タカシは何かしているようだ。▼
【魔王城 メギドの部屋】
魔王城に帰還した私は極度の疲労に襲われ、ほとんど意識を失うようにして眠りに落ちた。
身体全体が鉛のように重く、頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
夢を見る余裕もなく、ただただ深い闇の中に沈んでいた。
どれほどの時間が経っただろうか。
ふと目が覚めると、部屋はすっかり夜の闇に包まれていた。
窓の外を見ると満天の星が眩く光っているのが見えた。
久々に感じる落ち着いた空気。
この星空は私がかつて、タカシらと旅をしていたときに見上げたものに似ていた。
少し前の話であるはずなのに、もうずいぶん前の事のように感じる。
もう少し眠っていようかと思ったが、私はタカシの部屋に行こうと思った。
母上の暴走を止めた功労者は、紛れもなくタカシだ。
あの巨大な肉塊を前に、タカシは自分の命を顧みず『縛りの数珠』を使った。
ここ最近のタカシは以前の臆病な姿からは想像もつかないほど、よくやっている。
私がタカシを家来にした目は間違っていなかった。
もう夜も遅いし、タカシはまだ気絶しているかもしれない。
母上を『縛りの数珠』で縛りつけた後、ヤツはほとんど意識を失っていた。
今頃、私と同様に深い眠りについているだろう。
そう思いながら私はタカシの部屋の前まで歩いていった。
部屋の前についたとき、中に気配を探ろうとすると微かに声が聞こえた。
「あぁっ! やっちまった! クソッ!」
タカシの声だ。
こんな夜遅くまでタカシは一体何をしているのだろうか。
私がタカシの部屋の扉を開こうとしたところ、 そこにセンジュが丁度良くやって来た。
「メギドお坊ちゃま、起きられたのですね」
「あぁ。身体はもう大丈夫なのか」
「はい。問題ございません。メギドお坊ちゃま、お食事はいかがですか。お疲れでしょう」
「あぁ……そうだな。食事を蔑ろにしていた」
私はセンジュと共に食堂へと向かった。
少し休んだせいもあってか、身体の怠さはかなり良くなっていた。
食堂につくと、そこにはゴルゴタとアギエラがいた。
ゴルゴタらは話をしながら食事を摂っていた。
ゴルゴタが大人しく食事を摂っていることに若干驚きすら感じる。
いつも食事の行儀の悪いゴルゴタも、アギエラの前である程度節度を保って食事をしていた。
長すぎる髪をばっさりと切ったアギエラは、まるで別人のようだった。
よく見ると異母兄弟とはいえ、母上と少し似ているところがある印象を受ける。
母上と同じ気品のある顔立ちをしている。
ゴルゴタは私に気づくと声をかけてきた。
「よぉ、起きたのかよ兄貴ぃ……」
珍しい。
いつもは蓮花と一緒に行動しているゴルゴタが蓮花を連れていない。
「蓮花はどこだ」
私が尋ねるとゴルゴタは目の前の料理を食べながら、呆れたように答えた。
「蓮花ちゃんなら兄貴と同じで疲労でくたばってるぜぇ……明日の夜まで起きてこねぇかもなぁ……」
蓮花ほどの魔力を持った者でも、今回の件は相当な疲労を伴ったのだろう。
本来なら数名係で何時間もかかりそうな魔法を、たったひとりで短時間で展開した。
緩やかに魔法を展開するよりも、急速に展開した方が魔力の消費量が大きい。
「どうぞ、メギドお坊ちゃま」
センジュから差し出された食事を私も席について食べ始める。
疲れた体にセンジュの作った優しい口当たりの料理が染み渡っていく。
「センジュ、アギエラが母上の腹違いの妹であることや、妹がいた事は知らなかったのか?」
私はセンジュに尋ねた。
センジュは悲しそうな顔で首を横に振った。
「はい……申し訳ございません。アッシュ様が時折どこかへ行かれることは存じておりましたが、何をされているかまでは存じ上げませんでした」
祖父に隠し子がいたという事実は、私にとって大きな衝撃だった。
私は姉がいたことも知らなかったし、叔母がいたことも知らなかった。
私の知らないところでこんなにも複雑な血の繋がりがあったのかと思うと、頭が痛くなってくる。
「他にまだ隠し子がいるなどということはないだろうな……?」
「わたくしたちが知らないところで……もしかしたらあるかもしれませんね」
「ないと思うわ……『血水晶のネックレス』で縛れない魔族が他にいたら私みたいに問題になっていたでしょうし……」
自虐気味にそう言うアギエラはスプーンを持つ手が震えていた。
話をそらすために私はアギエラに母上の様子を尋ねた。
「母上はどうなっている?」
「眠っているような状態だけど、詳しい事は分からないわ……私が封印されている間に随分魔法の技術が向上したのね……あんなことができるなんて驚いたわ」
アギエラは蓮花の魔法に心底驚いているようだった。
「回復魔法のことか。私も死者の蘇生すら実現するほどまでに来ているとは全く知らなかった」
「あぁ……人殺しは俺様の『死神の咎』も剥がせるってんだから、スゲェよなぁ……クソほど胸糞悪ぃ話聞いたんだけどなぁ……俺様の髪の毛とか身体に埋め込んだキッショイあのクソ猿の『死神の咎』、人殺しが一瞬で剥がしたんだってなぁ……?」
ゴルゴタはカナンに対する憎しみを露わにした。
「そうだ。カナンは地下牢か?」
私が尋ねると、センジュは静かに頷いた。
「はい。最奥の檻に入れてあります」
最奥の檻とは以前ゴルゴタを幽閉していた魔道具の檻だ。
その檻の存在を思い出すとゴルゴタの顔が一瞬だけ引きつった。
「鍵は破壊しましたので、もう開くことはありません」
センジュは笑顔でそう言った。
ならば、あの檻は本当にもう二度と開くことはないだろう。
鍵がないのなら、カナンは二度と外に出ることはできない。
ゴルゴタは不快感を隠さずに呟く。
「けっ……胸糞わりぃ檻のことなんざ思い出させんなよ」
そう言いながら、フォークで目の前の肉をザクッ! と刺して口に入れて食べていた。
「しかし……死の法が覆った弊害は酷いものだな。こちらとしては死神は鬱陶しい存在だったが、秩序がなくなると混乱が起こる」
だが、死神を野放しにしたら私たちに何をされるか分からない。
他に何か秩序を取り戻す何かを作らなければならないだろう。
そう考えて食事をしている中、魔王城の敷地内に何者かが入った気配がした。
それにセンジュがすぐに反応する。
「何者かが敷地内に入ったようですね」
私は食堂を出て、その気配のする方へと向かった。
「魔王様!」
「まおうさまー!」
やけに懐かしい声が聞こえてきた。
「お前たち……」
確認しに行くと、そこにはクロに乗ったメルとカノンがやってきたのだった。