月くらいと聞くから、あと二か月くらいで我が子が生まれるだろうか。
まずはお産が無事に終わるのを願うばかりだ。
「殿、失礼致します。」
「市か、どうした?」
「は。実玄、いえ、大谷兼芸様から先触れの文でございます。」
「ほう、兼芸からか。どれ…」
現在越中において真宗の門徒を軍事的に統括しているのは実玄であるが、今年より自ら諱である兼芸と名乗りたいと申し出て来た。
還俗したわけでもなく僧のままであるわけだが姓が無いとバランスが悪かろうと思い、大谷の姓を名乗るようにアドバイスしてみた。この大谷姓についての説明は省くが、真宗の法主が大谷姓を名乗ったのは明治以降であるのだがこれ以上の深いツッコミはナシだ。
「ふむ、俺に会いたいと言う事だ。近くの寺まで来ているようだな。」
「いかがなさいますか?」
「うむ、会おう。呼んで参れ。」
「承知いたしましてございます。」
市が恭しく頭を下げて駆けて行った。
その四半刻程のち、実玄改め大谷兼芸が狩野屋屋敷に居室に入ってきた。
「これは殿、お目通りいただき恐悦至極にございます。」
兼芸が平伏した。
「うむ。俺に用と言う事だが、どうかしたのか?」
「は。その前にちょうど薬売り統括の市殿もおられる様で良かった。実は<本家>の方がだいぶきな臭くなってきているようでありましてな。」
「ほう、<本家>がな。」
ここで<本家>と言うのは加賀の一向一揆衆の事を指す。
某歴史ゲーム好きの方なら分かると思うが、加賀は一向一揆の根拠となっていたところだ。
この時代はまだ尾山御坊がまだ無かった頃で、本願寺中央とその枝葉の寺院・一家衆がもめ始めたのだった。実悟の破門・追放もその一端と言える。
眼前にいる大谷兼芸は庶流であるが一門衆であり本来は中央側の人間であったはずだが、我が神保家との同盟を結んだことで、表面上は本願寺中央に連なる立場にあるがその実は本願寺からの独立勢力となった。
神保家中では安養寺衆と呼称し、その麾下は七千人の一大勢力だ。
「市よ、何か掴んでいるか?」
「は。我が薬売りの調べによれば法主の実如殿が一門衆に権力を集中させる改革を行っており、それに反発した寺院が出ているとか。実如殿がそれを抑える為に門徒を動員するような動きは察知しております。」
「それよ、市殿。しかし少し情報が足りぬな。」
そこに大谷兼芸が割って入った。
「それはどのようなことでありますか? 兼芸様。」
「<本家>の法主様の中央集権化は浄土真宗の発展には確かに大きな意味を持つ。しかしながらそれに不満を持つ枝葉の一家衆・門徒達は反発するだろう。」
「堅田の事を言いたいのか? 兼芸。」
「おお、流石は殿。その通りでございます。」
近江の堅田には本福寺と言う寺院がある。
かなり経済的にも豊かで勢力を持っていたが、史実では三度の破門の後に没落してしまった。
確か今現在で言えば一回目の破門をされた頃だろう。
「要するに中央は堅田が邪魔なのです。それ故に表向きはそれに対しての兵を集めているように見えますが、<本家>にとっての目の上の瘤は本当に堅田でしょうか?」
「つまりどういうことなんだ?」
「堅田なぞは破門しておけばいずれ没落していきます。それよりも近隣に反一向一揆の大きな勢力がいるではありませんか。それは能登守護の畠山様であり…」
「…そしてその畠山当主の義弟である、俺、とでも言いたいのかな。」
「御名答でございます。」
ふむ、確かにその理屈は成り立つ。
他国から見ても神保家と畠山家の同盟関係は強固に見えているはずだ。
「だが我が薬売りでも暴けなかった計画を何故に兼芸が…?」
「…こちら<本家>からの密書にございます。」
大谷兼芸が懐から文を取り出し、僕に渡してきた。
「ふむ、これは…」
「その文は拙僧ら安養寺衆へ宛てた命令書です。それによればふた月後に越中侵攻を目指しており、<本家>は我等安養寺衆に内山越(峠)にて出迎えよとあります。」
一向一揆の計画としては我等神保軍は倶利伽羅峠に主力を布陣させるとの想定で(確かに通常であればそうなる)、別動隊として南の内山越(峠)を経由して側面あるいは背後を突こうとしているのだ。
「今の一向一揆勢はどれほどの兵を動員できる?」
「二万は堅いかと。」
「では主戦力は一万五千だな。連中は安養寺衆が味方と思っているから、内山越は五千程は回すだろう。」
現在我が神保家が準備出来る兵力は常備軍が一万二千程だ。
国人衆でもう三千程期待できるだろうが、それでも敵の方が多い。
「そこで殿に、御願いがござる。」
「何かな、兼芸。」
「内山越の押さえ、我が安養寺衆にお任せいただきたい。」
「兼芸らにか?」
「は。拙僧、この書状に対し応じる返書を致しまする。<本家>の油断を誘い、我が安養寺衆七千にて、かの軍を叩きまする。」
「ふむぅ…」
確かにそれが出来れば我等は敵主力に当たることが出来る。
国人衆は別としても我が軍は常備軍だから練度が高い。
そして地の利を得られれば優勢に戦えるかもしれない。
しかし万が一眼前の大谷兼芸が裏切る事でもあれば、我等は一万二千の兵に側面を突かれることになってしまうのだ。
「失礼ながら申し上げるが、それは信を置けるものなのですか?」
市が口を挟んだ。
「市殿が、いえ、殿が拙僧に懸念を抱くのは致し方ない事と存じまする。…裏切らぬという証拠は出せるものでもござらん。…しかしながら拙僧としては信じていただきたい、と申し上げる他ございませぬ。」
まぁ信じる、信じない。
それだけなんだよな。
「…相分かった。俺は兼芸の事を信じよう。もし裏切られたら俺は死ぬかもしれんな。」
「ありがたき幸せにございまする。安養寺衆、必ずやお役に立ちまする。ああ、それと…」
「まだ何かあるのか?」
「敵を打ち負かした暁には、褒美として一つお許しを頂き義がありましてな。」
「はは! うまくいく前から褒美を強請るか!」
「…拙僧、生臭坊主にございますからな。殿もお判りでしょう?」
「ははは、違いないな。」
まったく、この生臭坊主め!
戦いに向かっていきます。




