かんぜんに くるっている。▼
【メギド ファイの町】
私たちはカナンらが向かったファイの町へと向かった。
私の身体は空間転移の負荷で軋み、内臓が煮えくり返るような不快感に襲われていたが、そんなことには構っていられない。
私は自分の翼で空高く羽ばたき眼下の景色を高速で流しながら、上空から状況を確認した。
母上はエータの町からこちらに向かってきているのが確認できる。
その巨大な影は遠目でもわかるほど不気味な存在感を放っていた。
全てをなぎ倒し、周囲に人間がいれば無数の手で叩き潰しながらこちらに移動してきている。
予想していたよりも移動速度が速い。
このままでは、私たちがちょうどファイの町についてカナンらに鉄槌を下す頃に母上もファイの町に到着してしまう。
私は状況を確認し、地上を走るアザレアらよりも先にファイの町に飛ぶことにした。
――万全の状態ではないが、今解決しなければいけない
戦うときにいつも万全の状態とは限らない事は理解しているが、まさかこんなに急展開を迎えるとは思っていなかった。
こうなると分かっていたら安易に空間転移魔法を使ったりしなかった。
しかし……カナンのことは不思議だ。
空間転移の負荷もあったし、四肢の欠損があったカナンは何故走れていたのか。
到底走れるような状態ではなかったはずだ。
その疑問が頭から離れない。
そんな疑問を抱えながらも私はタカシとウツギを追い越し、一足先にファイの町に到着した。
空から人喰いアギエラの封印場所を見ると、そこにカナンら『真紅のドレス』が集結していた。
赤い服を着ている連中は目立ち、すぐに見つかる。
私はその場所目掛けて翼を羽ばたかせて降り立った。
地面に脚をつけると、魔王城にいたときとは比べ物にならない地響きがしていた。
母上がかなりこちらに迫っている様子。
もう時間がない。
私はここで『真紅のドレス』の連中を絶対に逃がさないと誓った。
私が降り立つと、『真紅のドレス』の連中は私の方を一斉に見た。
「貴様ら、やってくれたな」
私の声は自分でも驚くほど低く、怒りに満ちていた。
そう言うと同時に私は魔法を展開し、風魔法で全員の手足を切断して完全に動きを封じた。
怒りもあるし、絶対に逃がさないという強い意志で魔法を使った。
こんな残虐な事は本来ならしたくない。
だが、そんな温情や倫理観はこの場の私を止めることは出来なかった。
カナンは切断される前、やはり四肢がついていた。
魔王城で切断されたはずの手足が再生していたが、私の風魔法で今、カナンを再び四肢のない状態にした。
これで何もできないはずだ。
「死者を愚弄する罪、身をもって償え」
本来であれば私の性分としてこういう場合氷魔法を使うところだったが、炎の魔法で『真紅のドレス』の全員の傷口を焼いて無理矢理止血する。
ヤツらがどんなに苦痛に喘ごうと、私の心は一切揺るがなかった。
この周辺は私の炎の魔法で火の海になった。
ヤツらの絶叫が火の海に溶けていく。
「ははははははははは!! ははははははははははははは!!!」
カナンは絶体絶命のこの場で狂ったように笑った。
その笑い声は狂気と歓喜に満ちている。
「何が可笑しい」
「あははははははははははは!! もう手遅れですよ! クロザリル様は復活されたのですから!!」
私はあまりの不快さに笑っているカナンの身体を、更に風魔法で切り刻んで黙らせようとした。
私の怒りはもはや限界を超えていた。
それでもなおカナンは笑うのをやめない。
カナンの狂気的な笑い声が私の耳に焼き付いた。
「ふざけるな。何故お前の傷は再生する? 誰が手引きしたんだ」
私は嫌悪感を露わにしながらカナンに尋ねた。
「鈍いですね……」
カナンはそう言いながら、もうない手で自分の服をまくって腹部を見せた。
「!?」
カナンの腹部には、まるで大きな腫瘍のようなものができていた。
一見してなんなのかは分からないものだが、それがなんなのかなぜか私はすぐに分かった。
「貴様……ゴルゴタの細胞を自分に移植したのか」
「そうです!!!」
完全に狂っている。
狂っていなければこんな行動には出ない。
魔人化は成功していないようだったが、ゴルゴタの血や細胞、髪の毛などがカナンの腹部に無理矢理つけられていた。
気持ち悪い事この上ない。
カナンは微弱に『死神の咎』の恩恵を得ていたのだ。
「俺は死なない身体を手に入れたんですよ! 魔王家の一員になったのです! クロザリル様の家族に!! これで俺は貴方の兄弟です!!!」
あまりの不快さに身の毛がよだち、私は更にカナンに炎を放った。
全身が爆炎に包まれて絶叫するカナン。
しかしカナンは死なない。
相当緩やかだが、再生していっている。
「何が目的なのだ……意味が分からない」
嫌悪感を隠し切れない私はカナンにそう問う。
一刻も早くこのバケモノをこの世から消したい。
ゴルゴタの細胞を自分に埋め込むその狂気も、それを埋め込んだからと言って母上の家族になったと主張するところも全く理解できないし、一片たりとも理解したくない。
その中、蓮花たちが到着した。
母上よりも若干早くこの場所に辿り着いた。
アザレアらは炎の海に囲まれたカナンの姿を見て顔を顰めた。
「目的? 当然人類の殲滅ですよ!! 死ねば苦しみから解放される! クロザリル様が人類を殲滅してくださるんです!!」
その言葉を聞いて、周囲は火の海なのに背筋が凍る思いだった。
カナンら『真紅のドレス』は自分たちの信仰する魔王が人類を滅ぼすことを、心から望んでいるのだ。
狂信的な思想が気持ち悪くて仕方ない。
吐き気を催す邪悪とはこのことだろう。
実際に私は吐きそうだ。
「気持ち悪いですね。こんなのと思想が同じだと思うと」
蓮花は冷たい声でそう言った。
蓮花の顔には、私と同等の心からの嫌悪感が浮かんでいた。
「蓮花様! 感謝してほしいくらいですよ! 貴女の死刑反対を謳っていたのは『真紅のドレス』の一員なのですから! そうでなければ貴女はとっくに死んでいました!!」
「……は?」
カナンの言葉に蓮花は完全にキレた。
蓮花の顔からはいつもの冷静さが消え去り、むき出しの殺意が浮かび上がっていた。
「あのウザイ連中、貴方達だったんですか。絶対に許しませんよ。苦痛が足りなかったようですね。一生生かしておいて苦痛を与え続けてあげます」
蓮花がカナンに近寄ろうとしたところ、ライリーもそれに続いた。
「お前らのせいだったのか。お前らが話をややこしくしたせいで蓮花を助けるのに余計に時間がかかったんだけど」
ライリーも嫌な事を思い出したようで、蓮花と同程度までキレている様子だった。
アザレアらが止めようと声をかけてもまるで聞こえていない様子で、2人はカナンにむき出しの殺意を見せた。
こいつらは曲がりなりにも回復魔法士という立場の人間なのに、何故こんなに正反対の感情を簡単にもつことができるのだろうか。
感情をむき出しにできたら私も楽になれたのかもしれない。
私は怒りよりも嫌悪感が勝った。
もう地響きがかなり近い。
母上らがここに到着するのも時間の問題だ。
私は個人的な嫌悪感もあるが、焦燥感もあり煮え切らない気持ちでいっぱいだった。