第二十五話
一五二一年五月 越中氷見 狩野屋
「おう、長職よ。義兄が参ったぞ!」
「げっ、義兄上!?」
「げっ、とは何だ? げっ、とは。」
先月に引き続き、畠山義総がまた狩野屋を訪ねて来た。
この人は毎月訪ねてくるつもりなのか?
「い、いえ。俺を訪ねてきてくれるのは良いのですが、こんなに頻繁に来られて能登の政治は大丈夫なのですか?」
「ああ、それなら心配はいらん。余程の事情が無い限り月に三度の定例会議を開催していてな、家臣共とも十分な意見交換が出来ておるからな。」
これは意外だ。
史実でも畠山義総は名君として知られているが、一部ブレーンとなる家臣がいるにしても、この時代の政治は当主または上層部ごく一部からのトップダウンで行われることがほとんどだ。
定例会議で自分の意見を聞いてくれるとあれば、家臣が抱えていた野心も薄まるのかもしれないな。
「俺も家臣共の意見を聞いてみて、自分の見識がまだ狭いものだと言うのを痛感したな。まあ、それはお互い様でもあるがな。」
「確かに他から気付かされると言うのもあるのかもしれませんな。」
「…と言うわけで俺が七尾に張り付かなくても十分に政治が回るのでな。遊びに来ているというわけだ。」
折角良い事を言っていたのに台無しだよ、義兄上…
「それはそうと、越後守護の上杉家から返事が返ってきたぞ。」
お、それは重要な話じゃないか。
それを主要な用事と言ってくれればいいのに。
「おお。して内容は如何でしたか?」
「うむ、返事としては好意的なものだったな。まず会談だが、来月に琵琶島城でどうか? と記されておるな。」
「琵琶島で、ってことは宇佐美殿にも声を掛けてくれた様子ですね。」
「そういう事だろうな。それで道一丸も同道できるか?ってことだが、それは俺から長尾為景に文を出しておこう。…でその際だが長尾為景への文にはどう書くべきだと思う?」
「ここは普通に越後守護への挨拶をしたいから、嫡男の道一丸殿を同行させたいで良いのではありませぬか?」
「もし守護代たる為景が同道したい、との返事となった場合は如何様にする?」
「それはそれで良いのでは無いでしょうか。時間をおいて<密かに>上杉定実様と会談の機会を設ければ良いでしょう。」
「なるほど、<密かに>な。」
「そういう事です。」
<密かに>会談をすることが長尾為景にバレようがバレまいが、それは正直些事であると言う事だ。
長尾道一丸を越後守護上杉家と強く結び付けられれば良いのである。
「よし。では会談について前に進めるように返答しておこう。長職は神保家から誰を連れて行くか?」
「うーん、そうですな…。ちなみに義兄上はどうされるのです?」
「俺の方は隠岐を留守居役に任ずるから天野かのう。二百程兵を率いて参ろうか。…あと九郎を連れて行こうと思っている。」
「九郎様でございますか?」
なんとまあ意外な人選である。
畠山九郎は先だっての乱の際に排除した、義総の実弟である。
「九郎は西谷内に預け半年ほど学ばせているが、身内びいきでは無いのだが、割と政治に向いているようだ。親父殿の影響で頭が固くなっておったが、しかと学ばせれば我が国の為にもなろう。」
そうか、義総は実弟の事を見捨てたわけでは無いのだな。
「なるほど。俺も一度九郎様とはゆっくり話をしてみとうございますな。」
「越後訪問の時にでも話をしてやってくれ。あやつにも良い勉強となろう。…で、長職はどうするのだ?」
「俺も警護兵の準備が必要ですから遊佐総光は確定ですな。それと上杉様への品の関係もありますから狩野屋と、あとは芳も上杉様へ紹介しとうございまする。」
「うむ、それは良いな。俺の旅も楽しいものになろう。わっはっは。」
畠山義総は上機嫌だ。
その時、狩野屋伝兵衛が襖を開けて部屋に入ってきた。
「御歓談中失礼致します。美濃より我が手代が戻って参りました。」
◇ ◇ ◇
少しして狩野屋の手代、そして口髭を生やした侍が入ってきた。
精悍な顔つきであるが、これは誰だろう?
「長職様、ご希望の関孫六の太刀を入手いたしました。」
「うむ、大儀であった。」
僕は狩野屋の手代から太刀を受け取った。
鞘から抜いてみると美しいと言うより武骨な感じの刀身が見えた。
美濃の太刀は実用性に主眼を置いているらしい。
「うむ、良いものだな。総光も喜ぶだろう。…狩野屋、代金はいつもの様に処理してくれ。」
「承知致した。」
「…それでそちらの御仁は?」
「…先日長職様からお探しになるように伺っておりました、松波庄五郎殿にございます。」
「な、何…!?」
「只今紹介に預かった松波庄五郎でござる。そこな狩野屋殿から越中守護代神保長職様が某を探していると聞き参上仕った。」
僕は松波庄五郎の方に向き直った。
「それはようこそ参られた。俺が神保家当主、神保長職である。こちらは我が義兄で能登守護の畠山義総様だ。」
「こ、これは失礼仕った。」
松波庄五郎が平伏した。
「俺が其方をお呼びしたのだ。お顔を上げてくだされ。」
「はっ。」
松波庄五郎が顔を上げた。
これはまさかの収穫である。目の前にいるのは史実であれば後に美濃の蝮と呼ばれる男なのだ。
松波庄五郎ですが、後の斎藤道三です。
この時代はまだ長井家にも入っていないので、長井新九郎でもありません。
もし本作で長職の配下になったとすれば、美濃はまったく違った形になるでしょうし、何しろ濃姫が織田信長に嫁ぐことも無さそうですね!




