容疑者4:蓮花。▼
【メギド 魔王城】
やっと蓮花が起きたらしい。
もう太陽も高い位置だというのに、こんなときにどれだけ眠っているつもりだ。
蓮花の部屋につくと、蓮花はライリーが運んできた食事をまだ眠気まなこでゆっくりと食べていた。
その食べる速度は普段の蓮花からは考えられないほど遅く、まだ疲労が抜け切っていない様子。
蓮花はスプーンを持つ手もどこかおぼつかない。
私が部屋に入った瞬間だけ私の方を見たが、すぐに視線を逸らして目の前の食事をゆっくりと続ける。
「やっと起きたのか、全て話してもらうぞ」
私は鋭い視線を蓮花に向けた。
私の言葉に蓮花は微動だにせず、生返事しか返ってこない。
「簡単に言うと……三神の力が及ばない天使族の聖域で色々仕込んでいたんですよ」
全く何の説明にもなっていない。
その説明で伝わると思って言った訳ではないだろうが、あまりにも雑な説明過ぎる。
「その色々の部分を話せ」
私は苛立ちを抑えきれずさらに問い詰めた。
「結果的にどうにかなったんですからその説明いりますか……? もう少し休みたいんですけど……記憶転写するのでカナンをつれてきてもらえますか?」
蓮花は投げやりに言いながら、相変わらずゆっくりと食事を摂っていた。
もう説明するつもりはないらしい。
「お前は説明がなくてもいいのか」
「そりゃ何してたのか色々聞きたいけどよ、今は疲れてるみてぇだから後でいいぜ。時間はあるからなぁ……」
――コイツ……とことんこの女を甘やかしおって……
ゴルゴタを焚きつけて聞き出そうとしたが、遅すぎる速度で細々と食事をしている蓮花に詰め寄っても無駄なようだ。
どこまでもマイペースで困る。
「……私は納得できないが、カナンに記憶転写して理解できることならそれでいい。ところで、王座の間にあった母上の遺体を動かすのにお前は手引きしたか?」
私は一番聞きたかったことをストレートに尋ねた。
「してませんよ。そんな事する理由もないですし」
素っ気なく答えた蓮花の言葉に嘘はなかった。
私の魔道具のピアスも、何一つ反応していない。
「お前は記憶抑制魔法を自分に使用し、それを忘れているだけの状態になっているのではないか」
更に疑う私の言葉に、蓮花は咀嚼したものを飲み込んだ後に返事をする。
「……その可能性は否定できませんが、言った通り私はゴルゴタ様のお母様のご遺体に勝手に何かするということはありません。死者の蘇生魔法を使うにしてもゴルゴタ様の許可をとります。私個人はゴルゴタ様のお母様に生き返って欲しいとかは思っていませんから」
「そうだよなぁ……? 流石に俺様のお気に入りの蓮花ちゃんでもお袋の件で勝手なことしたらただじゃすまねぇぜ……?」
ゴルゴタは少し冷たい声でそう言って、蓮花の頭を乱暴に撫でた。
蓮花は頭がぐわんぐわん揺れて口に食事を運べず、更に食が進まなくなっていた。
しかし、抵抗はしないまま撫でられている。
「言葉に嘘はないな。では、この件について何か知っている事はないか?」
「起きてすぐにその話を聞いたばかりです。何も分かりません」
蓮花の言葉は真実だった。
――やはり蓮花ではなかったか。動機がないのも事実だ
ベッドの隣りの椅子に座っていたゴルゴタが立ち上がった。
「人殺しが起きたことだし、俺様も探しに行くぜ」
「……なら、もう少し休み――――」
「てめぇもくるんだよ。今てめぇがいなくなったら大変な事になるからなぁ……俺様がてめぇの安全を保障してやる」
ゴルゴタの言葉に蓮花は多少溜め息を漏らして、嫌そうな顔をしながらも食事を続ける。
「ゴルゴタ様の背中で眠っててもいいならそれでもいいです」
「どんだけ寝たいんだよお前」
「あと2日くらいは寝ていたいです」
「その前にカナンに記憶転写をしろ」
私は本当にあと2日くらい寝そうな蓮花に指示する。
立ち上がったゴルゴタは再び椅子に座り、つまらなそうに脚を組んで背もたれにもたれかかっていた。
「確か……戦って死にかけてましたよね。今どこにいるんですか」
