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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
最終章 裏ボス攻略をしてください。▼
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お姫様が目覚めるには王子様が必要です。▼




【メギド 魔王城】


 案の定、蓮花が目覚めるまでやはり2日ほどかかった。


 その間、私は母上の様子を毎日確認していた。

 母上の寝顔は相変わらず穏やかで、まるで永遠の夢を見ているかのようだった。


 しかし、その顔を見ていると私の胸の奥にはいつ母上が目覚めてくれるのかという焦りと、死神の言葉がつきまとっていた。


 その焦りはサティアと会うたびに増していく。

 ずっとサティアと母上の様子を見ているアギエラから聞いた話では、サティアは不安定な状態が続いており、何度も死神のいる場所に行こうとしているらしい。

 その度に、センジュやアギエラに止められているという。


 幼い姉に、私を焚きつけるために残酷な嘘を吐いたあの死神の言葉が、サティアの心を深く蝕んでいる。


 サティアは私に会うと、不安そうに目に涙を溜めて尋ねてくる。


「メギドお兄ちゃん……お母さん、本当に起きてくれないの……?」


 私はその問いに何も答えることができなかった。

 事実、母上は目を覚まさない。


 誤魔化す言葉をサティアに返すこともできず、サティアの不安は募るばかりだった。

 私も自分の不安を誤魔化しきれないのに、サティアに対して耳触りのいい言葉をかけることはできなかった。


 そんな中、やっと蓮花が目を覚ました。

 ゴルゴタと蓮花がのんびりと食堂で食事をしているのを見つけた。

 相変わらず、ただ焼いて調味料をかけただけの味気のなさそうな肉を食べている。


 私はすぐに蓮花の元へと向かった。

 私はテーブルに手を乱暴につき、蓮花に詰め寄る。


「母上は何故目覚めない? どうすればいいのか教えろ」


 ゴルゴタは焦っている私を冷ややかな目で見ながら食事を続けていた。

 私は何故そんなにゴルゴタが落ち着いているのか理解できない。


 私の苛立ちを隠さない言葉に、蓮花は咀嚼していた食べ物を飲み込み、返事をした。


「条件が揃わないと駄目なんですよ」

「条件とはなんだ」

「落ち着いてください。もうすぐのはずですから」

「いつもお前は説明が足りない。分かるように説明しろ」

「落ち着いて食事くらいさせてくださいよ」

「落ち着けよ兄貴……」


 ゴルゴタは最後の一口を頬張りながら私を宥めようとする。


「何故そんなに落ち着いていられる? 母上の事だぞ」

「分かってるっつーの……この際だからはっきり言っとくけどなぁ、俺様はお袋に兄貴程思い入れねぇからな」

「……なんだと?」

「お袋は貧弱な兄貴の方を可愛がってたからなぁ……姉貴に似てる兄貴が可愛かったんだろ」


 ゴルゴタはそう言いながらも怒る訳でもなく冷静だった。


「俺様もお袋には起きて欲しいとは思ってるけどよ……お袋は姉貴を一番大事にすると思うぜぇ……? 期待外れに構ってもらえなくても肩落とすなよなぁ……」


 そう言われると私は言い返せなかった。

 ゴルゴタはゴルゴタなりに考えているようだった。

 私も母上が起きた後の事を考えることも度々あったが、結局どうなるのかは分からない。


 私よりもずっとゴルゴタの方が冷静だった。


「もう少しで食べ終わるので、もう少し待っていてください。肉が喉に詰まって死んでしまったら困りますからね」

「…………」


 言葉を失っている私に対して、ゴルゴタは飲みかけの水を差しだしてきた。


「水でも飲んで落ち着けよ」


 本来ならばゴルゴタの飲みかけの水など飲まないが、ゴルゴタの言う通りに私は落ち着こうと水を飲もうとコップを手に取った。


 だが、よく見ると肉の油がコップの淵についている。

 水も心なしか油が浮いているのが見えた。


「……お前の飲みかけの水など飲みたくない」

「けっ……それだけ威勢がありゃ大丈夫そうだな」


 ゴルゴタは私からコップを奪い取って残りを飲み干した。




 ***




 蓮花とゴルゴタと共に私は母上の部屋へと向かった。

 食べた後また眠くなったのか、蓮花は眠そうに目を擦っている。


 母上の扉を開くと、アギエラとサティアとセンジュがいた。


 サティアは死神の元へと行くと泣きながら暴れていた。

 それをセンジュとアギエラが宥めているところだった。


「起きますよ、大丈夫です」


 蓮花はいつもの冷たい言い方ではなく、まるで手慣れた回復魔法士のようにサティアに話しかけた。

 目線の高さをサティアに合わせて膝をつき、気持ち悪い程優しい声でそう言った。


「…………」

「必ず起こしますから、落ち着いて」


 蓮花の言葉にサティアはわずかに希望を見出したようだった。

 だが、サティアの顔からはすぐに笑顔が消え、再び不安そうな表情に戻る。


「でも、全然起きてくれない……」


 サティアの言葉に蓮花は静かに、そして優しくその小さな頭を撫でた。

 普段から想像できない蓮花の行動に私は内心動揺した。


「眠っているお姫様は王子様がいないと目覚めないんです。王子様はもうすぐきますから」


 ――……王子様? 


