最悪のパターンを避ける選択をしてください。▼
【タカシ ミューの町 郊外】
指を折られた際のあまりの痛みに、俺は声が出なかった。
というよりも、叫んだりしたらもう1本、もう2本と指が折られかねない状況で叫ぶことはできなかったという方が正しいかも知れない。
「――――!!!」
折れている指を視界に捉えているものの、視界情報よりも指の痛みの情報の方が大きく、自分の指がどうなっている状態なのか分からなかった。
「っ……! はぁっ……ぁ……ぐぁ…………」
「結界を解かねぇと、今度は指だけじゃなくて腕ごといくぞ! 早くしろ!」
うめき声が出てくるものの、痛みに震えることしかできない。
冷や汗が出てくる。
自分の手で折れた指の付近を押さえるが、当然痛みがそれで和らぐことはなかった。
「結界はメギドが張ってる……っ……メギドじゃないと解けないぞ……」
「へぇ。魔王がここにいるのか……いや、前魔王だったな」
激痛で思考が鈍り、佐藤が「魔王がここにいることは言わない方がいいのでは」という意見を俺は完全に忘れていた。
悪魔族の青年の含みのある「へぇ」を聞いて、かすかにそのことを思い出す。
言ったらまずいことを言ったかという考えが一瞬よぎるが、そのことに意識を向けることができなかった。
「やめておけよ……メギドにかかったら、お前らなんか一捻りだぞ……」
思考がまとまらないなりに、懸命にそう言って脅かしてみるが何の迫力もない。
メギドの力を借りずになんとかすると大見え切ったが、結局この有様だ。
打開策を考えようとするが、痛みが先行して考えがまとまらない。
今まで指をこんな風に折ったことがなかったが、こんなに痛みが強いとは思わなかった。
「嘘張るならもうちょっとマシな張り方しろよ。メギドがいるってんなら、真っ先に出てきてるだろ。だから俺らは大規模な結界の前で様子を伺ってたってのに、拍子抜けもいいとこだな」
攻撃してこなかったのはメギドを警戒しての事だったらしい。
本当に俺たちはすっかり騙されたというわけだ。
仮に嘘だと見抜けなかったとしても、結界から出なければ捕らわれることもなかったはずだが倒れているのを見て俺が先走って結界から出てしまった。
兵士たちの言う通り、魔族がずる賢いやつだったという訳だ。
あまりにも俺の行動が間抜けだったと言わざるを得ない。
「おい! どうすんだよ!? 2匹もいるんだから片方殺しても良いんだぜ!」
「結界は僕らではどうにもできないんですよ! これは魔王メギドが張ったものなので、この町の魔法士程度ではどうすることもできません!」
カノンが悪魔族の青年にそう説明するが、それだけのことで引き下がる気は全くないようだった。
「なら全員結界の外に出ろと伝えろ! 出てこねぇ場合は片方を殺す! それでも出てこねぇ場合は町ごと吹き飛ばす! 多少時間をかければ結界を壊すこともできるんだぜ!! 大人しく全員出てくれば生かしておいてやるって言ってんだ!」
「僕らは町の人間ではないので、町長たちに確認する必要があります! 確認するので待っていてもらえませんか!?」
「早くしろ! こんな場所で小一時間も待たされて俺は機嫌が悪ぃんだよ! また雨降らせたら皆殺しにするからな!」
「その間の人質の身の安全は保障してくれませんか!? でないと交渉になりませんよ!」
「いいから早く行けよ! ぶち殺すぞ!」
それを聞いて、カノンと佐藤は顔を見合わせてから俺の方を見つめ、そして跳ね橋を走って戻っていった。
佐藤が持っている『雷撃の枝』も、カノンが持っている『縛りの数珠』も、この数を相手にするには明らかに向いていない。
この場は戻るしかないとは分かっていても、それでも敵の群衆の前に置いていかれるのは「置いて行かないでくれ」と心細く感じる。
――マジかよ……
この状況から見て、俺たちが人質にされたからと言って町の人たちは出てくるつもりはないはずだ。
あいつらの考え方だと、俺たちを見限って再び雨を降らせて妨害をして、こいつらが去るということを待つ方が安全だ。
ただでさえ結界も張ってある中、時間がかかればまたテイタイオンショウがどうとかという話になってくる。
俺の防水服ももう効力切れで消え始めているから、俺も危ない。
琉鬼は皮のジャケットが水を弾いていて上半身はそれほど濡れている印象はない。
――こいつらの拘束を解いてまた結界の中に入れるか……?
