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【メギド 魔王城】
遠くから響く地響きは、徐々にその音量を増していった。
その異変に気づいたタカシとアザレアらは、庭に出て周囲の様子を伺っていた。
アザレアらの顔には70年前の戦いを思い出すかのような、深い警戒の色が浮かんでいた。
私が翼で飛んで行きタカシらに声をかけると、タカシは私以上に混乱している様子だった。
「今度はなんだ!? 地震か!?」
とキョロキョロと周りを見渡していた。
タカシの表情は事態の深刻さをまるで理解しているようには見えなかった。
一方、アザレアらはかなり警戒した様子で険しい表情をしている。
そんな奴らに私は事情を簡単に説明した。
「不味いことになった。母上の遺体に死者蘇生魔法がかけられたが失敗し、結果バケモノのようになって暴れ始めた」
私の言葉にアザレアは危機感を露わにする。
「今すぐ止めないと!」
そう言いながら剣に手をかけた。
アザレアの目はかつての母上との戦いを思い出したかのように、鋭く光っていた。
アザレアにとって、それは過去の過ちを繰り返さないための必然的な行動だったのかもしれない。
私は母上を殺す以外の方法を探すため、エレモフィラに尋ねた。
「エレモフィラ、殺す以外の方法はないのか? 死者の蘇生魔法が失敗した場合はどうなるんだ……?」
エレモフィラは元々険しい表情をしていたところ、更に表情を険しくした。
「……死者の蘇生魔法が失敗したら普通生き返らないものでしょ……それをどうにかするって無茶言わないでよ。それこそ、庭に封印してある死神に聞いてみたら……?」
――死神に直接……か
それは全くいい予感はしなかったが、死の法が覆ったのだから専門家の死神に問うことにした。
背に腹は代えられない。
死神には何の情報も渡したくなかったが、そんな悠長な事を言っている場合ではなくなった。
私は死神が封印されている漆黒の立方体に向き直り、語りかけた。
「死神、死の法が中途半端に覆ったせいで大変なことになった。解決方法を示したら出してやってもいいぞ」
私はあくまでも自分の立場が上として死神に交換条件を出した。
死神を外に出す方法も分からないし、死神が再度世界に顕現したらどうなるのかという課題も様々ある。
しかし、私は母上のことをなんとかしたい一心で、そんなリスクを顧みず死神にそう言った。
「………………」
だが、死神は黙したまま何も答えない。
漆黒の立方体はただ静かにそこに存在しているだけだった。
死神が私の声を聞いているのかどうかさえ分からない。
そんな態度の死神に私は苛立ちを募らせる。
「ここから出られるチャンスをやろうと言っているのだ、何とか返事をしたらどうだ」
私は再び死神に語りかける。
「…………」
しかし、やはり死神は何も答えない。
その沈黙は私の絶望を嘲笑っているかのようだった。
――駄目だ、死神は何も反応を示さない
何のヒントにもならない。
喋りすぎて蓮花に出し抜かれた事で流石に沈黙を貫く方が吉だと理解したのだろう。
それに私たちが困っている姿はさぞ愉快だろう。
死神が積極的に“協力”するわけがない。
仕方がないので私は自分で解決しなければと覚悟を決め、地響きのする方に向き直った。
改めて確認すると、地響きはどんどん大きくなっていた。
私は、その揺れが母上が移動している振動で発せられているのだと考えると、全身の血が凍るような感覚に襲われた。
――こちらへ向かってきている?
こちらに来られても、何の対策もできていない。
なんとか時間を稼いでもらわなければ作戦を考える間もなかった。
私はゴルゴタに呼びかける。
「ゴルゴタ、母上はこちらへ向かってきているのか?」
私が問うと、少しの間の後ゴルゴタから返事があった。
「あぁ……向かってるみてぇだな……っ! 駄目だ……俺様の力でも止められねぇ……!」
あのゴルゴタですら止められないというのか。
――どうやって止める……?
単純に氷魔法では簡単には止められない。
蓮花が先ほど言っていた通り、神経系統がどうなっているか分からない為信号遮断も困難だ。
それを聞いたタカシは、何故か迷うことなく自信を持って口を開いた。
「分かった! 俺に任せろ!」
などと言って地響きのする方向に勝手に走り出した。
先程まで足が震えていたのに、走り出しても走り方がぎこちなくやはり震えているようだった。
意味が分からない。
ゴルゴタに止められないのに、タカシに止められるはずがない。
なのにタカシは恐怖を振り払うように地響きのする方向へ走って消えて行った。
タカシの無謀な行動に私は混乱する。
負うべきだと思ったが、私は空間転移の負荷ですぐには動けなかった。
「俺がタカシを追いかけるぜ! アザレアたちはそっちよろしく!」
ウツギはそう言ってタカシの方を追いかけた。
ゴルゴタとタカシとウツギ……それからセンジュが向かっているが4名がかりでも止められるとは思えない。
「あぁ!? 役立たずが来てもどうにもらなねぇよ! すっこんでろ!!」
ゴルゴタはタカシらの声が聞こえたらしく私にそう言ってくるが、もう手遅れだった。
タカシとウツギはもう視界から消えるほど私たちから離れていっていた。
「タカシはなんとかできると思って行ったんだ。信じよう」
「俺様が止められねぇのにクソ猿が止められるかよ! クソ剣振り回したらぶっ殺すからなぁ!?」
もうこの場にいないタカシにむかってゴルゴタは怒号を飛ばしていた。
「おい! どうすんだよ!?」
流石にゴルゴタも余裕がないのか、切迫した声で私に問いかけてくる。
どうするべきかかなり迷ったが、私は自分にできることをしようと思考を整理した。
「『真紅のドレス』のカナンがどこかへ向かっている。私はそれの後を追う。止めるためのヒントになるかもしれない」
「魔王信仰の宗教がまさかこんなことをするなんてね」
私が庭でどうするべきかアザレアらと話していると、怠そうに蓮花とライリーが複数枚の紙を持ってやってきた。
蓮花の顔にはこの状況に対する疲労と、ライリーは明らかな苛立ちが浮かんでいた。
「どうやら、この辺りに向かっているようですね」
蓮花は私に地形が焼きつけられた紙を差し出した。
その地図には、ある一点が記されていた。
魔王城からエータの町の間にあるファイの町付近。
ファイの町は魔王城に近い町のひとつだ。
――ここは……
そこは、ゴルゴタが復活させようとしていた“人喰いアギエラ”の封印されている場所だった。
エータの町から魔王城に向かってきている母上もファイの町を途中で通る。
母上の方へ向かって行っているだけとも考えられるが……
「追跡魔法を発動させて確認すると、暫くこの辺りに留まっているようです」
と蓮花は言っている。
「暗部でも『真紅のドレス』のことは把握してたけど、前魔王クロザリルの復活なんて……しかも失敗してるし、とんでもないことをしてくれたね」
ライリーは心底嫌そうな表情をしながらも、黒い手袋をしっかりと手に嵌めていた。
「で……元暗部の司令官としては『真紅のドレス』の処遇は?」
投げやりに蓮花がライリーに問うと、ライリーは即答した。
「組織の解体。全員粛清だ」