 何をふざけたことを言っているのかと思った。

 普通に意味が分からない。

 ゴルゴタなら意味が分かるのかと思ってゴルゴタの方を見てが、ゴルゴタの頭の上にも疑問符が浮かんでいた。


 しかし、その意味不明であった言葉の意味がすぐに分かることになる。

 魔王城の敷地内に、嫌な気配を感じた。


「誰かが魔王城の敷地内に入ったようだ」

「誰だ、こんなときに……」


 その気配はどんどん近づいてくる。

 そして、窓の外にその嫌な気配の正体が現れた。


 大きな白い翼を広げた金色の長い髪と、澄み渡る青い瞳の天使が舞い降りてきたのが見えた。


「サティア! クロザリル!」


 母上とサティアを見て名前を叫ぶように言っている。


「誰だ……?」

「あぁ……王子様ってアレか……姉貴の親父」


 現れた白羽根の天使はサティアの父、母上の最初の夫の蓮花によって生き返ったイドールだった。


 イドールは窓の外からサティアと母上を呼びながら、涙を浮かべて必死に手を振っていた。


「お父さん!!」


 サティアは久しぶりに見た父親の姿に、涙を浮かべながら窓に近寄った。


 センジュが静かに窓を開けた。

 イドールは大きな白い翼をたたみ、母上の部屋へと入って来た。


 イドールは私たちの存在にも気づいていたが、それでもサティアと母上のことしか見えていないようだった。

 まっすぐにサティアの元へと駆け寄り、強く抱きしめた。


「サティア……無事だったんだな……! 本当に……本当に良かった……!」


 イドールはサティアを強く抱きしめながら嗚咽を漏らしていた。

 イドールの体は小さく震えていた。

 サティアは父親の腕の中で、安堵の涙を流して泣いていた。


 そしてイドールは母上のベッドへと向かった。

 横たわる母上の身体を抱き起こし、その顔を見つめた。

 イドールの瞳からは大粒の涙が止めどなく溢れ出していた。


「ごめん……ずっと待たせちゃった。本当にごめん……!」


 イドールは母上の顔に自分の額を擦りつけ、何度も謝罪の言葉を繰り返した。


 その涙が母上の頬の上にポタリ……と落ちると、ずっと眠るように横たわっていた母上の指がかすかに動いた。


「!」


 私たちはその光景を見て、息をのんだ。

 そして母上の長い睫毛の瞼がゆっくりと開き、鮮血のような赤い瞳が露わになった。


「イドール……?」


 母上はイドールの名前を呼んだ。

 その声は僅かに掠れていたが、確かに母上の声だった。

 サティアは母上が目覚めたことに感極まったように叫ぶ。


「お母さん!!」


 サティアはイドールと母上を両腕に抱きしめて泣いていた。

 イドールも涙を流し、サティアと母上を抱き留めている。

 母上も弱々しく腕をあげ、その抱擁に応えていた。


「私は少し席を外しますね」


 蓮花は私たちに配慮して一時的に席を外すため外に出ていった。


 私は母上が本当に生き返った事に言葉が出ない。

 ゴルゴタもただ黙したまま目の前の光景を見ているだけだ。


 私は怖かったのかもしれない。

 母上は成長した私たちが分からないかもしれない。

 そもそも私たちの記憶は母上に残っているのだろうか。

 もしかしたら「誰?」と言われるかもしれない。


 目覚めて欲しいと切望していたが、私は急にそれが恐ろしくなり一歩後ずさった。


 それを見たゴルゴタが私の身体を強引に捕まえる。


「逃げんなよ」


 そんなつもりはないと口にしようとしたが、私は言葉が出なかった。


 その中、母上は私たちの方をゆっくりと見る。


 目が合う。


 そしてゆっくり口を開いた。


「メギド、ゴルゴタ……?」


 私たちの名前を呼ぶ母上の優しい声に、私は思わず目を背けた。


 直視できなかった。

 涙がこみ上げてきそうだったから。


 今までの蓮花の非道な行い全てをこの瞬間に許そうと思えた。


 ついに、母上が目を覚ましたのだ。




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