結界の外の魔族と交渉してください。▼
【タカシ ミューの町 防衛塔】
魔族に町の外が包囲されている中、俺たちは塔の守り人を交えて作戦会議をしていた。
俺たちが持っている魔道具『風運びの鞭』『雷撃の枝』『縛りの数珠』でできる作戦を立てる。
それと、守り人が持っている見慣れない武器についての話も聞いた。
「これは『銃』という武器です。火薬の入っている金属の弾を、火薬を爆発させることで高速で打ち出して対象の身体を撃ち抜きます」
「へぇ……それって、強いの?」
「頭部をうまく打ち抜けば即死しますね。魔族によっては全く効かないんですけど」
「マジ?」
あまり強そうな武器に見えなかったが、その見た目に反して強力な武器だとは思わなかった。
武器には詳しくないものの、俺はそれを見たことがない。
どうやって使うのかも分からなかった。
「今確認できている彼らに対抗する手段はあるんですか?」
「空を飛べる鳥獣族や悪魔族はやっかいですが、それを打ち落とすのにこの武器は有効です。暗殺などには向いていますが、魔法で対抗されてしまうとどうにもできないです」
「それで……その武器はあとどのくらい使えるんですか? 無限には使えませんよね?」
「弾はたくさんあります。それに、原料のストックもあるので魔法で加工してここで作ることもできますし、銃の弾には不足はありません」
「ここに勇者らが来る予定はありますか?」
「さぁ……何度か奇襲があった際には来てくれましたが、到着時間は不明です」
勇者たちが来てくれたらまた状況も変わるんだろうが、俺たちは勇者たちの実力を知らない。
「なぁ、あの勇者たちって強いのか?」
「強いと思いますよ。頼りになります」
鍛えているだけの実力はありそうだ。
この町にはもう長くはいないだろうが、実践的な稽古を1度くらいはつけてもらいたい。
このままゴルゴタに臨むのは流石の俺も不安が残る。
目の前の魔族にもろくに対抗できないのに、メギドを負かしたゴルゴタにそう簡単に勝てるわけがないことくらい、俺でもわかる。
「そうなのか。その……ジュウで何体か仕留めたのか?」
「いや……攻撃を仕掛けるそぶりもないのに、死傷者をこちらから出すわけにはいかないので、様子を見ています。下手に刺激をしたら危険ですし。もしかしたら大雨で大人しく引き下がってくれる可能性もあります」
「でも、それはこの雨とメギドの結界で入ってこられないだけだろ?」
「結界? そんなものが張ってあるんですか?」
「あぁ、メギドが万が一の為にって結界張ってたんだ。良かったな」
ただ雨が降っているだけであったら、鳥獣類や悪魔族が飛んで入ってくれば町へ侵入することは可能だったはずだ。
そうしてこないのはメギドの結界があるからだと俺は思う。
入ってこなくて良かった。
もし入ってきていたとしたらこの周辺は攻防戦になっていたかもしれない。
「この雨、いつまで振らせるんだ? この周りに住んでるやつらにかなり影響が出るんじゃないか?」
「魔族がいなくなるまでですね。確かに周囲の土地に土砂崩れとか……川の決壊での浸水などは考えられます」
「それはまずいだろ。結界が張ってあるから、雨は止めてくれないか?」
「危険は冒せません」
守り人の兵士は断固としてそれを拒否する。
その返事を聞いて俺は険しい表情で兵士を見て反論した。
「自分たちは危険から遠ざかれるかもしれないけど、周りのやつらは水害の危険に晒されるだろ」
「すみませんが、この町は他の町とは異なり独立した政策があるんです。一兵士が勝手に判断できません。判断をするのは町長です」
「こんな遠方からどうやって町長に連絡とってるんだよ?」
「それはこの町の秘密事項です」
「こんなときに秘密がどうとか言ってられないだろ。俺たちは味方だぞ?」
「申し訳ございませんが、この町の住民でない方は信用しないようにと言われています」
やっぱりここの町長は意地が悪い。
絶対悪い。
間違いない。
絶対に俺のことを「あの田舎者は」とか言って罵ってくるタイプだ。
俺が「ふざけるな」と更に言葉を発する前に、佐藤が先に口を開いた。
「しかし、これだけ大規模の結界が張ってあるとあらば、おのずとここに魔王がいることは知られるのではないでしょうか? 魔王様を警戒して様子を見ているのかも……」
