悪魔族の青年は冷たくなっている。▼
【タカシ ミューの町 防衛塔】
「あいつら、話し合いに来ただけだ。雨を止ませてくれよ」
と、何度も兵士らに主張するもののやはり首を縦に振ることはなかった。
「従わない場合は分かっていますよね? 町長に危機は去ったことを伝えてください。実際に魔族たちは結界からこちら側に入ってこられないようでした。危険はありません」
「嘘をついているだけの可能性もあるんじゃないですか? 魔族は狡猾ですから……」
兵士らはそう言うものの、自身がなさそうだった。
誰も俺やカノンの目を真っ直ぐ見ようとしない。
目が泳いでいて声も小さくなっている。
「雨が止まないとまともに話し合いもできません。話し合いを妨害しようとしてるならすぐに止めてください。命が惜しかったら、の話ですけど。仮に魔族たちが攻撃的な行動に出たら跳ね橋をすぐに上げていただいて結構ですから」
「跳ね橋を上げて身に危険が及んだ場合は、魔王が俺たちを皆殺しにするって言ってたじゃないですか」
少しばかり慌てたように兵士はカノンに反論した。
確かにそんな物騒なことをカノンが言っていた。
「その可能性はあります。が、早く危険はないことを町長に伝達してください。悪魔族も低体温症になりかけてました。彼らにこの雨で実害がこれ以上でたら交渉の機会がなくなってしまうかもしれません」
「………………」
「交渉が決裂する前に止めてください。万が一、何かあった場合でも僕たちには魔道具がありますから十分に対抗できます」
強気のカノンの姿勢に、兵士の1人がおずおずと出てきて俺たちと話していた兵士に声をかける。
「魔族が話し合いに来たなら話をした方がいいんじゃないですか……? 結界で入ってこられないだけで、悪魔族までいたんですから……これ以上争いを続けるよりも1度くらいは話し合った方が得策かと……」
どうやら俺たちと話している兵士はそれなりに偉い立場のようだ。
話しかけてきている方が恐ろし気にビクビクとしている。
普段は怖い上司なのだろうかと、ふとどうでもいいことが頭をよぎる。
「話し合いなど決裂するに決まっている……結局は『雨呼びの匙』を使うなという話になるが、この町はずっと昔から『雨呼びの匙』で守られている……水棲族と鳥獣族だけじゃない。他のこの辺に住んでいる奴らとはかなり険悪だ。魔族が人間を襲えるようになったんだから、より警戒を強めないとならない……」
「じゃあ今まで魔族と話し合いをした事は?」
「ありません」
「ただの1回もないのか? それはちょっと可哀想だろ。水害が出てるって分かってるのに」
「我々も生き残るために必死なんですよ」
この兵士たちと話をしていても言い訳ばかりで話が先に進んで行かない。
特に魔族の制約が解けた今の状態では生き残るために必死なのは分かる。
パイの町で大規模な人攫いがあったのを目の当たりにしたばかりだ。
この町でも同様の事件に発展してほしくない気持ちは俺にもある。
でも1回も話し合いもしていないのは話がこじれて当然だ。
下手をしたらラムダの町のように戦いになれば死者も出てしまうかもしれない。
「なら1回くらい話し合えよ。メギドならこう言うぜ? “物申さない虫を相手にしてる訳ではないのだから、相手の意見を聞くくらいしろ”ってな」
「…………本当に魔王がそんなこと言いますか?」
佐藤が訝し気な表情で俺の方を見つめてくる。
「言うよ。もうここ最近ずっと俺はメギドと一緒にいるんだぜ? 何を言うかなんてなんでもお見通しだって」
「……タカシさん、それを魔王には言わない方がいいですよ。水をかけられるんじゃなくて、水に沈められますよ。絶対」
「え?」
それほどメギドが怒りそうなことを言ったつもりはないが、よく周りのことを観察している佐藤がそう言うのだからもしかしたらそうなのかもしれない。
水をかけられるのも嫌だが、沈められるのはもっと嫌なのでメギドには黙っておこうと考える。
「とにかく、町長には脅威は去ったと言ってください」
「しかし……」
「早く。取り返しのつかないことになりますよ」
カノンが強い口調ですごむと、兵士らはおずおずと町長に連絡する方法に取り掛かり始めた。
