21.篠田家でお正月
元旦の朝は奏歌くんの部屋に敷いた布団に一緒に寝ていて、美歌さんに目撃されてしまった。
着物を着るために部屋を借りていると美歌さんが入って来る。
「着物の着付けできるんですか?」
「舞台でも使うのでできますよ」
「私のも見てもらって良いです?」
二人で鏡の前で着物の着付けが始まった。
襦袢の上に着物を羽織ながら美歌さんが私を見る。
「奏歌は甘えたい年齢のなのに十分に甘えさせてあげられなかったから、感謝しているんですよ」
しみじみとした言葉に、私は上手いことが言えないでいた。
「私と安彦も父親がいない家庭で育って、母は私が看護学校を卒業したらいなくなってしまいました」
まだ学生だったやっちゃんを養いつつ働いていたら、美歌さんは奏歌くんの父親と出会って奏歌くんを妊娠した。吸血鬼は出生率が低いので一生に何人子どもが産めるか分からない。これが最後のチャンスでもおかしくはなかったので、美歌さんは奏歌くんの父親が傍にいてくれないことを理解しながらも、奏歌くんを産むことを決めた。
「安彦にはたくさん奏歌を可愛がってもらいました。今は海瑠さんも可愛がってくれる。私は仕事ばかりで良い母親じゃなかったわ」
「奏歌くんは、美歌さんのことが大好きですよ。話をしてると、やっちゃんが教えてくれた、母さんが教えてくれたって、やっちゃんか美歌さんの話になってますからね」
横と背中の線を合わせながら言えば美歌さんはほろ苦く微笑む。
「私もいつか運命のひとに出会えるかもしれない。奏歌を見て思ったんですよ。奏歌と一緒にいてあげてください」
一生に一人だけ出会えるかどうかも分からない、伝説のような運命のひと。そのひとの血だけが甘美に感じられるという吸血鬼の一族。
美歌さんもまた、運命のひとに憧れて生きてきたのだろう。
「それはそれとして、奏歌の父親からは養育費はきっちりもらってるんですけどね」
オチを付けた美歌さんは留袖の着物を着ていた。私は赤地に黒い鳥の模様の振袖を着ていたので、リビングに出て行くと奏歌くんに物凄く驚かれた。ハニーブラウンのお目目が丸くなっている。
「みちるさん、すごくきれい! ふつうのきものじゃないみたい!」
「振袖って言って、未婚の女性の盛装なのよ」
「きれい! おびのむすびかたも、かあさんとちがう!」
「私のはお太鼓だからね。海瑠さん、飾り結びもできるのね」
ぐるぐると私の周りを回って見る奏歌くんに、美歌さんが解説してあげていた。こうやっていつも丁寧に解説してもらっているから、奏歌くんは色んなことを覚えているのではないだろうか。
優しい環境で育ったからこそ、優しく男前になった奏歌くん。
「かなくんに着物用意すれば良かったな」
「ぼくは、まだからだがおおきくなるから、もったいないよ」
「瀬川さんとお揃いにしたいんじゃないのか?」
「したいけどぉ……」
お金のことを奏歌くんは気にしているのだろうか。小さくて可愛い奏歌くんは着物を着たらますます可愛いだろう。
買ってあげる!
口から出そうになった言葉を飲み込む。
なんでも買ってあげるのはいけないのだった。
リビングのテーブルについてお節とお雑煮をいただく私に、奏歌くんはタオルを持ってきて膝の上に置いてくれた。
「きれいなおきものがよごれたらこまるでしょ?」
優しい心遣いに感謝して、私はそのままの状態でお節料理とお雑煮を食べた。
「海瑠さんのお家のお雑煮はどんなだったのかしら? うちはあご出汁に丸い煮餅に椎茸とカツオ菜の鰤雑煮だけど」
「私のうちのお雑煮は……澄んでて、お餅が入ってて……葉っぱも何か入ってたような?」
ほとんど記憶にないお雑煮のことを考えていると奏歌くんがお雑煮のお椀を指さす。
「おしるがすんでて、おもちがはいってて、はっぱもはいってる! おなじだね! みちるさんのうちと、ぼくのうちのおぞうに、おなじだよ!」
「そうだね! 同じだったみたい」
言われるとそんな気がしてきた。
美味しく鰤雑煮をいただいて、奏歌くんと手を繋いでやっちゃんと美歌さんと初詣に出かける。近所の神社はひとが少なく、小ぢんまりとしていた。
「ここでてをきよめるの」
「海瑠さんは初詣は毎年行く方ですか?」
「行くような、行かないような……」
海香や百合と行ったことがあるような気がするけれど、あまり覚えていない。奏歌くんに導かれて、手水で手を清めて奏歌くんを横目で見ながらお参りを真似して済ませる。