「でも、もう結構時間経ってるぜ? いつまでもメギドが出てこないなら、いないって分かるんじゃねぇか?」
「その可能性はありますね。でも、それにしてもずっと攻撃してこないのも不自然です。魔法でも、飛び道具でも何でも使ってきそうなものなのに……」
俺は塔の窓から外を再び見渡して魔族たちが何をしているのか見るが、何やら魔族同士で話をしている様子だった。
ただ話しているというよりは、なにかもめているような感じだ。
「なんかあいつら内輪で揉めてない?」
カノンたちにそう言うと、佐藤やカノン、他の兵士たちも魔族たちを見る。
悪魔族を中心として、鳥獣族、水棲族が言い争いをしているように見えた。
「確かに、何か言い争いをしているようですね。声は聞こえないですけど……」
「ちょっと話を聞きに行ってもいいんじゃね? 何か目的があってきたんだろ? ラムダの町のエルフみたいに、何か事情があるのかも」
またこの町の人間が魔族を奴隷化して閉じ込めているのかもしれないと、俺は嫌な考えがよぎる。
裸の魔族が地下から出てくるんじゃないかと不安に駆られた。
あのときの囚われていたエルフの身体の生々しい傷痕と怯えている姿が今でも鮮明に思い出せる。
「なるほど。少し訪ねたいんですが、この町で魔族を奴隷として扱っていたり、過去に魔族に対して何か怨みを買うようなことはありましたか? あるいは長く続いている諍いとか」
兵士らにカノンがそう問うと、兵士たちは顔を見合わせて首を左右に振った。
「いや……心当たりはないです」
その様子を見て、カノンは目を細めて兵士たちを見つめる。
「……嘘をついてますね?」
嘘を指摘された兵士たちは明らかに動揺して表情に出した。
そんな態度を取られたら、俺でも嘘をついているということに気づいてしまう。
またラムダの町のエルフの二の舞になって、咎人を引き渡すとかなんとかって話にはなってほしくない。
「何を根拠に言っているんですか?」
「やっぱり。嘘をついている人の多くは、何を根拠にそう言っているのかと問い詰めてくる。証拠がなければ言い逃れができると思っているからです。本当は魔族に恨みを買うようなことをしたんでしょう?」
「別に……そんなに大したことじゃないですよ。些細なことで逆恨みをしているだけです」
問い詰められて、兵士たちは戸惑ったように弁解を始める。
この場にメギドがいなくて良かったと思った。
もし、メギドに対してこんな嘘をついていたのなら「くだらない時間を取らせるな」と怒っていただろうから。
「些細な事かどうかは当人が決めることだと思います。僕の予想では……『雨呼びの匙』による意図的な水害が関係している。違いますか? 来ているのは水棲族と鳥獣族と悪魔族です。悪魔族の関係は薄いでしょうけど、他2種族は水辺に生息している種族です。水害の影響をかなり受ける」
「…………」
「その怨みを利用されて、ゴルゴタの配下の悪魔族と共にここまでやってきた……とは考えられませんか?」
「ゴルゴタの配下の者なら、俺は奴について尋問したいです」
佐藤は険しい表情で「尋問」などという穏やかではない言葉を使った。
穏便に済ませたいのに佐藤は魔族たちに対して攻撃的な態度を感じる。
カノンに問い詰められている兵士らは黙って目を泳がせていた。
「……聞いても口を開くとは思えませんけど……一応聞いてみても良いと思います」
激しい雨で良くは見えないが、わずかに光の屈折で結界の境界が判別できる。
どうやら外堀の外周まで及んでいるらしい。
跳ね橋を降ろしてもぎりぎり大丈夫そうだ。
「結界の端まで行ってあいつらと話を聞きたい。跳ね橋を降ろしてほしい」
「魔族に対して挑発的な行為は望ましいとは思えません」
「こんな状況で硬直状態で、雨をこれ以上降らせるほうが望ましくないだろ。話し合えば解決することもあるはずだ」
俺は兵士たちに分かってほしくて説得を試みたが、全然聞く耳を持っている様には見えない。
一様に渋い表情で首を横に振っている。
「魔族を誤解しているようですが、奴らに人間的道徳の精神は通用しませんよ」
「確かに価値観とかは結構違うって思うけどさ。いいから。俺と、カノンと佐藤で話を聞きに行く。話すだけだ。何もしない。魔道具も持ってる。頼むよ。解決したいんだ」