何やら直径1メートル程度の大きい装置をせわしなく操作し始めた。
カシャカシャというレバーを動かす音と、強い光がそれに合わせて瞬いている。
「なんだ? あれ。どうやって伝えるんだ?」
「あれは信号を送っているんです。中継地がいくつかありまして、光で状況を伝えるんですよ。この雨の中では音は届かないですからね」
兵士が装置についての説明をしてくれたものの、光でどう状況を伝えるのか全く分からない。
「へぇ……でも光でどうやって?」
「パターンを組み合わせるんです。長い光と短い光でパターンを作ってそれで会話をするんですよ」
「すげー! そんなこと考え付きもしなかった!」
俺はそういうの詳しくないけど、いろんな方法があるんだなと感心した。
俺の住んでる村なんて殆ど文明機器なんてなかったし、俺も勇者が来る以外のことに生活で不自由してなかったから知ろうともしなかった。
――この町は特殊かもしれないけど、世の中いろんな技術があるんだな
俺がその装置を物珍し気に見ている最中、兵士らが光での信号伝達をし終えてしばらく経つと、徐々に雨は弱くなってきた。
声が聞こえない程の豪雨が普通の雨になり、すぐに小雨程度になった。
「よし、それじゃ話を聞きに行くか」
雨が降り止んできたことに俺たちはホッとした気持ちになり、再び塔の外へ出て魔族たちの元へと向かおうと扉の方へと向かったところで、丁度入ってきた勇者たちとぶつかりそうになった。
やっと勇者らも到着したらしい。
全体的にずぶ濡れになっているところを見ると、鎧を着たり、装備を整えて来たようだ。
「おっとっと……魔王のお連れの方……こんなところにいたら危ないですよ」
本人に悪気はないのだろうが、まるで俺たちが完全に戦力外だと通告されているような気持ちになり、思わず俺は顔をしかめた。
「俺たちは戦えるけど、あいつらとは戦う必要はないんだ。話し合いで解決できそうだから、お前たちが来たのはトホウに終わったな!」
ビシッ!
と指をさしながら俺はかっこよく決め台詞を言ってみる。
それが効いたのか、勇者たちは驚いた様子で黙って俺を見ていた。
どうやら俺の決め台詞に手も足も出ないらしい。
「……あの……多分、“途方”ではなくて“徒労”と言いたいんだと思います」
カノンは勇者たちに向かって小声でそう言った。
「え? トロウ? トホウじゃないの?」
また言い間違えてしまったと思うと、俺は顔から火が出るほど恥ずかしくなり必死にその場の空気を誤魔化そうとする。
誤魔化そうとするが、勇者らは苦笑いで俺の方を見てきて誤魔化しようがない。
右手が接着剤でくっついたときに、自分の右手に向かって話しかけているのをメギドに見られた時くらい恥ずかしいと感じる。
「まぁ、細かいことはいいですけど……魔族と話し合いでの解決を図っているのは事実です。向こうも争う気はないようなので、ここは僕らに任せてください」
「争う気がないのになんで魔族は来たんですか?」
「『雨呼びの匙』の苦情ですよ。やめてほしいということです」
「それはそうなのでしょうが……危険ではないですか?」
「危険なのは理解しています。でも、攻撃もなかったですし、話し合いができればそれに越したことはないので。魔王様が張っていた結界もあるので安全です」
「魔王の結界ですか?」
「えーと……説明は後でします。ここで待機していてください。タカシさん、佐藤さん、行きましょう」
「お、おう……そうだな」
カノンを筆頭に、俺たちは再び魔族のいる元へと向かった。
手で持っていた『風運びの鞭』を再び背中側の服の中にしまった。
やはりかなり痛いが敵意がないことを示すために隠すしかない。
歩くたびに棘が食い込んできて痛い。
いくら咄嗟に使いたいからといって、何か袋に入れてくればよかったと後悔する程痛い。
「なぁ、カノン」
「はい、なんでしょうか」
「あのさ……トホウとトロウって結構違う……?」
「えーと……はははは、うーん……ちょっと違うと言いますか、全く違うと言いますか……」
「マジ? めちゃくちゃ恥ずかしいじゃん……メギドに聞かれなくて良かった……」