おみくじを引くために奏歌くんが美歌さんから百円玉をもらっているのに、私はお年玉のことを思い出した。帰ったら忘れずに渡さなければいけない。
「みちるさん、はい、これ」
「え? 私の分も?」
「いっしょにひこう」
奏歌くんは美歌さんから私の分の百円玉も貰ってきてくれたようだった。美歌さんを見ると頷いて「引いてやってください」とお願いされてしまった。
おみくじを引くと、私は「中吉」、奏歌くんは「吉」だった。
「みちるさん、よんで」
「待ち人は来る、恋愛は叶う、学業は努力せよ、病気は休めば治る……全体的に良いことばかり書いてあるね」
「みちるさんのは?」
「んん? 思わぬ相手に注意せよ……?」
頭を過ったのは我妻の名前だった。
名前だけは調べたので浮かぶのだが、顔は全く覚えていない。恋愛感情なんてなかったのだと今ならはっきりと分かる。
「なにか、きになることがあるのかな?」
「ううん、何でもないよ」
「おみくじはむすんでしまえばいいんだよ」
悪いことも結んでしまえば神様の元に返るのだと奏歌くんは言っていた。それが本当か分からないし、神様がいるのかどうかも分からないけれど、特に我妻とは会いたいと思っていないので、私はおみくじを結んでなかったことにした。奏歌くんは願いを込めておみくじを結ぶのだという。
「まちびとって、みちるさんでしょ。れんあいかなうって、みちるさんともっとなかよしになれるってことでしょう?」
可愛い解釈に私は額に手をやった。
奏歌くんが可愛すぎてどうしようもない。
奏歌くんの家に帰る途中、粉雪が振っていた。奏歌くんは首に巻いていたマフラーを外して私に渡してくれた。
「ちょっとはあったかいかも」
振袖に小さな子ども用のマフラーは不似合いかもしれないけれど、奏歌くんの心遣いが嬉しい。肩に羽織るととても暖かい気がした。
帰ってからポチ袋に入ったお年玉を奏歌くんに渡す。
「ありがとうございます」
深々と頭を下げて受け取った奏歌くんは中身を見て目を煌めかせた。
「かあさん、ぴかぴかの500えんだま! にまいもある!」
「良かったわね」
「にまいでせんえんだよ! なににつかおう」
五百円玉二枚で飛び上がるほど喜ばれるとは思わなかった。
こういうところは奏歌くんは年相応なのだと思ってしまう。やっちゃんと美歌さんからもお年玉をもらった奏歌くんは、小鳥のがま口にそれを大事に入れていた。
「みちるさん、ミルクコーヒーかってあげる!」
「ミルクコーヒー?」
「ときどきしかのんじゃダメっていわれてるけど、きょうはとくべつ。いいでしょ、やっちゃん、かあさん?」
二人に許可を取ると、「いいよ、行っておいで」と送り出された。奏歌くんはエコバックを持って私と手を繋いで近くのコンビニまで行く。パックに入ったコーヒー牛乳を持って奏歌くんはレジに並んだ。
普段は私が払うのだけれど、今日は奏歌くんが払ってくれる。
コーヒー牛乳を持っていたエコバックに入れて、奏歌くんは家に戻って来た。
手を洗うと食器棚からコップを取り出して、開けたコーヒー牛乳のパックから中身を注ぐ。
いつも一緒に飲んでいるミルクティーとは違う色合いに、私は奏歌くんの顔を見た。
「かんぱいしよう」
「何に乾杯する?」
「あけましておめでとうございますって、かんぱいしよう」
二人で「あけましておめでとうございます」と言ってグラスを合わせて、コーヒー牛乳を飲む。甘いミルクとコーヒーの僅かな苦みが美味しい。海香と飲んだコーヒーは全く美味しさが分からなかったが、奏歌くんと飲むパックのコーヒー牛乳は冷たくてとても美味しかった。
「おとなのあじなんだよ」
「美味しい。奏歌くんは大人だね!」
「うん、しょうがくせいになるもんね」
コーヒー牛乳ではしゃいでいる私と奏歌くんを美歌さんは暖かい目で見守っていてくれたが、やっちゃんはどうだったか分からないし気にしていなかった。
「かなくんのこと、遊んで捨てないでくれよな」
帰り際に車で送ってくれたやっちゃんに言われた台詞。
今まで酷い扱いを受けていた私が奏歌くんを大事にしないわけがない。
「奏歌くんは絶対大事にする」
宣言すると、バックミラー越しにやっちゃんが笑ったような気がした。
感想、評価、ブクマ、レビュー等、歓迎しております。
応援よろしくお願いします。作者のやる気と励みになります。




