卑怯な手を使ってくる。▼
【メギド 魔王城 庭】
魔王城の再建は順調に進んでいた。
このペースならあと一週間もあれば概ね魔王城は以前よりも立派な城に生まれ変わるだろう。
だが庭のほぼど真ん中にある、忌々しい漆黒の立方体を見るたびに私は穏やかでいられなかった。
この立方体を破って死神がいつ出てくるとも限らない。
私はその漆黒の立方体に近づき、声をかけた。
「死神、いい加減黙っていないで話をしたらどうだ」
しかし死神は答えはなかった。
漆黒の立方体はただ静かにそこにあるだけで、死神は完全に私を無視している。
そもそも今も本当にこの中に死神が入っているのだろうか?
ずっと沈黙されていると、本当にそこにいるのかどうか分からない。
もともと実体が見えなかった死神の本当の姿がこれなのかすら疑わしい。
確かに死の法は覆ったし、死の法を犯した者たちの異形化も止まった。
それは死神が活動を停止したことの証拠だろう。
私はその立方体をまじまじと見つめて観察した。
――この立方体は動かせるのか? 封印しておくには構わないが、こんな庭の目立つところに置いておきたくない。早く城の外に捨ててしまいたい
だが、私が動かそうとした瞬間に何かが壊れてしまって死神が出てくるかもしれない。
私は難しい表情をして死神の方を見つめていた。
その時、私の背後から楽しげな声が聞こえてきた。
「あはははっ! メルこっち!」
「サティア待ってー!」
メルとサティアが近くまでやってきたのだ。
メルはこの立方体を見て嫌な予感を感じたのか、足を止めた。
それに対してサティアは無邪気に私の元へ駆け寄ってきた。
「メギドお兄ちゃん、これなぁに?」
サティアはきょとんとした顔で漆黒の立方体を指さした。
私は、どう説明しようか言葉に詰まった。
「これは……」
私が考えていると、その立方体の中から冷たく無機質な声が響いた。
「クロザリルはこのままでは絶対に起きません。生きても死んでもいない状態で、永劫眠り続けます」
死神の声だ。
私の呼びかけには全く反応を示さなかった死神は、急にサティアに向かって話しかけた。
ずっと沈黙している死神に油断した。
サティアはその言葉を聞いて、絶望的な表情をしており一瞬で笑顔が消えた。
やがてサティアの瞳から大粒の涙がこぼれ落ち、嗚咽を漏らし始めた。
「うっ……うわぁああああっ……!」
ずっと不安に思っていたことを言語化されて突きつけられ、サティアは泣き出してしまった。
泣き始めたサティアにメルが駆け寄って優しく背中に手を回した。
「貴様! なんてことを言う!?」
私は怒りを露わに死神を咎めたが、死神は私の言葉など大したことないような様子で私の言葉を無視した。
そしてサティアにたたみかけるように、さらに言葉を続けた。
「私をここから出してくれたら、クロザリルを目覚めさせてあげましょう」
サティアは泣きながらも、その言葉にすぐに傾倒した。
「本当?」
その純粋な瞳が死神の言葉を信じ切ってしまっていることに、私は殺意を覚えた。
「サティア、こいつは嘘をついている。信じるな」
私が怒りを露わにしながらサティアにそう言っても、サティアは私が語気を強めて言ったせいで怖がらせてしまったようだ。
どうしたいいのか分からないようで、泣きながらその場に蹲ってしまった。
「なんとでも言えばいいですが、私を早く解放しなければ手遅れになりますよ」
私はそんなことは明らかな嘘だと思った。
魔道具のピアスが死神に効かないのでそれで判断はできないが、それでもこの言葉は嘘だと確信している。
死神が簡単に母上を助けるはずがない。
奴は必ず何かを要求する。
しかし、サティアは死神の言う事を信じ切ってしまった様子で、かなり不安そうな表情をして小さくなって震えている。
そんなサティアに私もどうすればいいか分からず戸惑っていた。
その時、センジュがそこにやってきた。
センジュはサティアの絶望した顔を見て事態をすぐに察し、サティアに優しく声をかけた。
「サティアお嬢様、あちらで遊びましょう」
「センジュ、お母さん起きないの……?」
「アレの言葉に耳を傾けてはいけません。大丈夫です。センジュがお約束いたします」
「……うん……」
流石、子供に慣れているセンジュは手際が良かった。
半ば強引にセンジュはサティアとメルを連れて遠ざかって行く。
私は改めて死神に向き合った。
「おい、ふざけるな!」
私が声を荒げてそう言っても、死神はまた沈黙してまた一言も話さなくなった。
幼いサティアに取り入ろうとする、その汚くあさましい精神。
私は心の底から怒りがこみ上げてきた。
早くコイツをどうにかしなければならない。
――こんな場所に置いておくことはできない
私は、死神をここから動かそうと魔法を発動しようとした。
しかし……その時、私の背後から声が聞こえたので発動を止めた。
「挑発に乗らないでください。繊細な魔法式が壊れたらどうするんですか」
私が振り返ると、そこには蓮花とゴルゴタがいた。
蓮花とゴルゴタが数日ぶりに白羽根のところから帰ってきたらしい。
蓮花は疲労困憊の様子だったが、手を掲げて魔法を発動させようとしている腕に触れて私を止めた。
蓮花に触れられたことに嫌悪感を感じ、私は反射的に腕を引いた。
「そんな警戒しなくても魔瞳孔を潰したりしませんよ……」
冗談が冗談に全く聞こえない。
蓮花は相当疲れているのか、立っているのもやっとの状態であった。
その疲労具合から、白羽根の元で相当な苦労があったことが伺えた。
「サティアさんに心無い言葉を言ってメギドさんを焚きつけたようですが……そんな姑息な手を使わないといけないほど追い詰められているようですね」
蓮花の言葉で私はハッとした。
死神が幼いサティアに取り入ろうとしたのではない。
私を挑発するためにサティアを利用したのだと。
私は死神の罠にまんまと嵌りそうになっていたのだ。
情けない。
私としたことがこんな簡単なことにも気づかないとは、私の頭脳の切れも鈍くなったものだ。
私はそのことにかなりのショックを受けていたが、ゴルゴタと蓮花はあまり気にしていないようだった。
「少し離れてる間に随分変わったなぁ……」
ゴルゴタは、かなり修繕の進んだ魔王城を見て驚いているようだった。
ゴルゴタがこの城をかなり破壊したことを考えると、多少は複雑な気持ちになっているのかもしれない
蓮花はまだ動揺している私に静かに語り掛けてきた。
「コレを安全に消す為に、メギドさんにも協力してほしいのですが」
私は迷わず頷いた。
死神をなんとか消せるなら、例え嫌悪の塊である蓮花にでも協力する。
幼い姉に非道なことを言ったことを、私は絶対に許さない。




