ついに完成しました。▼
【メギド 魔王城】
「戻りました」
地下牢から戻って来たカノンの目は涙の痕があり、腫れていた。
その顔には深い絶望の淵から這い上がってきたような、確固たる覚悟が宿っていた。
「兄とこれからゆっくり向き合っていきたいです。まずは蓮花さんの言われた通りのことをします」
その言葉を聞いて私は呆れながらも安堵した。
カノンは自らの意思で、この混沌とした状況に立ち向かうことを決めたのだ。
「そうか。兄弟の軋轢は難しいが、私もゴルゴタと向き合わなければならない。お互い苦労が絶えないだろうが頑張っていこう」
私はらしくもなく、カノンを励ました。
私がそう言うとカノンは弱く笑った後、自分の与えられた仕事に早速とりかかり始めたようだった。
「私は永氷の湖に戻る」
クロは呆れたようにそう言った。
私がクロを納得させられるように説明した甲斐もあり、もう諦め交じりではあるが漸く納得したらしい。
「帰っちゃうの?」
いつの間にかクロはメルと仲良くなっており、メルはクロが帰ることをかなり惜しんだ。
クロはそんなメルに優しく語りかける。
「いつでも会いに来い。私は永氷の湖にいる」
「うん! まおうさまと会いに行く!」
その言葉にメルは笑みを浮かべ、最後にメルはクロを抱擁した。
私は最後にクロに感謝の言葉を述べた。
「クロ、お前のお陰で助かったぞ。また会おう」
クロは私の言葉に付け加えるように言った。
「私の真名は『アクロアイト』だ。私が幼少の頃、人間の娘につけられた。宝石の名前らしい」
――アクロアイト……
色彩豊かなトルマリンの中でも特に貴重な種類で、無色透明なものを指すと本に書いてあったような気がする。
しかし、加熱処理によって色を帯びることもあるという。
真っ白な毛並みの絶滅寸前の大狼族のクロ――――アクロアイトは、まさにその名に相応しい。
「またふざけた事をしたら、私が今度こそ引導を渡してやるからな」
それだけ言い残し、アクロアイトは永氷の湖に帰って行った。
「帰ってったなぁ……」
タカシはアクロアイトの去っていく姿を見ながら、名残惜しそうにつぶやいた。
「アクロアイト……ってどんな宝石なんですか?」
「宝物庫にあったやもしれない。後で見せてやる」
「ありがとうございます!」
私はメルとタカシを一旦部屋に戻そうと共に歩いていた。
その時、正面からサティアが嬉しそうに走ってくるのが見えた。
「あ、メギドお兄ちゃん!」
姉に「お兄ちゃん」と呼ばれて、私はかなり複雑な気持ちになった。
しかし、私はそれを否定しなかった。
「どうした?」
「遊んでほしい!」
そう言った後、サティアは自分と同じくらいの年齢のメルを発見し、ますます表情を明るくした。
同い年くらいの同性を見たのが初めてなのかもしれない。
「遊ぼう! 名前は?」
「メル! あなたは?」
「私はサティア! メギドお兄ちゃん、いい?」
「あぁ、魔王城の敷地内から出るなよ」
「分かった!」
無邪気にそう言ってサティアはメルとすぐに馴染み、走って城の中に向かって走って行った。
メルならばサティアと穏やかに過ごせるだろう。
そう判断して、私はメルをサティアの遊び相手に送り出した。
タカシは走っていくメルとサティアの姿を見て私に尋ねた。
「あの子誰?」
これを説明すると、タカシはまた頭の中が混乱するだろう。
しかし、これ以上嘘を重ねていくつもりはなかったので私は正直に話すことにした。
「あれは私の姉だ」
タカシは私の言葉が余程信じられないようで、愕然としていた。
「メギドってそんなにワガママなのに兄弟多いのか!!?」
私はタカシの無神経な言葉に心底腹が立った。
バシャンッ!
「がはっ……!」
私はいつものようにタカシに水をかけて黙らせた。
タカシはびしょ濡れになりながら口を噤んだ。
「お前に説明しても絶対に理解しきれない」
「せめて説明する努力はして!?」
「私の言葉の端々から意図をくみ取れ」
「相変わらず傍若無人すぎるだろ……」
私はタカシを部屋の前に放置し、母上のところへ行こうとするとタカシに引き留められた。
「あ、メギド。ちょっと待っててくれ」
私は眉間に皺を寄せた。
「“ちょっと”とは何分だ?」
「ちょっとはちょっと!」
そう言ってタカシは部屋の中に入って行った。
会話が成り立たないことに若干の苛立ちはあったが、私はタカシの「ちょっと」を待つことにした。
私の思う「ちょっと」はせいぜい1分だ。
私はタカシの部屋の前で、静かに時間を数えた。
「…………」
数え始めて1分経った。
まったく、私の時間を1分も無駄にさせられるとは。
私は1分経ったのでタカシの部屋の前から去ろうとした。
私が1歩踏み出したその時、タカシは部屋の中からゆっくりと出てきた。
そして手に持っている何かを私に差し出す。
「これ、メギドに」
タカシの手にあったのは、煌く美しい髪飾りだった。
それを見た私は、久々に若干の感動を覚えるほどの美しさで言葉を失った。
どこから調達したのか分からないが、豪華な宝石がいくつもついている。
サファイア、エメラルド、アメジストといった色とりどりの宝石が複雑に絡み合い、それが花のような形に加工されていた。
特に目を引いたのは中央に配置された、一際輝くダイヤモンドだ。
ダイヤモンドのカットは相当難しいらしいが、これはタカシがやったのだろうか。
タカシがいつもつけている髪飾りとは豪華さがまるで違う。
ガラスの疑似宝石ではなく、これは本物の宝石が使われていた。
まさに私がつけるのに相応しい、唯一無二の芸術品だと感じる。
「俺、メギド専属の髪飾り職人……? じゃん……? 一応、多分。すげー時間かかっちまったけど、これ、受け取ってくれないか」
「材料はどうした?」
タカシが自力でこの材料を集められたとは思えない。
私が尋ねるとタカシは歯切れ悪く返事をした。
「働いて買ったり、魔族の楽園で分けてもらったり……それからセンジュさんに相談したら協力してくれて……」
タカシは不安そうに言っているが、私は大満足であった。
この精巧なダイヤモンドカットはセンジュの御業なのかもしれないが、それを最大限活かすように作り上げたのはタカシだ。
私の美しい髪を飾るのに安っぽいものでは相応しくない。
高貴な身分の私には高級の一級品が必要だ。
私はその髪飾りを手に取り、まじまじと見つめる。
そして自分の長い髪を綺麗にまとめ、その髪飾りを早速つけた。
鏡がこの場にないが、これだけは分かる。
「髪飾りがどれほど美しくとも、私の美しさの前にはどんな美しいものも霞んでしまうがな」
私はタカシにふっと笑顔を見せる。
私のその笑顔を見て、タカシは満面の笑みで笑った。