いい方法をひらめいた。▼
【メギド 魔王城 蓮花の自室】
私は蓮花に連れられて蓮花の自室へと入った。
一歩足を踏み入れた瞬間、私は嫌悪感が露わになる。
部屋は書面や筆記用具、実験の残骸が乱雑に散らばっており足の踏み場も殆どないほどだった。
「少しは片付けろ」
私の言葉に蓮花は全く動じなかった。
蓮花は散乱した書面の間をすり抜けるように歩き、私に背を向けたまま答える。
「これで片付いてるんですよ。置いてある場所は全部記憶していますし」
蓮花の言葉に私は呆れた。
床に散らばっている書類を見ると、ゴルゴタはこの散乱している書面を普通に踏んでここを歩いている痕跡があった。
雑なゴルゴタらしい乱暴さだ。
「誰かを招くなら、もっと綺麗にしておけ」
蓮花はそんな私の意見を完全に無視した。
テーブルの上の書面のほぼすべてを、まるで不要なゴミを払いのけるかのように乱暴に床に落とした後、まだ何も書かれていない紙を引っ張り出してきて、私の前に紙とペンを置いた。
蓮花自身も白い紙に魔法式を書き始めた。
「魔族の方って魔法式開発は結構苦手分野だと思いますが、その天才的頭脳を既存の魔法にだけ使うのは勿体ないですよ」
「ふむ、私ほどの天才の頭脳を使おうとするのは良い判断だ」
蓮花は私の言葉に反応することなく、黙々と魔法式を書き続けた。
「私の仮説ですが、核を取り出す異空間というか、異世界があるんですよね。死神はそこに干渉できるんです。この世界に再び解き放つと大変なことになるので、完全に封印します」
蓮花の言葉は、私の想像を遥かに超えていた。
そんなこと、魔法式でどうにかなるものなのか。
「口で言うのは簡単だがな」
「結界魔法も摩耗していけば、いずれ解けてしまいます。それでは駄目なんですよね。永久機関にしないと」
蓮花はトントントントントントン……とペンを打ち付けて考え込んだ後、再びペンを動かし始めた。
蓮花の脳内では、膨大な情報が瞬時に処理されているのだろう。
「それから保険として、この世界に干渉できないような異空間か異世界に放り出す必要があります」
また蓮花は、トントントントントントン……とペンを紙に打ち付けている。
私は蓮花の描いている魔法式を見て即座に理解した。
蓮花の描いている魔法式は、結界の強度を保つために外部のエネルギーを使う結界の魔法式だった。
私も白紙の紙を目の前にペンをとって、魔法式を考え始めた。
エネルギーを恒常的に補充し続けるのは難しい。
そもそも、その異空間か異世界にこちらが想定しているエネルギーが存在するのかは空論だ。
そのとき私は閃いた。
「――――――をエネルギーにしたらどうだ?」
蓮花はそれを聞いてハッとしたような顔をした。
蓮花の死んだような瞳が僅かに輝く。
「それ、物凄くいいですね。そうしましょう。それなら……――――」
今まで書いてた魔法式の書かれた紙をテーブルの下に放り出し、新たな紙を引っ張り出してきて魔法式を書き始めた。
私も白紙の紙を前にペンを持つと不思議とペンが進んだ。
私たちは死神を葬るための魔法式を、時間を忘れて開発していた。
魔法開発の経験は私にとっては初めてのことだったが、これが驚くほどに楽しく感じた。
母上を救うために必死だったときとは違う、純粋な探求心と謎を解く喜びが私の心を支配していた。
***
時間を忘れて魔法式を書き続けていたら、いつの間にか夜になっていた。
ゴルゴタが私の書いている紙とペンを取り上げるまで、私は魔法式開発に夢中になっていて、今何時なのかも分からない状態になっていたことに気づく。
紙とペンを取り上げられた私は、思わず「何をする」とゴルゴタに文句を言った。
私の頭の中は魔法式のことでいっぱいだった。
まだまだアイデアが溢れ出してくる。
そんな私の前にゴルゴタは料理を置いた。
ゴルゴタが作ったわけではなさそうな、繊細な料理だった。
「集中しすぎだろ、俺様が話しかけても無視しやがって」
そうは言われても、まだまだ魔法式のアイディアが出てくる。
私の手はペンを求めて虚空を彷徨っていた。
「お袋の手料理、いらねぇなら俺様が食っちまうぜ」
ゴルゴタの言葉に私は改めて料理に目を向けた。
言われてみれば、幼い頃に食べた母上の料理であるような気がする。
その瞬間、私の空腹は一気に頂点に達した。
私は空腹に気づくと同時に、蓮花が目の前にいないことに気づいた。
「蓮花は?」
ゴルゴタは呆れたように言った。
「蓮花ちゃんなら、とっくに寝てるぜ。ソコ」
私を放置して蓮花は自分のベッドで眠っていた。
それを気づかないほど、私は集中していたらしい。
「お袋が“無理しないでね”だとよ……チッ……なんで俺様がこんなこと兄貴に言わなきゃいけねぇんだよ……」
ゴルゴタは不満そうにしながら、手に持ってた食べ物を食べていた。
私は、母上の手料理を久々に食べ、今までの苦労が昇華されたような気がした。
もうほぼ記憶のかなたにある母上の手料理の味に私は不覚にも涙が出そうになる。
温かい料理が私の心と体に染み渡っていった。
ゴルゴタは珍しく私の向かいに座って食事をしていた。
この状況ならゴルゴタはさっさと私の前から去っていくはずだ。
あるいは蓮花の部屋だからここに留まっているのだろうか。
蓮花をカノンから見張っていると言っているくらいであるし、そうかもしれない。
私がそう考えながら並行して魔法式を考えていると、ゴルゴタは急に話を切り出してきた。
「俺様、魔王城を人殺しと一緒に出てくわ」
唐突にそう言われて、私は食事の手と思考が止まった。
「兄貴とここに住んでると息が詰まってしょーがねーからなぁ……キヒヒヒ……」
ゴルゴタは嘲笑気味にそう言って手に持っていたものを口に運んでいた。
「…………そうか」
いつかは話し合わなければいけないと思っていたし、話し合いをしようと今まで試みていた。
だが、いざ話し合いをするとなると私はゴルゴタになんと言ったらいいか分からなかった。
ただ、「そうか」としか言葉が出てこず、そのまま沈黙していまう。
「………………」
先程までは溢れる魔法式のアイディアが止まらなかったのに、ゴルゴタと話す言葉が全く出てこなかった。
頭の中では話さないといけないことが沢山あることは分かっているのに、どれから話し始めたらいいのか分からなかった。
「…………」
蓮花と出て行ってどこにいくつもりだ?
もう人間を皆殺しにする気はなくなったのか?
お前の『死神の咎』は結局どうする?
いつでも魔王城に帰ってこい
困ったことがあれば頼ってきてもいい
母上もお前がいた方がいいのではないか
私が黙って考えている間にそのまま食事が終わり、ゴルゴタはそのまま出て行こうとした。
これがもしかしたら最後になるのかもしれないと思い、私は何を話したらいいか分からないままゴルゴタに声をかけた。
「ゴルゴタ」
「ンだよ」
これだけは言わなければいけないと、私はゴルゴタに言うことにした。
「すまなかった」
私の言葉に僅かにゴルゴタは反応したが、そのまま何も言わずに部屋を出て行った。
こんな一言で許されるとは思わないが、それでもゴルゴタには悪かったと思っている。
それが伝わったかどうかも分からないが、こんな私でもゴルゴタの事を……
弟のことを大事に思っている。
それが少しでも伝わっていればいいと思った。