「僕からもお願いします。話し合いだけで済めば大きな犠牲を出さなくて済みますし、話し合いの余地があるかどうかの判断もできます」
渋っている兵士たちは頭を縦には振らない。
「我々だけでその判断はできません。町の存続に関わる重要な判断は全て規則や町長の合意が必要で――――」
「じゃあ、僕たちは町の人間じゃないですから、僕たちが勝手にやる分には貴方たちはお咎めは無しですよね?」
「…………そう……かもしれませんが……」
「じゃあ全員、動かないでください。下手に動けば魔道具で吹き飛ばすこともできます。すみやかに跳ね橋を降ろしてください。従わない場合は、ちょっと痛い目に遭ってもらいますよ」
急にカノンが脅すような口調になって驚いたが、それでも兵士たちはカノンの言葉に全く抵抗するそぶりを見せない。
カノンが本気でそう言っている訳ではない事くらいは分かっているはずだ。
指示通り、跳ね橋を降ろす為のレバーを1人の兵士がゆっくりと降ろし、それと同時に跳ね橋も降りていくのを俺たちは確認する。
「結構です。僕らが跳ね橋の上で話をしている間、跳ね橋をあげないでくださいね。
僕らに身の危険が及んだ場合、魔王メギド様があなたたちを皆殺しにしますよ」
まさか。メギドはそんなことしない。
そう言いたい気持ちもあったが、俺は話を合わせることにした。
「そうだぞ、メギドは本気を出せばこの町全部跡形もなく吹き飛ばせるんだからな!」
いや、本気を出したら町どころの騒ぎではないかもしれない。
「あるいは町全部じゃすまないぞ。この世が滅びかねない。大人しくしておくんだな!」
「あぁ……分かったよ」
兵士はおずおずと俺たちを見送る。
俺はちょっと得意げに胸を張って、塔の外へと意気揚々と向かった。
塔の外に出るとほんの少しだけ雨足が弱まったような気がしたが、それでもかなりの量の雨が降っている。
「カノン、あんなことして大丈夫か?」
「なんですか!?」
「あんなことして大丈夫かって!」
やはり雨音でかき消されて大きな声を出さないと会話にならない。
とても不便に感じる。
「建前が必要なんですよ! あぁいう型に捕らわれる人たちには!」
「あぁ、確かにあいつらには心機一転な対応が必要だな!」
胸を張って俺はそう言ったが、カノンと佐藤は負に落ちない表情をして俺の方を見ていた。
「心機一転……? 臨機応変って言いたいんですか!?」
「え? ど、どっちでも似たようなもんだろ!」
心機一転と臨機応変を間違えた。かなり恥ずかしい。
「タカシさんは脅すのにノリノリすぎませんか!? 町ごと亡ぼすなんて町に対する宣戦布告になりますよ!?」
「カノンのも皆殺しにするなんて言って、同じようなもんだろ!」
俺は走って跳ね橋を渡ろうとしたが、カノンに腕を掴まれて止められた。
「刺激しないようにしましょう! 走っていくと攻撃されるのかと警戒されてしまいます! 両手の平を見せながらゆっくり近づくんです! 敵意がないことを示すために!」
「でも手に魔道具持ってるぞ!」
「あー……服の中に隠せませんか!?」
「このトゲトゲをか!?」
「背中側のズボンに少し挟んで隠してください! 多少痛いでしょうけど!」
カノンは「多少」痛いというが、『風運びの鞭』は持ち運ぶのもつらいほどすべてが棘に覆われているのに、これをズボンに挟めというのは中々ハードな要求だ。
だが、それ以外に隠す場所もなく俺は渋々言われた通りにしてみるが、案の定かなり痛い。
ちょっと動くだけでも棘が腰に食い込んでくる。
佐藤も『雷撃の枝』を背中側のズボンに入れた。
敵意がない事を全面に出しながら、俺たちは跳ね橋をゆっくりと渡って魔族らの前に向かった。
魔族たちは俺たちに警戒して持っている武器を向けてきたが、向けてくるだけで襲い掛かっては来ない。
「僕たちは話をしに来ました! 争う気はありません!」
カノンがそう言うと、悪魔族の青年が俺たちに近づいてきた。
上半身は殆ど半裸で、短パンを履いているだけの悪魔だ。
黒い髪を後ろで束ねている。
全身が雨でずぶ濡れになってしまっていた。
寒くないのだろうかと俺は考える。
――悪魔族はテイタイオンショウにならないのか?