蓮花は欠伸をしながら怠そうに言う。
「ライリーが処置をしていたが」
「ライリーならさっき食事を運んで来ましたが」
「……我が物顔で魔王城を歩かれては困る」
私は再度気配探知魔法を展開をすると、ライリーはまた食堂にいるようだった。
「また食堂にいるらしい。何をしているのだ奴は」
「デザートを作ってくると言ってたので、そのうちくると思います」
「デザート? 良い身分だな」
「過保護なんですよ。昔から」
「俺様の分も作ってこいっつったらフツーに拒否されたぜ? アイツいつかぜってーぶっ殺す」
ゴルゴタの言葉に、蓮花は少し疲れたように笑っている。
いつも無表情の蓮花も大きな仕事がひと段落ついて緊張の糸が途切れたのだろう。
笑顔の似合わない奴だと私は思った。
「ライリーってなんで魔王城に置いてるんでしたっけ」
「お前のおまけだろうが」
「魔人化がなかったことになったので、もう用済みですけどね」
実の育ての親にそこまで冷酷になれるものかと、相変わらず蓮花の事が全く理解できない。
ここまで情が湧かない人間がいるものなのか。
「じゃあ殺してもいいのかぁ……? ヒャハハハッ」
「まぁ、あんなのでも使い道はありますけどね」
「倫理観の欠如した会話を辞めろ」
ガチャリ……
そんな話をしている間に、ライリーが蓮花用のデザートを持って部屋に入って来た。
両手にはクッキーのようなものを持っている。
皿はふたつある。
「君のじゃないよ」
ゴルゴタがクッキーに目をやった途端にライリーは即座に否定した。
「何も言ってねぇよボケ」
「そんなに食べられないよ」
「後で食べられるようにクッキーにしたんだ。もう少し休んだ方がいい」
ベッドの横のテーブルに置かれたクッキーを横目に、まだ蓮花はライリーの作った料理を少しずつ食べている。
「カナンはどこに置いている?」
「彼なら置く場所がなかったから地下牢の解放された牢に入れたよ」
「?」
私が2度地下牢に行ったが、カナンはいなかった。
いれば気づくはずだ。
「地下牢にカナンはいなかったぞ」
「じゃあどこかに行ったんじゃない? 動ける程度まで治療したし」
「死にかけていたのだぞ、そうどこかに行くことなどできるか?」
「知らないよ。ここにいると蓮花の指示に従わないといさせてもらえないから頑張ってるんじゃないの」
ライリーは完全に投げやりに自分で作ったクッキーを食べながらそう言っている。
「特に何の指示も出してないよ。地下牢の人間の世話はさせてるけど」
「地下牢の人間どももそのまま放置されていたぞ。根本的にあれをなんとかしろ」
「無属性魔法でなかったことにでもしない限り町にも戻せませんね。既に使った人間も結構いるので完全に元通りにもできませんし、処分できたら簡単なんですけど」
「アザレアらが処分は反対するだろう」
「……もう彼らも用済みなんですけどね」
「なら生き返らせた責任を取れ」
ゴルゴタは暫く私たちの会話を黙って聞いていたが、ふと呟くように言った。
「消去法でいくと、あのクソ程役に立たねぇヤツが怪しいんじゃね……?」
「カナンのことか?」
「あぁ」
――死にかけていたカナンが何かできるか……?
しかし、よくよく考えてみると私の中で点と点が繋がっていった。
地下牢の人間たちが母上の事を知っていた。
地下牢の人間たちの世話をしていたのはカナンだ。
カナンは蓮花の雑用を様々に受けながらも、魔王城を自由に出入りできていた。
大怪我の後にライリーは「動ける程度まで治療した」と言った。
食堂にカナンはいなかった。
私たちの注意が逸れていた時、カナンは動くことができただろう。
――蓮花に弟子入りするという名目で魔王城に潜り込んでいたとしたら……
蓮花はずっとカナンの事を怪しんでいた。
それは直感的なものだったろうが、もしそれが正しかったとしたらという予感が走る。
私は気配探知の魔法を再度展開し、カナンを探した。
「…………」
しばらく集中して気配探知の魔法を使っていたが……――――
カナンは今魔王城の敷地内にいなかった。