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可愛いあの子は男前  作者: 秋月真鳥
一章 奏歌くんとの出会い
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22.新しい仕事と学童保育の説明会

 冬休みが明けて春公演に向けての稽古が始まる頃、私と百合にテレビ局からの仕事が来ていた。ミュージカル特集というもので、ミュージカルの舞台裏に密着して取材していくというものだった。

 テレビの露出はあまりない劇団だが、今回は特別だった。

 劇団にはスターの男役と女役がいるのだが、私は男役も女役もこなせる三番手くらいだったのが、スターの男役が引退して、二番手になることが決まったのだ。中性的で男役も女役もこなせるために中途半端でもあった私の立ち位置が変わってくるかもしれない。

 そんな大事な時期に女役のスターの百合との主演公演がある。男役のスターは別に主演公演があって、劇団の春公演は二つに分かれるのだ。

 名前も顔も売り時だと分かっていて、マネージャーの津島さんはこの取材を引き受けたのだろう。


「取材陣が稽古場に入って来るけど、いつも通りに稽古して、インタビューがあるときには答えてくださいね」


 どんな番組になるのか、私たちがどれくらい出るのかを書かれた大まかな脚本を渡されて私と百合は新しい挑戦に期待感を持っていた。

 取材陣はやっちゃんこと篠田安彦さんにも取材するというので、やっちゃんも何度か稽古場に呼ばれるようだった。ハニーブラウンの柔らかくウエイブする髪を括ったやっちゃんの横顔は、やる気があるのかないのか分からなかった。


「奏歌くん、私、テレビのお仕事が決まったんだよ」


 保育園に迎えに行った奏歌くんに報告すると、帰る準備を終わらせてリュックサックを背中に背負って、奏歌くんが飛び付いてきた。そのまま脇の下に手を入れて抱き上げてしまう。


「みちるさんをテレビでみられるんだね!」

「うん、見てね!」

「みちるさん……ぼくもうしょうがくせいになるから、だっこは……」


 もじもじとしている奏歌くんに私はしょんぼりと肩を落とす。


「ぎゅってしてくれないの?」

「みちるさんは、ぎゅってしてほしいの?」

「奏歌くんに抱っこされたいの!」


 はっきりと言うと奏歌くんは驚いていた。


「ぼくがだっこしてたの?」

「え? 奏歌くん、抱き上げたらぎゅってしがみ付いてくれるでしょう? 奏歌くんに抱っこされてるんだと思ってた」

「そっか……ぼくがだっこしてたんだ。いいよ、だっこしてあげる!」


 抱っこを拒まれるかと思いきや、奏歌くんは大きな気持ちで私を受け入れてくれた。奏歌くんにぎゅっと抱っこされて私はタクシーに乗る。それが奏歌くんがコアラで私がコアラがくっ付くユーカリの木なんて言われていても、全く気にはならない。

 仕事もプライベートも私は充実していた。

 学童保育の説明会には私とやっちゃんと美歌さん、三人で出た。保育園が開いている学童保育に入れるので、奏歌くんは環境が変わらないので安心とのことだった。

 説明会の間奏歌くんは先生たちに保育されている。別の部屋なのが寂しいが、私は奏歌くんを迎えに来る保護者として説明をきちんと聞かなければいけない。


「小学校って、保育園より時間が短いんですか?」

「低学年の頃はそうですね。保育園は仕事をする親のためにあるから、時間が長いんですよ。一年生の最初は二時くらいには終わりますよ」


 隣りに座る美歌さんに話を聞いて驚いてしまった。保育園よりも小学校の方が年齢が高いのに預かる時間は短い。そんなこと私は全く知らなかった。


「学童保育は午後七時までなので、それまでにお迎えに来てください。おやつはおにぎりだけです」


 学童保育の先生の説明に私は奏歌くんのことを考えた。二時に小学校が終わるとしたら、午後七時までおにぎり一つで学童保育の建物にいなければいけない奏歌くん。宿題をさせてくれたり、遊ばせてくれたりするようなのだが、お腹は空かないか、退屈ではないか、心配になる。