そもそも、結界の中から外に出た場合はまた入れるのか?
結界の根本的な仕組みが分からない。
もし内から外に入るものは受け入れるけど、外から内に入るものを弾いたら俺は中に入れない。
――いや……でも、雨は普通に入ってきてたし……メギドは前に「勇者を入れない結界」とか「魔族を入れない結界」とか言ってたから、多分これは魔族だけを入れない結界のはずだ
だが、そこまで考えたものの、もしそうでなかった場合は俺は一気に窮地に立たされる。
俺だけではなく、琉鬼も同様に脅威にさらされてしまうだろう。
俺だけなら隠している『風運びの鞭』もあるし、なんとかなりそうな気もするが、誰かを庇いながら戦うのは俺には難しい。
――いつもメギドはこんなこと考えながら俺たちを守って戦ってくれてたのか……単体で戦うよりも難しいな……
そもそも『風運びの鞭』は相手を選択して使うことができない。
無差別的に吹き飛ばしてしまったら琉鬼も当然飛んで行ってしまうことになる。
――俺が掴んでいれば大丈夫か?
しかし、それは大幅な賭けだ。
幸い……というべきか、琉鬼は体重が重い。
琉鬼を押さえている鳥獣族のように軽くない分、力を調整すれば琉鬼は飛んで行かずに済むだろうか。
――どうする……? メギドだったらこんなとき、どうする……?
メギドだったら魔法でどうにかするに決まっている。
俺にはその方法は使うことができない。
それは参考にすることはできない。
――じゃあカノンだったら?
カノンは話術で相手を説き伏せることができる。
俺は話が得意なわけじゃないが、得意か不得意かを命がかかっている状態で言っていられない。
――この場で最も効果的で、俺も琉鬼も解放される話の運び方は…………
「…………」
駄目だ。
思いつかない。
というか、少しでも喋ったらまた指やら腕やらを折られるかもしれないし、折られる方が右手だったら『風運びの鞭』が使えなくなってしまうから最悪だ。
――ここはこいつらの出方を伺う方が得策なんじゃないか?
「ちっ……なんで俺がこんなこと……」
黙っている方が得策かとも思ったが、先方が口を開いたので俺も少し言葉少なに話しかけてみる。
「な……なぁ、痛みを紛らわせるために、ちょっとくらい話……してくれてもいいんじゃね……?」
「話すことなんかねぇよ」
「ここで待ってても暇だろ……?」
「…………暇?」
ボキッ……
まただ。
また俺の指を折られた。
左手の中指だった。
「あぁああぁっ…………!!」
「お前さぁ……ほんっと馬鹿だな……そういうの通用しねぇから。黙ってた方が賢いって分かんねぇかな?」
「…………っ……うぅ……っ……」
――冗談だろ。こういうときって、普通、話に乗るもんじゃないのか?
