なかなか納得してもらえない。▼
【メギド 魔王城】
私はタカシの部屋について扉を開けた。
中にタカシ、カノン、そしてメルがいることを確認した。
「まおうさま!」
メルは私を見ると明るい笑顔でかけよってきた。
その様子が姉のサティアの姿と被る。
「魔王様、そろそろ説明をお願いします」
カノンは相当不安そうな表情をしていた。
カノンは魔王城で何が起こったのか、兄はどうなったのか、そして自分たちがこれからどうなるのか不安に思っているのだろう。
私は事の真相をすべて話すことに決めていたので、ついてくるように促した。
「全て話す。クロにも話をするから庭に行くぞ」
私はタカシらを連れて庭の氷の部屋へと向かった。
氷の部屋はかなり分厚く、結構な冷気を放っておりクロも調子が良さそうであった。
クロは私の気配を察知したのか氷の部屋から出てきて、不満げな顔で言った。
「遅いぞ」
「こちらも色々片付けなければいけないことがあってな、話をするからその辺に座れ」
私はタカシらを庭に座らせた。
クロも氷の部屋の前の場所に座った。
私は、私がタカシらと別れた後の怒涛の出来事を話し始めた。
私が身の毛もよだつほど嫌いな白羽根どものところに『時繰りのタクト』を取りに行ったこと、ゴルゴタの懐に潜り込むことに成功したこと……
「ずっと不思議に思ってたんだけど……あんな話の通じなそうなゴルゴタにどうやって取り入ったんだ……? いくらメギドが天才でも、相性悪そうなのに」
「…………」
もっと後に話そうと思ったが、その質問を後回しにしても話の辻褄を合わせる事ができない。
私は後回しに話そうと思っていたが、先に話すことにした。
「黙っていたが、私はゴルゴタの兄であり、我々は兄弟だ。仲はかなり悪いがな」
タカシは私の言葉に目を見開いた。
「えええ!? 兄弟なの!!? じゃあ兄弟喧嘩ってこと!!?」
馬鹿め。
単なる兄弟喧嘩でこんな大事になるか。
そう言おうとしたが、タカシの「兄弟喧嘩」という言葉を聞いたクロは、私が口を開く前に怒りを露わにした。
「つまり、私は兄弟喧嘩の為に連れ出されたのか」
単なる兄弟喧嘩にわざわざ駆り出されたと思えばクロの怒りは尤もだ。
だが違う。
そんな簡単な話ではないのだ。
私はクロの怒りを鎮めるために言葉を続けた。
「落ち着け。確かに兄弟だが、単なる兄弟喧嘩で済むような簡単な話ではないのだ。単なる家族の揉め事だったらこんなに大事にはなっていない」
しかし、クロは納得せずに怒りは収まらない。
「身内の不始末くらい、身内でなんとかしろ!」
クロの正論は客観的に見て私にも理解できる。
ただ、そんな簡単な問題ではない私の境遇も理解させなければならない。
簡単に言語化できるほどこの問題は簡単ではないのだ。
蓮花のように記憶転写が使えれば……と一瞬思ったが、私の複雑な思考回路をタカシに転写などしたら脳が爆発してしまうかもしれない。
「兄弟だからこそ埋められない軋轢があるのだ。とりあえず話を最後まで聞け。結果的にある程度解決したのだから」
クロは相変わらず殺気立っていたが、タカシに「まぁまぁ……」と宥められてなんとか私は話を続けた。
ゴルゴタの凶行を牽制しながら、自分の母を殺めた元伝説の勇者らが勇者連合会暗部によって生かされていた事を知ったこと、そして死神の存在を知ったこと、三神伝説が本当だと知り、私たちは三神と戦って勝利したという話をした。
それにはタカシも「俺が戦ったやつ!」と阿保丸出しの発言をしていた。
クロは話が飛躍しすぎていて全く納得していなそうであったが、私は話を続けた。
そして、三神に勝利したのも束の間、魔王信仰の『真紅のドレス』という組織が私の母上の遺体を持ち出して不完全に蘇生した結果、暴走したがなんとか事なきを得たという話を付け加えた。
タカシは私の話に身振り手振りを交えながら、興奮気味に言った。
「俺もこの話の中で活躍してたんだ! 飛躍しすぎて全然分かんないかもしれないけど、マジでなんとかなったんだよ。俺大活躍だったよな!?」
「調子に乗るな」
クロはそんなタカシの言葉にも納得できないようだった。
「全く納得できない」
私は、やれやれと肩をすくめた。
細かい部分を全て説明すると日が暮れる。
「とにもかくにも、ある程度丸く収まった訳だ」
この話の間、ずっと黙っていたカノンがついに口を開いた。
カノンの表情は不安に満ちている。
「僕の兄はその話の中で何をしたんですか……?」