「俺たちも――――に……――んだ」
「ごめんなさい、雨音で良く聞こえないので、大きな声で話してくれませんか!?」
「……俺たちも話し合いに来たんだ!」
悪魔の青年のその言葉を聞いて、俺はホッとした。
カノンも佐藤も少しは緊張が解けたような表情をする。
「話し合いに来たのに、入れそうにないから困ってたんだ! 結界が張ってあるだろ!?」
「あぁ! 俺たちが仲介するから、何の話し合いに来たのか言ってくれ!」
「この町を中心に発生するこの豪雨についてだ!」
「やめてくれって話か!?」
「そうだ! 事あるごとに大雨が降って迷惑してる! 下流の村が滅茶苦茶だ! その話をさせてくれ!」
俺はカノンと佐藤と目を合わせて頷いた。
佐藤が前へ出て悪魔族の青年に話しかける。
「ゴルゴタからの命令ですか!?」
「違う! あんなイカレ野郎に付き合ってられるか! あいつはそんなこと気にしねぇよ!」
「証拠はあるんですか!?」
「んなもんないよ! どう証明するんだよ!?」
悪魔族の青年は手を大袈裟に振りながら困惑している様子で返事を返してきた。
「じゃあなんで上位魔族の悪魔族がこんなところにいるんですか!?」
「ゴルゴタから逃げてきたんだよ! 悪魔族の街も安全じゃねぇからここらの下流の村に住んでるんだけど、水害が酷いから文句言いに来ただけ! わざわざ面倒な争いに来ないだろ!?」
「交渉に来るにしては数が多いように思いますが!?」
「不満があるやつがこれの倍以上いるんだぜ!? これでも少ない方だ! 直談判しないとこいつらも気が済まないって言ってんだよ!」
佐藤もその言い分に納得したのか、俺たちの方を向いて頭を縦に振った。
「分かりました! 一先ずは雨を止めてもらいます!」
「頼む! ここで待ってるから早めにな! ずっと雨に当たってて寒いから早くしてくれよ!」
悪魔族はテイタイオンショウにならないのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
身体が小刻みに震えていて寒がっている様子だ。
「交渉してくるので、ここから少し離れていてください! 敵意がない事をこの町の兵士たちに証明するんです! 雨を身体にあまり当てないでください!」
「分かった!」
俺たちと話をしていた悪魔族の青年が、他の悪魔族の者たちと水棲族、鳥獣族が町の外周から少しばかり遠ざかっていく。
「よし、じゃあ俺たちは戻って話し合いだな! 雨を何とかしてくれるように言おう!」
跳ね橋を俺たちは走って戻り始めた時、俺は背中に入れてある『風運びの鞭』が食い込んで痛かったので再び手に持つ。
手に持つのも痛い。
でも、いざというときにすぐに使えるように持ち手に布を巻いておくわけにもいかない。
「言ったところで、あの人たちが素直に聞くとは思えないですけどね!」
「一先ずは敵意がないってことは下がってもらったから分かるだろ! 町長に直談判でもなんでもする!」
「町長のところまで行くほどの時間はありません! 防水服の効果が切れちゃいますよ! この雨風では傘も役に立たないですし、駄目です!」
確かにずぶ濡れになるだろうけど、そんなに大騒ぎする程大したことじゃない。
それに俺は雨に打たれてテイタイオンショウとかいうのになったことがない。
「多少寒くなるくらいだろ!? 大丈夫だって!」
「危険ですよ! 駄目です! 回復魔法士として看過できません! 低体温は危険なんです!」
「じゃあどうするんだよ!?」
「塔の兵士は町長に連絡する手段を持っているはずです! 僕たちから話をしても話にならないでしょうから、また建前を使って連絡させましょう!」
――建前ね……
あまり脅かしたりするのは気が引けるけれど、そうする他なさそうだ。
これ以上雨が降ったらまずいことになることだけは間違いない。
俺たちは走って、雨から逃げるように再び塔の中に入った。