容疑者3:地下牢の人間たち。▼
【メギド 魔王城 地下牢】
私はノエルたちを見送った後、重い足取りで地下牢へと向かった。
佐藤の証言とノエルの伴侶の言葉から、裏切り者が魔王城内部の者だったことは確実だ。
その可能性を一つ一つ潰していくしかない。
地下牢の入り口に差し掛かったところで、ちょうどそこから出てきたセンジュと出くわした。
センジュの顔には、わずかな疲労の色が見て取れた。
「佐藤の様子はどうだ? 他に何か分かったか?」
「詳細は分かりませんね。錯乱状態に近い状態です。不摂生や栄養失調もありますし、まともに話を聞くには少し治療が必要でございますね」
やはり佐藤からまともな情報は得られないか。
まともじゃない人間から情報を得ても正確性がない。
佐藤のあの狂気的なまでの復讐心は、人間らしい思考から遠ざけている。
「そうだな、復讐で完全に目が曇っている。佐藤とは別の怪しいものを見たとノエルの伴侶の証言があった。やはり魔王城の中に手引きした何者かがいるらしい」
「……地下牢の人間たちを見に行かれるのですか? わたくしの所見でございますが、彼らは到底1人では動けない程憔悴状態です。ご遺体を運ぶ手引きができるとは思えません」
蓮花が徹底的に衰弱させている人間たちだ。
体力のいるような事はできないだろう。
「私もそうは思っているがな、何か知っている可能性もある。人間の容疑者としては残るは蓮花とカナンと地下牢の人間どもとアザレアらだ」
「蓮花様はずっとわたくしたちと一緒にいましたし、不可能ではないでしょうか」
「ゴルゴタもそう言っていたがな、蓮花は常に常識を覆してくる。あり得ない話でもないだろう」
結局、推測の域は出ないがその可能性も考えられる。
蓮花は規格外すぎる。
「仮に蓮花様だとしても、蓮花様はお部屋でゴルゴタお坊ちゃまと一緒におられるのですよね? ご遺体を隠す場所などございませんが……」
「私としても蓮花を疑っている割合は1割程度だ」
私の言葉にセンジュは少しだけ安堵したように見えた。
センジュまで蓮花に傾倒しているのはやはり納得いかない。
「わたくしにお手伝いできることはございますか?」
センジュは疲れているにもかかわらず、私を気遣ってそう言った。
ここまで寝ずに調査をしており、疲れているはずだ。
センジュの顔にも僅かながら疲弊が見える。
「少し休め。以前と身体の状態も違うであろうし、無理をされては困る」
「ほっほっほ、ご心配いただきありがとうございます。かしこまりました。では、わたくしは少々食事を摂った後、仮眠をとらせていただきますね。メギドお坊ちゃまも程よくお休みくださいませ」
センジュは私に対して丁寧に頭を下げた。
「あぁ、そうする。クマができてしまってな、まだ疲れが取れていない。だが母上の遺体の件は早急に解決したい」
「わたくしも仮眠をとった後に魔王城敷地外に赴いてみます。その際はメギドお坊ちゃまに声をおかけいたしますので結界の解除をお願いいたします」
「分かった」
私はセンジュとすれ違いに地下牢の奥へと足を踏み入れた。
地下牢の扉を開けると、強烈な異臭が私を襲った。
カナンが瀕死の状態になってから、ろくな世話もされていないのだろう。
生きているのに死んでいるような状態の人間たちを見て、嫌悪感しかない。
この人間たちを結局どうするつもりなのだと、蓮花に問い詰めたい。
処分するのか、無属性魔法でなかったことにするのか、それとも何か別の用途があるのか……
こうなったのは蓮花とライリーのせいだ。
私は期待していなかったが、地下牢にいる人間たちに向かって言った。
「王座の前の棺の中の遺体を手引きした者は何かしらの意志を示せ」
反応がするかどうかも怪しかったが、一応そう言っただけだ。
なんの期待もしていなかった。
だが、反応があった。
私の言葉に、中の誰かが
「クロザリル様……」
と言った。
私はその言葉に凍りつく。
――何故知っている……?
王座の前の棺の中身が、前魔王クロザリルだと知っている者がいるはずがない。
魔王城のこんな場所に押し込められている人間がそのことを知る術はないはずだ。
私は改めてヤツらに問うた。
「何故遺体が前魔王クロザリルだと知っている」
正確な情報を引き出すために問うたが、中の人間は正気をほぼ失っており、まともな人間はいなかった。
狂気の叫びや鳴き声や「出してほしい」「助けて」という返事しか返ってこない。
私がどれだけ「何故知っている?」と聞いても、どうしようもない返事が返ってくるだけだった。
――ここから出したらこいつらは正気になり、普通に証言できるようになるのか?
一瞬そう考えたが、一度正気を失ったものが正気を取り戻す可能性は低いだろう。
私としても出ていってもらいたいが、このまま出しても魔王城周辺で野垂れ死ぬだけだ。
それに、母上の事を少しでも知っているのだから今逃がすわけにはいかない。
地下の人間たちは、なぜか棺の中身がクロザリルであると知っている。
どこからその情報を仕入れたか分からないが、この中の人間が手引きした可能性が高まった。
だが、センジュの言う通りどう見ても地下牢の中の人間たちは消耗しきっており、ギリギリ生きているだけの状態だ。
やはり自らこの地下牢から出て手引きしたようには思えない。
私は地下牢からぐったりしている佐藤を強引に出した。
佐藤の身体は、まるで骨と皮だけのようになっており、やせ細っていた。
「この中から手引きした人間はいるか」
「…………」
私は佐藤に問うたが、佐藤も憔悴しきっており視点が定まっていない。
よもや私すら認識できていないようだった。
かなりの極限状態で保っていた正気が、ダチュラの復讐という縋るものを失って崩れたのだろう。
私は再び地下牢に佐藤を戻し、人間たちの入れられている牢の鍵の状態を確認するが、やはり並みの人間が簡単に出られるような構造はしていない。
――ここに長くはいたくない……異臭で吐きそうだ……
私は地下牢の異臭に耐え切れなくなり、地下牢を出た。
異臭が身体についた。
風呂に入りたい。
そう思っていたところ、ゴルゴタに出くわした。
異臭のする私を見て「くせぇよ」等と文句を言う。
「何だ」
「人殺しが起きたぜぇ……?」
やっと起きたのか。
どれだけ私を待たせるつもりだあの女は。
私は風呂に入りたかったが、その衝動を堪えて蓮花に話を聞くためにゴルゴタと蓮花の部屋に向かった。