第二十六話
一五二一年五月 越中氷見 狩野屋
「それで某にいったいどのような用向きでございましょう。」
松波庄五郎が顔を上げながら言った。
まあ確かに会ったことも無い他国の者に呼び出されるのは不審でしか無いだろうな。
しかしこの時代の松波庄五郎は斎藤道三では無いし、長井新九郎ですら無い。
明らかに史実とは違う状況にしたいわけだが、この場合どう話すのが良いだろう?
「松波庄五郎殿は油売りの技をお持ちの様だが、その形だ。武士として立身されたいのでは無いですかな…?」
「…貴方様に油売りの姿を見せたことはありませぬが。」
「野暮なことは言いっこなしでござる。我が神保家は優秀な人材を求めているのだ。これから進めたい事業には一人でも多く優秀な臣が欲しい。」
「・・・」
松波庄五郎が顎に手を当てながら少し上を向いた。
そして僕の方を向き直ると、こちらをじっと見て来た。
まるで品定めでもしているかのようだ。
「某にはどのような役目をご所望でおられるか?」
「有体に言えば、汚れ役だな。」
「ほう…?」
「我が神保家の周りは敵ばかりでござる。北は我が義兄のお陰をもって安定した状態にはなっているが…」
僕は畠山義総をチラッとみた。
畠山義総はじっと腕を組みながら瞑目した。
「東は越後の長尾、南と西は一向一揆の坊主共、美濃や飛騨も敵では無いが味方でもござらん。道を違えば敵になりましょう。」
「左様ですな。」
「既に侍大将は迎える事が出来た。商売の方もこの狩野屋がある。あとは俺と一緒に別の意味での悪だくみを考えてくれる臣が欲しいのですよ。」
「それが某、ですか。」
「その通りだ。」
「ははは、なかなか面白いことを言われる御仁だ。」
松波庄五郎が笑みを浮かべた。
もう一押しできるか?
「それで某に士官の道を頂ける、と言う事ですかな?」
「うむ、その通りだ。我が神保家として其方を召し抱えたいと思っている。」
僕がそこまで言ったところで、部屋の襖が開いた。
「長職さま、お義兄さま。芳とお話しましょう…、ってあれ、お客さまが来てたのですか?」
芳がそう言いながら、トテトテと僕の隣に来てちょこんと座った。
「芳…、今俺と義兄上は来客中で大事な話をしているのだよ。」
「えー、芳もお話したい。…それでこのおじ様はどなたですか?」
うーむ、ブレないな。我が妻は。
「あ、ああ。俺が美濃から呼んだ、松波庄五郎と言う方だよ。」
「松波さま、わたし、芳と言います。長職さまの奥さんです!それでこの畠山義総さまの義妹です。 よろしくね。」
芳がにっこりを笑いながら松波庄五郎に向かって挨拶をした。
「奥方様でございますか。可愛らしゅう女子でございますな。」
「そうだろうそうだろう。長職には勿体ない、自慢の義妹よ。」
何故か畠山義総が嬉しそうに反応した。
いや、あんた。僕には勿体ないって酷くない?
「…自慢の妻でござる。」
「楽しそうでようございますな。」
「そうであるな。」
僕は苦笑いしながら松波庄五郎の顔を見た。
おや、さっきよりは柔和な表情になっているな。
「それで長職殿。」
「何でしょう?」
「某を召し抱えていただいた場合、禄はいか程でござろう?」
おお、条件交渉か。
気持ちが向いてきてくれたのかな?
「そうだな…。逆に其方には何か希望はあるかな?」
「そうですな。では、城を一つ頂きとうござる。」
なかなか大きく出て来たな。
それなりに実績は欲しいものだが、遊佐総光には実質的に城を与えているからそれは選択肢ではあるが…。
「城か、直に与えたい、と言いたいところだが、それは中々難しいな。本来我が神保家が守護代を務める領域のうち、砺波郡の南半分は一向一揆の坊主共に占領されていて与えられる城が無い。」
「もちろん、直にとは言いませぬ。」
「左様か。では其方が最初に落とせた城を任せる言う事であれば認められるが。」
意外とハードルが下がってきたな。
「は、それで問題ござらぬ。某はまだ郎党や家族もおりませぬゆえ、最初の城攻めを成功させるまでは食客として遇していただけば構いませぬ。それと実際に攻めるときは侍大将殿と共に軍を動かす権限を頂きたく。」
「承知した。委細については後日詰める事としよう。」
「かしこまりました。殿、これからよろしくお願いいたします。」
「松波庄五郎、我が配下に加わってもらい、俺は嬉しく思うぞ。」
「…礼は奥方様におっしゃると良いですぞ。」
あれ、士官の決め手は妻・芳?
もしかして松波庄五郎も芳にメロメロになっちゃったとか?
松波庄五郎ですが、「美濃国諸旧記」を参考にしております。
この設定ですと斎藤道三の美濃国盗りは一代でなされたと言うものですが、二代で為されたという資料があるようですね。
そうなると松波庄五郎は斎藤道三の父親と言う事になるのですがロマン的な関係で一代説を採用しています。(本作はIF歴史ものですので、ご了承くださいませ)