メギドに俺が盛大に間違えたことを聞かれたら、孫の代、いや、ひ孫の代……いや、もう俺の子孫に永遠に言われるに決まっている。
「後で言葉の意味は答えますので、今は真剣な顔をしていてください。魔族を全面的に信用した訳ではありませんから、牽制する意味も込めて、こう、キリッとした顔をしていてほしいです」
「あぁ……こうか?」
自分なりに真面目な表情をしてみせるが、真剣な顔をしようと意識すると逆に笑ってしまう。
「普通にしていてください。意識すると強ばってしまいますので」
「分かった」
話をしながら跳ね橋を歩いている先を見た時に、俺たちは異変に気が付いた。
魔族には町の外周からは少し離れてもらったものの、せいぜい20~30メートル程度で肉眼でどういう状態なのかは確認できる。
目を凝らしてみると俺たちと話をしていた悪魔族の青年が仰向けで倒れていて、その周りに他の魔族や別の悪魔族が群がって覗き込んでいるような状態だった。
「どうしたんだ? 倒れてるぞ。もしかしてテイタイオンショウか?」
「可能性はありますね。悪魔族も恒温動物でしょうから、深部体温が――――」
「おーい! どうしたんだ!? 大丈夫か!?」
「あ、ちょっと、タカシさん! 待ってください!」
カノンの制止を聞かずに、俺は跳ね橋と結界の終わりから外に飛び出して倒れている悪魔族に駆け寄った。
「おい、大丈夫か! しっかりしろ!」
仰向けで倒れている悪魔族に駆け寄って腕に触れると物凄く冷たくなってしまっていて、俺の呼びかけに対して返事がなく、意識がはっきりしていない様子だった。
「おーい! カノン! 多分テイタイオンショウだ! 身体がすげぇ冷たい!」
俺が振り返ってカノンにそう言うものの、カノンと佐藤は結界の内側から出てきていない。
「しっかりしろ、意識あるか? カノン! ちょっと来てくれ! やばそう――――」
カノンの方を向いて俺が話しかけている間、急に俺の首が締まった。
首が締まっただけではなく、後ろに倒されたときに背中に仕込んでいた『風運びの鞭』の棘が背中に食い込んで鋭い痛みが走る。
「いってぇ! ちょっと、何!?」
「ばーか。暴れんなよ」
締まっている首をぎりぎり動く範囲で後ろを振り返ると、倒れていた悪魔族の青年が起き上がっていて俺の首に腕を回してしっかりロックしているのが見えた。
「人間ってのはてめぇみてぇな馬鹿ばっかりなのか? 簡単に騙されたな」
「騙された? どういうこと?」
「ちっ……本物の馬鹿かよ……おい! そこのてめぇら! こいつの命が惜しかったら結界を解け!」
騙されたという事に対して、俺は思考がなかなか追い付いてこなかった。
悪魔族の青年はカノンや佐藤に向かってそう大声で言っている。
「話し合いに来たんじゃないのか?」
「話し合いなんかするわけねぇだろ、ばーか。なんで俺ら上級種族が血の詰まった革袋と話し合いなんかするんだよ。黙ってろ」
血の詰まった革袋というのは恐らく人間のことなのだろうが、ゴルゴタの「毛のない猿」といい、人間が嫌いな魔族はとことんまで人間を落すのが好きらしい。
「騙したのか!」
「だからそう言ってんだろ! 黙ってないと、他のヤツを殺すぞ。おい! 連れて来い!」
そう言った後に俺の前に突き出された者には見覚えがあった。
いや、「見覚えがある」という言い方は間違いかも知れない。1度でも見たら推定忘れるわけがないからだ。
太っていて、髪が長いくせに禿げていて、赤いハチマキを巻き、黒い半袖の皮のジャケットを着て、左腕には包帯を巻いている。
そして左目には眼帯をつけているというどこからどう見てもおかしな恰好をしている男。
「お、お前……えー……なんだっけ……末期……みたいな名前の……」
「琉鬼!」
そのあまりにも特徴的な男――――琉鬼だ。
パイの町から国王や他の勇者がいる安全な町へ、他の発見された生存者と共に向かったはずだ。
なんでここにいて、人質にされているのか分からない。
「うるせぇ! 黙ってろっつってんだろ!」
ボキッ……
いとも簡単に、小枝を折るかのような仕草で俺の左手の人差し指が折られた。




