ゴルゴタは戸惑っている。▼
【メギド 魔王城 地下牢】
サティアにかけられた呪いが解け、その肉塊が元の姿に戻った後、サティアは現状を全く理解していなかった。
無理もない。
何十年もの間、意識のない肉塊として地下に幽閉されていたのだ。
サティアの記憶は死の法に犯される直前の幼い頃のままの様子。
私たちはその事実を目の当たりにし、ただ沈黙していることしかできなかった。
センジュは裸のまま横たわるサティアに、あらかじめ用意していた服を急いで着せる。
白いフリルの沢山ついている可愛らしい服だった。
「サティアお嬢様、こちらのお召し物を」
「? うん」
長らく動いていなかった身体は思うように動かないようで、サティアは服を着るのにかなり手こずっていた。
センジュが優しく手伝い、ようやくサティアは服を着ることができた。
可愛らしい少女だ。
メルと同じくらいの年齢だろう。
母上の面影が強く残っている。
母上の幼少期の姿は見たことがないが、恐らく母上が幼かったころはサティアのような美少女であったと想像できる。
同時に、私にもそっくりであることに再び驚きを覚える。
特に金色の長い髪が母上と私に似ている。
サティアは服を着た後にきょとんとした顔でセンジュを見上げた。
「お母さんは?」
その無邪気な一言は私たちの胸に深く突き刺さった。
サティアが呪いにかかったのは母上が生きていたときだ。
サティアは母上が死んだことを知らない。
センジュはサティアに残酷な事実を伝えられず、言葉を濁した。
「クロザリル様は眠っておられます。最近疲れ気味でしたから、そっとしておいて差し上げましょう」
サティアはセンジュの言葉を疑うことなく素直に頷いた。
「分かった! あと……センジュ、あの人たちは誰……?」
サティアは私たちを見て疑問を投げかける。
センジュは困った表情で苦笑いを浮かべた。
どう説明すればいいのか分からないのだろう。
そんなセンジュを助けるために私が口を開いた。
「私たちはクロザリルの親戚の者だ」
嘘はついていない。
私たちが弟であることを、いずれサティアに話すときがくるだろう。
だが、今はそのときではない。
自分よりも年齢が上の私たちを弟だと理解できないはず。
ゴルゴタもアギエラも私のその言葉に合わせて黙していた。
サティアは警戒する様子もなく、私たちの言葉を信じたようだった。
「そうなの?」
サティアに真っ直ぐ見られたゴルゴタが、居心地悪そうに答える。
「まぁ……そんなとこ……」
ゴルゴタのその言葉を聞くと、サティアはセンジュの手から離れて無邪気にゴルゴタに抱きついた。
「遊んで遊んで!」
サティアの無邪気な行動にゴルゴタは一瞬硬直した。
らしくなく狼狽えているゴルゴタの姿に、蓮花と私は少しだけ笑ってしまった。
私たちに笑われたゴルゴタは居心地の悪そうに更に戸惑う。
「くっつくんじゃねぇ!」
そう言いながらゴルゴタはサティアを軽々と持ち上げて離す。
しかし、サティアはそれを遊びだと勘違いして大喜びしていた。
「凄いすごーい!」
「…………」
ゴルゴタはどうしていいか分からずに、ただただ呆然とサティアを見ていた。
サティアはそんなゴルゴタに対して大はしゃぎしていたが、途中で急に気絶するように眠ってしまった。
心配してサティアに駆け寄るセンジュ。
サティアの身体に何か異常があったのかと不安そうな顔をしていた。
「身体を再生させた疲労が身体に出たのでしょうね」
蓮花は冷静にそう言った。
その言葉にセンジュは心底安堵したように息を吐きだした。
サティアが眠ってしまったのは幸いだった。
魔王城の上に戻るためには、血なまぐさい地下牢を通らなければならない。
まだ子供のサティアにはあの惨状は刺激が強すぎる。
私たちはサティアと共に地下牢から出て、魔王城の上へと戻った。
センジュは丁寧にサティアを運び、母上のベッドと同じベッドに入れた。
母上の姿は変わってしまったが母上の温もりを感じているのだろうか、サティアは母上にしがみつくように眠った。
その姿を見てセンジュは静かに、そして深く蓮花に頭を下げた。
「本当に……本当にありがとうございました。この恩義、一生を費やしても返しきれません」
「ここに住まわせてもらって食事を与えてもらっているだけで十分です」
蓮花はセンジュの感謝を当たり前のことのように受け流す。
しばらくセンジュは蓮花に頭を下げ続けた。
それを照れくさそうに蓮花は頭をカリカリと掻く。
「お前は白羽根のところに行くんだろう? 母上の初めの夫を生き返らせると言っていたな」
私がそう言うと蓮花は怠そうに頷いた。
「えぇ……行きますよ。死の花の件もやらないといけませんし、大変ですよ全く」
「俺様も行くぜぇ……姉貴にせまがれるとどうしていいか分からねぇからな……」
ゴルゴタはサティアにどう接していいか分からず、逃げ出したい気持ちでいっぱいのようだった。
蓮花をひとりで白羽根のところに行かせたくないという気持ちもあるのだろう。
蓮花は蓮花でカノンに会いたくないからという理由もあって、すぐにでも出かけようとしていた。
「ゴルゴタ」
「んあ……?」
私はゴルゴタと私が兄弟であると皆に言うと決めていた。
一応本人にも言っておくことにする。
「私たちが兄弟であることを公開しようと考えている」
「…………」
ゴルゴタは私の提案に物凄く嫌そうな表情をしたが、拒否はしなかった。
此度の騒動を治める為にはそうするしかないと理解しているのだろう。
「……勝手にしろ」
「公表するときはお前と私で公表する。人間を滅ぼすことを撤回する際の謝罪文でも考えておけ」
「誰が謝罪なんかするかボケ。いつでもクソ猿を滅ぼせるって事、覚えとけカス」
ゴルゴタは指をボキボキッ……と鳴らしながら拒否をする。
――やれやれ……
私が首を横に振りながら呆れていると、蓮花がゴルゴタに全く違う話を振った。
「ゴルゴタ様」
「なんだよ」
「あの刀姪の剣……覚えてます?」
「あ? あぁ……」
蓮花が問うとゴルゴタは覚えてなさそうな声を出して誤魔化した。
「あんなに嫌な思いをして作ったのに、結局まだ1回しか使ってませんよね。あれ、結局私が管理してるんですけど……捨てていいですか」
若干言葉に棘のある蓮花。
蓮花はゴルゴタが剣を大切にしていないことに、少し腹を立てているようだった。
「捨てんなよ……白羽根どものところに行くのに持っていくかぁ……」
ゴルゴタは慌てて剣の所有権を主張する。
「あれはただの剣ではなくて生き物なんですから、飼うならちゃんとエサやりしてください」
「そんなに怒るなよ、根に持ってるのかぁ……?」
「私に対する謝罪文も考えておいてください」
「お前……そんな強気なキャラだったっけ……?」
そんな会話をしながら、蓮花とゴルゴタは白羽根のところに向かったようだった。
私は放置していたタカシらに諸々の話をするためにタカシの部屋へと向かう事にした。
カノンに蓮花からの伝言を伝えなければいけない。
「私は客人の相手をしなければならない。細かい部分は頼んだぞ」
「かしこまりました」
「私は姉さんと姪っ子の様子を見てるから……」
「ありがとうございます。ではわたくしは細かい雑務に当たらせていただきます」
そうして私たちは一時的に解散し、私は何から話すべきか考えながらタカシの部屋を目指した。