復讐は終わった。▼
【メギド 魔王城 庭】
疲労困憊の蓮花は、自室に戻ると言ってその場をフラフラ去って行った。
あの様子ではまた2日程度は起きない深い眠りにつくつもりであろう。
私はすぐにでも死神をどうにかしたいと焦っていたが、ゴルゴタがそれを静かに諫める。
ゴルゴタの声はいつもよりも落ち着いており、苛立ちを募らせる私とは対照的だ。
「ちょーっと休ませてやれよ。蓮花ちゃん、ずっと寝ずに白羽根どもの死の花を毟ってたんだぜ?」
私は白羽根の住処で、黒い腕章と灰色の腕章の連中のほとんどが死の花で苦しんでいた光景を思い出した。
もしあれの全てを治していたというのなら、相当な労力であろう。
疲労困憊になっても不思議ではない。
だが、私にとって白羽根の為の行動などどうでもいいことだ。
「白羽根どもに労力など使わなくていい。滅びてしまえばいいのだ。白羽根どもは私にとってはどうでもいい」
私の冷たい言葉にゴルゴタは動じることなく、何かを言いづらそうに視線を逸らした。
「それに……姉貴の親父も生き返らせたしな……」
蓮花はサティアの父親を生き返らせると言っていたが、実現したのか。
生き返ったという割には蓮花たちと共に来なかった。
母上のように昏睡状態なのだろうか。
「イドールか。生き返ったならどこにいるのだ? 目覚めたのか」
「あぁ、フツーに目ぇ覚ましてたぜぇ……? でも状況が全く分かってねぇようだったし、クソ白羽根が複雑なこと色々やってるみてーだったから、暫くこっちにはこねぇんじゃね? 俺様達を見て相当混乱してたみてぇだが……」
母上が目覚めないというのに、イドールが普通に生き返ったという事実に私は釈然としない気持ちになった。
なぜ、母上だけが未だに眠り続けているのだろうか。
「そーいや……蓮花ちゃんのストーカー野郎はどうなんだよ」
ゴルゴタはカノンのことが気になるのか、私にカノンの様子を尋ねてきた。
やはり蓮花を気にしているカノンが気になるらしい。
母上の遺体が内部にいたカナン持ち去られたばかりだ。
内部に敵がいるかもしれないという猜疑心が強くなっているのもあるのだろう。
だが、私はカノンには信頼を置いている。
「カノンなら地下牢の人間を次々と立ち直らせている。倫理観が壊れていない人間を見ると安心する。カノンなら、地下牢の人間をなんとかし終わるまで蓮花には会わないと言っていたから安心しろ」
「そんなぺらっぺらの言葉信じられるのかよ……」
「何かあれば私が責任を取る」
勿論、口頭の約束だけでは信用できなかった私はカノンに承諾を得ずに制約の呪いをかけておいた。
仮に意図してカノンが蓮花に会いに行った場合は片腕が千切れる。
そうならないとは思っているが、その隙を私は作らなかった。
狂信的な者の考えは私には理解できない。
「あっそ。そのクソストーカー野郎が蓮花ちゃんを襲わないかどうか、俺様が見張ってるぜぇ……」
ゴルゴタは手をひらひらさせながら去ろうとした。
私はそんなゴルゴタを引き留める。
「待て。混乱を鎮めるために謝罪は考えたのか」
私の言葉にゴルゴタは一瞬、背を向けたまま立ち止まった。
「……ばーか。俺様は謝罪なんかしねーよボケ」
それからゴルゴタは蓮花の部屋に向かって翼を羽ばたかせてその場から去っていった。
ゴルゴタに謝罪させることは、やはり難しいと感じた。
ゴルゴタの性格上、仮に無理矢理謝罪させたとしてもその態度に反発心が露骨に出てしまうだろう。
そうなれば混乱を鎮めるどころか、火に燃料を投下する形になりかねない。
私はゴルゴタをどうすればいいのか頭を悩ませていた。
その時、魔王城の敷地内に何者かが入って来た気配がした。
私がその場の様子を見に行くと、アギエラが帰ってきたようだった。
アギエラは全身に血を浴びて服が真紅に染まっており、彼女自身が『真紅のドレス』を着ているかのようだった。
そのアギエラの姿に、私は息をのむ。
「『真紅のドレス』を皆殺しにしたのか」
私の問いにアギエラは感情の抜け落ちた声で答えた。
「ええ……皆殺しにしたわ……それから、コレ」
アギエラは女のものと思われる左腕と、悪魔の翼一対を持っていた。
それはちぎられたように無惨に折れ曲がっていた。
そして、特徴的な色合いの髪の毛が一束。
その髪の色は、血の色に染まっていながらも、見覚えのあるものだった。
「……ダチュラのものか?」
「そうよ……もうダメだったみたい……」
アギエラはダチュラの部位をそっと私に差し出した。
「…………」
私はそれを受け取ると、何も聞かなかった。
その“駄目だった”がどういう意味なのかも聞きたくないし、この腕や翼を見れば仮に助かっていても悲惨な状態であることには変わりない。
「助かった。もう人間は殺さないのか……?」
私は恐る恐るアギエラに尋ねると、複雑そうな表情をした。
「人間がふざけたことをしなければ……ね」
それだけ言ってアギエラはフラフラと魔王城の中へを向かって行った。
そして、私は血まみれのそれを持って佐藤のいる地下牢へと向かった。
***
地下牢は以前とは見違えるほど綺麗になっていた。
カノンが頑張っているおかげで人間たちは皆解放され、悪臭もかなりなくなっていた。
その光景を横目に、私は佐藤の牢に向かった。
私が佐藤の牢の前につくと、佐藤は死んだような目で私を見た。
死んだような目をしているが、佐藤の瞳には復讐心がまだ宿っている。
私はアギエラから受け取ったダチュラの部位を、牢の前に投げるように置いた。
ダチュラの血が私の着ていた美しい服を汚した。
気持ち悪い。
私は佐藤に冷たく言い放った。
「これはダチュラのものだ。これで満足か」
ダチュラの部位を見た佐藤は、それに駆け寄るように手に取った。
佐藤は、その部位をまじまじと目を見開いて見ていた。
そして震える声でつぶやいた。
「間違いない……これはダチュラのものだ……!」
佐藤は歓喜の声をあげた。
佐藤は復讐を成し遂げた者の、歪んだ歓喜の声をあげている。
「『真紅のドレス』の玩具にされたのだろうな。もうこれでお前の復讐相手はいなくなった。お前が直接手を下すよりも酷い扱いを受けたはずだ。これで満足だろう」
私は佐藤に冷たく言い放った。
佐藤の復讐は、虚しい形で終わったのだ。
直接手を下すことさえ叶わず、復讐の相手は別の者に弄ばれた挙句に死を迎えた。
佐藤の復讐は残骸を手にすることしかできない。
「…………」
佐藤は私の言葉に一気に喪失感に襲われたようだった。
佐藤は私の問いに答えることができなかった。
復讐という生きがいを失った佐藤はただ虚ろな表情で、ダチュラの部位を強く握っていた。
「暫くその中で身の振り方を考えておけ」
私はそう言い残して地下牢から出た。
ダチュラの血で汚れた服を着替え、風呂に入って今日の汗を流す為に私は風呂場へと向かうことにした。