「七時まで迎えにいけないなんて……」

「早く迎えに行くのは良いんですよ」

「え? いいんですか?」


 小学校になると保育園のように保護者の都合で休めなくなると聞いていたから、私はてっきり学童保育も早く迎えに行ってはいけないのだと思い込んでいた。


「都合がつくなら、小学校が終わってすぐに迎えに行って、学童保育はお休みすると連絡を入れてもいいんです」


 教えてくれる学童保育の先生に私は内心でガッツポーズをした。

 小学校入学に向けて奏歌くんは保育園をできるだけ休まないように言われていたので、最近はお迎えの六時までは我慢していたのだ。それが小学校になれば私が休みの日は二時にお迎えに行って、一緒におやつも食べられる。

 どんなおやつにしよう。

 何をして一緒に遊ぼう。

 小学校に入ってしまうと奏歌くんが遠くなるような気がしていた私は、完全に浮かれていた。

 説明会の資料にたくさんメモをして説明会を終えると、奏歌くんをクラスに迎えに行く。私とやっちゃんと美歌さんの三人で迎えに来られた奏歌くんは複雑な表情だった。


「きょうはみちるさんのへやにいっちゃダメ?」

「今日はお家に帰りましょう。学童保育のお約束も話さないといけないからね」

「あしたは?」

「海瑠さん、テレビのお仕事が入ってるから忙しいでしょう?」


 眉を下げる奏歌くんを小脇に抱えて連れて帰ってしまいたかったけれど、ぐっと我慢する。


「今週末はお休みだよ」

「それじゃあ、どようびのあさから、いってもいい?」

「良いですか、美歌さん?」


 美歌さんの顔を伺うと、苦笑される。


「もう、うちの息子じゃないみたい。良いですよ、奏歌、海瑠さんにご迷惑をかけないのよ」

「うん! やっちゃん、こうちゃがもうすぐなくなるの! あたらしいのちゅうもんして」

「俺はそういう役目ばっかりだな」


 やっちゃんも苦笑していたが前よりも態度は柔らかい気がしていた。

 週末に奏歌くんは紅茶のティーバッグの入った箱を持って私の部屋に来た。朝ご飯から一緒に食べる気満々で何も食べずに待っていたら、当然のように奏歌くんのリュックからは私の分もお弁当が出て来た。

 紅茶の箱を開けると、桃の絵が書かれているティーバッグの包みが出てくる。


「フレーバーティーなんだって。やっちゃんのおすすめ」

「フレーバーティーってなに?」

「くだもののかおりがついてるの。これはももと、いちごと、アプリコット」


 桃と苺とアプリコットのフレーバーティーの入っている紅茶をやっちゃんは選んでくれたようだ。お湯を入れて待っていると甘い果物の香りがしてくる。


「ももだね!」

「うん、桃だ!」


 甘い香りはするのにミルクを入れてミルクティーにすると牛乳の甘さしか感じないそれは不思議だったが、とても美味しかった。ミルクティーと合わせてお弁当はサンドイッチだった。


「おにぎりのおべんとうと、サンドイッチのおべんとう、どっちをあさごはんにしてもいいよっていわれたんだ」

「サンドイッチにミルクティー、よく合うね」


 ハムとチーズとレタスのサンドイッチ、卵のサンドイッチ、デザートにはジャムサンドもあった。ジャムと言えば苺のイメージだったけれど、甘酸っぱいそれは黄色っぽい色をしている。


「これね、レモンのマーマレードなんだ」

「レモンの?」

「うん。こくさんのレモンをもらったから、やっちゃんがつくってくれたんだよ。すっぱいけど、おいしいでしょ?」


 やっちゃんはマーマレードまで作れるらしい。


「ジャムとマーマレードってどう違うのかな?」

「わかんない。ジャムのいっしゅだとおもってた」


 奏歌くんにも分からないことがある。

 食べ終えてから二人で調べてみた。携帯電話の検索画面に打ち込むと、ジャムとマーマレードの違いが書かれたページが表示される。


「ジャム類のうち、柑橘類を原料としてその皮も含まれるものをマーマレードといいますって。他にも、果汁だけで作るゼリーっていうのもジャムの仲間なんだって」

「しらなかった!」

「一つ賢くなっちゃったね」


 奏歌くんがいなければ興味も持たなかったであろう出来事が、奏歌くんがいると調べてまで知りたいと思うようになる。

 人生の幅を広げてくれるひと。

 それが私にとって奏歌くんだった。

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