人間だったらたとえどんな悪党でも、こういう待っている間の時間は話し合いの余地くらいあるのに、それがこいつには全くない。
ただの世間話すら俺とするつもりはないらしい。
――ある意味、すげー賢いかも……交渉に乗らないってのは……
「おい、お前ら! 待ってんのもかったりぃから結界壊し始めろ。メギドは今いないらしいから、さっさと攫ってくぞ!」
攫って行くと言っているところ、どうやらまたパイの町のように人を攫って行くのが目的らしいことが分かる。
でも、攫って行ってどうするつもりなのか全く分からない。
最終的に人間を滅ぼし尽くすと言っていたはずなのに、どうしてわざわざ手間をかけて攫って行くんだろうか。
と……いう情報を引き出そうにも、また余計なことを口走ると今度は俺の腕が危ない。
あるいは、ただただ震えて固まってしまっている琉鬼にも危害が及びかねない。
――そういえば……爺ちゃんは「ヤバイときは最悪のパターンを考えて、その一つ一つを回避していくことで一番悪いことからは逃れることができる」って言ってたな……確か……マジで最悪なパターンから考えていくんだったよな……
一番悪いのは、町の人間が皆殺しになって、俺も、琉鬼も殺されること。
次は町の人間が皆殺しになって、俺だけ助かること。
これはない。
俺だけ生き残るってことは難しいと思う。
次は俺と琉鬼が殺されること。
これはいますぐにでもあり得る話だ。
でも、俺と琉鬼が殺されるだけで町の人が助かるなら……いや、俺は良くても琉鬼は助けないといけない。
次は琉鬼だけが死ぬパターンだ。
俺が『風運びの鞭』を使えば俺だけでも助かることはできる。
そのパターンの前に、まず俺たちの動きが封じられるのは致命的だ。
今は指を折られる程度で済んでいるが、脚を折られたら動けなくなって勝算は一気に落ちる。
――時間をかければかけるほどこっちが不利になる
結界の中に入れさえすれば、俺の持ってる『風運びの鞭』でなんとかなるはずだ。
それには、まず俺の首をしっかり絞めている後ろの悪魔をひるませて、拘束から抜け出し、琉鬼を拘束している鳥獣族をひるませて琉鬼を連れて結界の中に……。
「どうせ今、どうやって逃げ出そうか考えてんだろ? 無駄だって。早く死ぬかちょっと遅く死ぬかの違いしかねぇよ」
俺が黙って思考を巡らしていると、悪魔族の青年はそう言った。
図星の言葉に俺はドキリと身体をこわばらせてしまう。
「なぁ、メギドはこの町にいねぇんだろ? いつ出てった?」
俺が話す話は気に入らないらしいが、自分が聞きたいことは話すことは可能らしい。
メギドの所在についてはかなり警戒しているらしい。
どう答えたら一番いいのか分からないが、嘘をついて嘘を見抜かれたらもっと酷い目に遭いかねないので慎重に答えた。
「2、3時間前だ」
「次の町に行ったのか?」
「詳しくは知らねぇよ……“用事が出来た”って言って出て行っただけ」
「へぇ。“用事が出来た”ねぇ。ってことはまたこの町に戻ってくるってことだな? いつ戻ってくるんだよ?」
「だから……詳しくは知らねぇって。でも、もう戻ってきてもおかしくないはず……」
俺は話をしている最中に、悪魔族の青年の尻尾が俺の右端の視界でゆらゆらと揺れているのを見つけた。
尻尾の長さは個体差があるらしい。
メギドよりも尻尾が長い印象を受ける。
メギドは定期的に自分の尻尾の手入れをしているが、あるときメギドに尻尾について聞いたことがあったことを思い出した。
――過去――――――――――――――
「なぁ、翼とか尻尾とか角があるってどんな感じ?」
「馬鹿馬鹿しい質問だな」
「尻尾って何に使うの? あると便利?」
「お前の頭は何に使っているのか教えてもらいたいものだな」
「頭はどう考えても使ってるだろ!?」
「どうだかな。尾は毒があるから、これで刺せば殺すことができる」
「えぇ……そんな物騒なもんしまっとけよ」
「馬鹿め。尾は神経が集中している敏感な部位なのだ。風向きや周囲の状況を正確に感じ取るために使われている。それをしまうなど。お前はその崩れている顔をしまっておけ」
