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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
最終章 裏ボス攻略をしてください。▼
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センジュの願いが届いた。▼




【魔王城 地下牢】


 私は地下牢へと向かった。

 同行するのは母上を除いた魔王家全員と蓮花だ。

 この面子で揃って同じ方向に大人しく向かって行くのは以前では考えられない。


 アギエラが血族だと実感がないが、それでも嘘をついている様子もないし自分を母上の妹だと妄信している異常者でもない。

 若干異常者であることは否めないが、長らく封印されて孤独だった身だ。

 多少異常があっても何ら不思議ではないと感じる。


 地下牢へと降りる階段を私は顔を歪めながら進んだ。

 地下牢の人間たちが押し込められているせいでやはり酷い悪臭がする。

 埃と血と排泄物の混じった非常に不快な臭いだ。


 そんな中、蓮花は淡々と話しかけてきた。


「ゴルゴタ様からうかがいましたが、私のストーカーが魔王城に来たらしいですね」


 その言葉に私は一瞬だけ目を逸らした。

 蓮花にメルとカノンが魔王城に来たことを話していなかった。

 というより話す機会がなかったのだ。


 蓮花は私の反応など気にすることなく、淡々と話を続けた。


「エレモフィラさんとライリー、カナンがいなくなって、地下牢の人間の世話をする人間がいなくなりました。ストーカーの人に世話をするように言っておいてください。“この人間たちをどうにかできたら、話くらいはしてやってもいい”と伝えてもらえますか」

「…………」


 蓮花の言葉に私は渋々頷いた。


 確かに、今この地下牢にいる人間たちの世話をできるのは蓮花とカノンだけだ。

 蓮花には地下牢の人間の世話よりももっと重要な役割がある。

 そして、カノンを魔王城に置くためには何らかの役割を与える必要があった。

 ゴルゴタが納得しないとカノンは殺されかねない。


 案の定ゴルゴタは蓮花の言葉に眉間に皺を寄せた。


「俺様の玩具おもちゃに軽々しく近づかせるな」


 ゴルゴタは、やはりカノンの件は納得していないようだった。

 だが、地下の人間たちをなんとかするという名目があるとして一先ずは我慢しているようだった。


 蓮花はゴルゴタの言葉を無視して続けた。


「この程度のことをなんともできないようでは、全く成長していないことになります。そんな成長していない人間に話す時間を割くことはできません」


 蓮花はカノンを試しているのだろうか。

 それとも単なる嫌がらせか。

 どちらにせよカノンにとっては試練となるだろう。

 カナンができなかった蓮花の試練をカノンは超えられるのだろうか。


 蓮花がそう言っている間に、私たちは佐藤の牢の前を通った。

 佐藤は私たちが現れるなり、牢の格子に縋り付いて叫んだ。


「ダチュラは!?」


 私は彼の顔を見ることなく、てきとうに返事をした。


「ダチュラの件は捜索中だ」


 そして素通りした。

 佐藤の顔は憎悪に満ちていた。

 佐藤はもう復讐に取り憑かれてそれ以外は考えられないようだった。


 蓮花はそんな佐藤の姿を見て、私に問いかけた。


「もうあぁなったら記憶を消す以外ないですよね、ウツギさんのように」


 私はその言葉にふと疑問を抱いた。


「そもそも、ウツギは何故立ち直った? 勇者連合会に対する怨嗟しか頭になかったぞ」

「あぁ……ウツギさんは記憶の削除をしたので、記憶を取り戻した訳じゃないんですよ。でも、身に覚えのない体のタトゥーを見て違和感を覚えていたことと、私がちょっと細工して記憶の転写をしたんです。人間、忘れていた方が幸せなことがありますからね」


 蓮花は軽々と非人道的な行為について話す。

 相変わらず私は蓮花の倫理観の完全な欠如に呆れるしかなかった。


 しかし、佐藤が復讐に取り憑かれ続けているのなら、そうするしかないのかもしれない……と心のどこかで思ってしまった。


「お前が佐藤の家族を生き返らせたら解決するのではないか」


 蓮花はその問いに首を横に振った。


「言ったでしょう。私は奇跡は起こせません。それっぽいガワは作れますけど、本物の復元にはそれなりに形が残っていないと無理です」


 佐藤の家族はもう骨も残っていないのだろう。

 佐藤の家族の件は絶望的だと感じた。


 ――そもそも、元凶のダチュラはまだ生きているのだろうか


 それから、私たちは最奥の檻の前に行った。

 そこには変わり果てたカナンの姿があった。


 カナンは完全に精神に異常をきたしており、私たちが通っても無反応だった。

 口からよだれを垂らしたまま、虚ろな目で虚空を見つめている。


 蓮花はそんなカナンを見ても顔色一つ変えなかった。


「大丈夫です。記憶は壊れているわけではないですから」


 もうカナンの人格の部分にはなんの用事もない。

 苦しめるのは趣味じゃないが、ゴルゴタはもっとカナンを苦しめてやりたいと思っているようだった。

 カナンに対して相変わらずすさまじい殺気を出しながらゴルゴタはカナンの檻の前を通り過ぎる。


 私はこんな状態の兄のカナンをカノンが見たらどう思うだろうかと杞憂しながらも、最奥のさらに奥にあるサティアのいる牢の前までやってきた。


 地下牢で死神に散々喋られたことももはや懐かしくも感じる。


 サティア牢があるフロアにつくと


 ぎぎぎぎぎ……ぎぎぎ……


 と、声にならない声が聞こえてきた。


 そして、牢の前に行くと肉塊のサティアがいた。

 以前見たときと全く同じ状態だ。


 ついにこれが解決すると思うと、胸のつかえがとれる。


 センジュが改めて蓮花に対して頭を深々と下げた。


「蓮花様、お願いいたします」

「はい」


 蓮花は全員が自分を見つめる中、サティアを見て表情を引き締めて息を深く吐き出した。


「早速始めます」


 死の法がなくなったこの世界で、やっとサティアは解放されるときがきた。

 複雑な魔法式がいくつも展開され、肉塊が以前私が見たサティアの形へと収束していく。

 まるで時を巻き戻すかのような光景だった。


 蓮花の事は本当に心の底から好かないが、やはり回復魔法の腕は信頼できる。


 サティアの長い金髪、そして白い肌、背中の黒い鳥類の翼……ゆっくりとサティアになっていった。

 センジュは自身の口に手を当ててその光景を緊張した面持ちで見ている。


 そして……最終的に肉塊はついに呪いを受ける前のサティアの形になった。


 眠るようにサティアは地下牢の冷たい床に横たわる。

 それをセンジュが走っていって優しく抱きしめた。


「サティアお嬢様……」


 センジュの肩は小刻みに震えており、声を殺して泣いているようだった。


 ゆっくりと目を開けたサティアは、私たちをうっすらと見た後にセンジュに気づき、震える声で言った。


「センジュ……?」

「はい……センジュにございます……サティアお嬢様……っ……」


 センジュは涙を流しながらサティアを抱きしめていた。

 サティアは何がなにやら分かっていないらしく、戸惑っている。

 肉塊になっていた頃の記憶がないのだろう。


「センジュ……あんまりギュッてすると痛いよ……」


 センジュが何十年もずっと待ち望んでいた願いが、ついに叶ったのだった。




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