第六十四話
一五二二年九月 越中守山城
九月も末になり、越中の気候もようやく残暑も落ち着いてきた頃合いとなった。
この日、僕は越中守山城で政務を行っていた。
築城中の氷見城ヶ崎城(史実では阿尾城)が完成すれば政務の拠点はそちらに移す予定ではあるが、それはまだ来年以降になるだろう。そうなったらこの越中守山城は当初の予定通り、侍大将で今は城代を務める遊佐総光を城主に据えるつもりだ。
遊佐総光は我が家臣になってもうじき2年となるがここまで十分な忠節、そして実力を見せてくれた、まさに神保家が誇る重臣と言えよう。
僕は本当に周りに人間に恵まれている。
さて、九月末から十月頭にかけて、領内の村々は稲刈りが進んでいく頃だ。
本年はここに来るまで越中国内で大きな戦も無く、また気象も落ち着いていた事から、おそらくそれなりに良い収穫が見込める事だろう。
既に領内の年貢は三公七民と布告した。この時代の標準的な年貢率より一割だけであるが民の取り分を多くしたのだ。我が国の民には少しでも余裕ある生活を送ってもらいたい。
そして我が国では二毛作も奨励している。国内でその意思を示した農民には作物の種や農機具の購入を補助するなどの事業も行っている。薬売りやその他で儲けた収益の一部を民に還元しているというわけだ。
そして僕的に一大ニュースが一つあった。
「長職さま、少しよろしいでしょうか?」
ある日領内視察を終え越中守山城に帰ってきたとき、妻の芳が声を掛けて来た。
「おお、芳。どうした?」
「あの、その、長職さま…」
芳が顔を赤らめながら僕の着物の裾を掴んで来た。
「ん?」
「私、その、出来たようでございます。」
「んぇ? 出来た?」
「はい。稚児が。長職さまと私の…」
「な、何と!?」
僕は芳の肩を優しく掴んだ。
そう、昨年の一月に芳に望まれてから、僕と芳は励んでいたのだ。
ここまで中々子宝に恵まれてこなかったのだが、ついにその日がやってきたわけだ。
そう言えばここしばらく芳は体が不調だと言っていたが、それはつわりだったようだな。
「で、でかしたぞ、芳!!」
「はい、私も、凄く嬉しいです。これで男子であれば良いのですが。」
「何を言うのだ。男だろうが姫だろうが、俺と芳の子だ。どちらであっても俺はちゃんと我が子を愛すぞ!」
「長職さま…」
芳が僕に体を預けて来た。
僕も芳も嬉し泣きで顔がくしゃくしゃだ。
「ようし、まずは義兄上に伝えなければなるまいな。すぐに早馬を出さねば…」
「あ、それは遊佐総光が既に出してくださいました。私が長職さまの帰りを待ってそわそわしてたら、どうしたのじゃと事情を聞かれて。」
「う、うむ。そうか。」
「はい。遊佐総光ったら、本当の孫が出来たみたいに喜んでくださいました。」
ううむ、総光め、なかなかやりおる。
じい特権(?)で僕より早く知るなんて。
「総光の事だから、今頃狩野屋や家中にも広めている頃だろうな。」
「はい。真っ赤になって喜んでいる遊佐総光の顔、長職さまにもお見せしたいくらいでした。」
「…それはその内に俺も見られるだろう。芳にとって初産になるだろうから、良き医師も手配せねばなるまいな。姜右元に探すように頼んでおこう。」
この時代の出産と言うのは(現代よりも)命懸けだ。
神保家抱えの薬師の長である姜右元であれば、良き医師も手配出来よう。
芳には無事に出産をしてほしいし、万が一にも命を落とすようなことはあってはならない。
そう言えば史実では神保長職の息子と言えば神保長住と長城(長城かもしれない)の二名がいてどちらも生まれた年は不明であった筈が、今回できた子が来年一五二三年に生まれるとすれば、おそらくは年齢が合わないと思われる。
神保長職に姫がいたかは不明であるが、そうなればこの子はいったい誰になるのだろう…?
…まぁ、どうせ既に歴史が変わり始めているわけだし先程も言ったように僕と芳の子なのだから、男子であろうが女子であろうが大切にしていくだけだ。
ついに長職・芳夫婦に子が授かりました!