「顔のことをとやかく言うな!」
「ふん」
「……でもさ、逆に敏感ってことは踏まれたりしたら超痛いってことだよな?」
「ほう……では踏んでみろ。二度と踏むという行為ができないよう歩けない身体にしてやる」
「やめてくださいお願いします」
――現在――――――――――――――
尻尾は手頃な急所だと俺は思った。
俺の座り込んでいる近くには握りやすく、殴りやすい手頃な石が落ちているのを確認した。
でも、メギドは相手の動きを瞬時に判断して指先で剣を止めることができることができる。
下手に俺が尻尾を狙っても必ず当てることができるかは分からない。
「戻ってきたら面倒だな……」
俺は琉鬼を捕まえている鳥獣族の状態を確認した。
軽く腕を捻りあげられて拘束されているだけで、特別な拘束はしていないようだ。
琉鬼との距離もそれほど離れていないし、周りの他の魔族は結界の破壊に向かっていて近くにはいない。
――これならいけるかも……
下手な嘘をついて、あからさまに気を逸らそうとしたら感づかれるかもしれない。
俺がゆっくりと石を手に取って不自然にならないように、確実に尻尾を殴打できるタイミングを見計らう。
「こ……ここの町の連中は……ジュウっていう遠距離武器を使うらしいんだけどさ」
「あぁ? ジュウ?」
「今、あそこの塔から俺たち狙われてね? 俺、当たりたくないんだけど……ほら、あそこ」
俺は視線を誘導するのに高い位置を指さした。
俺の斜め後ろにあった悪魔族の青年の顔の角度が上を向いたのが分かった。
少し長い間指を指し続け、俺は手元にあった手頃な石をゆっくり掴み、そして思い切り尻尾を狙ってそれを振り下ろした。
ガッ!
「ぎゃっ!」
振り下ろした狙いは見事に正確に当たった。
悪魔族の青年は痛みからか俺の首を絞めていた腕の力が一瞬緩んだ。
そのまま腕から頭を抜き、悪魔族の青年に向き直って背中に隠していた『風運びの鞭』を取り出してしっかりと握り込み、思い切り振りぬいた。
それと同時に爆風が巻き起こって悪魔族の青年は爆風に飛ばされてかなり距離が開いた。
鋭い棘が俺の手の平や指に突き刺さるが、それを気にしている余裕はない。
驚いておどおどしている琉鬼の腕を、指が折られている左手でなんとか掴むと同時に鳥獣族に向けて『風運びの鞭』を振るう。
すると、鳥獣族は琉鬼から離れまいと爪を立てたが風に耐えられずに飛んで行った。
その異常に気付いた他の魔族が俺たちに魔法を撃ってくる前に、俺はすぐさま結界側の魔族にも鞭を振りぬく。
前方にいた魔族は風の強く流れる方向へと飛んで行き、道は開けた。
「走れ! 突っ切るぞ!」
琉鬼を引っ張りながら俺は結界内に向かって一直線に走った。
足がもつれながらも、俺と琉鬼は必死に走って真っ直ぐ全力で走る。
そして、スッ……と、結界の外壁にぶち当たることなく、俺たちは結界の中に入ることができた。
躓くものがあった訳でもないのに、俺は結界の中に入って跳ね橋のかかりの部分で俺たちは倒れ込んだ。
「待ちやがれ!」
急にやけに周りが明るくなったと思い、慌てて後ろを振り返ると先ほどの悪魔族の青年が炎の魔法を撃ってきていた。
本当に目の前まで炎が迫ってきていたが、目前で結界に弾かれて俺と琉鬼が丸焦げになることはなかった。
どうやら『風運びの鞭』の風や、魔法による炎など、魔法に関係するものはこの結界の中に入れないらしい。
「っ……ぶねぇ……」
しかし、その調子で結界を壊されたら一大事だ。
そう考えた俺は結界の中から『風運びの鞭』を振って魔族らを追い払おうとした。
振りぬくそのとき、俺の腕は後ろから掴まれて止められた。
「やめろ」
やけに聞きなれた声が後ろから聞こえてきた。
この声を、どれだけ頼もしく感じたか分からない。
なんだか目頭が熱くなってくるようにも感じる。
そして、その金色の長い髪をどれだけ懐かしいと感じたか俺には表現できない。
「お前にしてはよくやったようだな」
言葉にならない感情を咬み殺し、
振り返ると、そこには魔王メギドが立っていた。