「…………お前の兄は、私の母上の遺体を盗み出した魔王信仰『真紅のドレス』の一員だった。魔王信仰していたことは知っていたか?」
カノンは、それを聞いて真っ青な顔をして首を横に振った。
家族も魔王信仰は知らなかったか。
ましてカノンとカナンはかなり距離があるようだったので、知っていた方が不自然か。
「お前の兄だと知っていたから、ある程度信用していたのだがな。お前を見返したいからと言って、蓮花の弟子になると言い出した」
「!」
「それに納得していたが、今覚え場カナンは蓮花の弟子になってお前を見返すことよりも、魔王家に取り入ることを考えていたのだろう」
カナンの言葉を思い出すと心の底から気分が悪くなる。
私をここまで不快にさせたのは白羽根ども以来だ。
ゴルゴタの細胞を身体に無理矢理つけて、魔王家の家族になったなどと言っていた事はカノンには黙っていてやろう。
私の口からそんな悍ましい事を言いたくもない。
カノンは私の話を聞いて震える声で言った。
「兄と話をさせてください」
「構わないが、期待するな。完全に狂っている。それと、お前の大好きな蓮花から伝言を預かって来たぞ」
私がそう言うとカノンの表情に緊張が走った。
「問題があってな、蓮花が他の町から攫ってきた人間が地下牢に押し込められている。以前は目的があって攫ってきて魔王城においていたのだが、もう用済みになったから、それをなんとかしろとのことだ。そうすれば話をしてやってもいいと言っていた」
私は事実を言っているだけなのに、自分で言っていても訳が分からない。
事実なのに荒唐無稽だ。
カノンはそれを聞いて初めは混乱していたが、ある程度納得したのか覚悟を決めたように頷いた。
タカシは「え、どういうこと?」と混乱しているようだった。
やはり頭の出来がいいと理解が早くて助かる。
私は、蓮花の非道な行為を説明すると私が悪いように思われるのが不服だった。
私としても蓮花の非道なやり方には苦言を呈していたが、蓮花が言うことを聞かない。
蓮花を粛清しようとしても、ゴルゴタが庇う。
蓮花の存在の有無が、ゴルゴタの精神的な安定になっている。
蓮花を排除したくてもできなかった。
三神のことも、母上のことも、サティアのことも、すべて蓮花がなんとかしたのだから下手に邪険にもできない。
それを言うと私の威厳が失われるので、それは遠回しに言うしかなかった。
メルは難しい話についてこれていないのか、うたた寝している。
私は概ね話をしたので、話をまとめることにした。
「とにかく、事は解決した。後は細々したことが終われば、やっとこの騒動から解放されて私は優雅に魔王城での生活が始まるのだ」
自分でそう言いながらも、若干疑問があった。
本当にそうなるのだろうか。
細かい問題があるとは言ったが、その細かい問題は解決するのだろうか。
母上はまだ目を覚まさないし、姉の件もこの先の事は何も話し合えていない。
クロは私の話にやはり納得していないようで憤慨していた。
クロの荒っぽい口調でメルが起きてしまった。
メルはクロを宥めるように、クロの背中を優しく撫でている。
カノンはまっすぐと私を見て言った。
「地下牢に行ってもいいですか?」
「あぁ、好きにしろ」
カノンは地下牢の場所を知らないだろうが、居ても立っても居られなかったのか走って魔王城の中に入って行った。
「お前、言っていたな? ゴルゴタの話をしていたときに“確かに今は許せないが、それでも許せる余地はある”と」
クロから話を振られたタカシはそんなこともあったなと思い出しながら「言った」と言う。
「それから“心の底から反省し、謝罪をして償いをするなら許す”と言っていたな?」
「……言ったような気がする」
「まだゴルゴタという男は謝罪もしていないし何の償いもしてないぞ。呑気にしている場合か」
「確かに」
クロに焚きつけられ、混乱の渦中で思考が追い付いていなかったタカシは思い出したようにそう言った。
「謝罪や償いについては改めて私とゴルゴタから全国民にする。今、奴は反省しているところだ」
嘘だ。
奴は反省していない。
謝罪をする姿は到底想像できない。
しかし、そうしなければ全国民、全魔族は納得しないだろう。
クロの感性が普通の感性だ。
魔族が暴れ出したことも魔王という立場の私たちが責任を取らなければならない。
その後も、私はクロがある程度納得できるまで説明を続けた。
結局、クロが渋々納得したのは日が暮れてからだった。