看病をしてください。▼
【ゴルゴタ 魔王城】
兄貴が出て行った後、しばらくして蓮花が急に倒れた。
倒れたっつっても、よろけてしゃがみ込む程度で、倒れる前に俺様が腕を引っ張って無理やり立たせた。
気丈に振舞っていても、ここのところずっと色々調べさせていたからかなり疲労が溜まっていたらしい。
あまりにも顔色が悪くなっていた蓮花を見て、俺様は慌てた。
俺様は気づかなかった。
人間の顔色なんざ、何色だったとしても分かりゃしねぇ。
ただ“血の気が引く”って言うけど、本当にその通りになっていた。
「おい、ジジイ! 帰ってるか!?」
こんなときにジジイはいなかった。
人間のことを良く知っているジジイならどうすればいいか分かると思ったが、出かけていていやがらねぇ。
どうすればいいか分からない俺様に対して、意識をかろうじて保っている蓮花は「寝不足で疲れているだけです」と言った。
人間をどう扱ったらいいか、こんなときにどう対応すればいいのか俺様は分からずにただ右往左往するだけで何もできなかった。
「水と、軽食、それと少しの睡眠をいただければ大丈夫です」
そう言った蓮花を抱きかかえて部屋まで運んだ。
部屋に行くまでに適当に水と食えるもんを持って行った。
けど、俺様が適当に食えそうなものを持ってきたが、蓮花はそれを見て「生魚は人間は食べられません……」と力なく言った後、水の方を少し飲んだ。
「少し休ませてください」と言って、蓮花はすぐに眠りについた。
人間の身体はよくわからねぇが、比べる為に仕方なく他の人間の身体と、蓮花の身体の体温を触って比べたとき、他よりも蓮花の身体が熱いことに気づいた。
――無茶苦茶しやがって……熱まであるじゃねぇかよ……
人間は弱ぇ。
簡単にぶっ壊れやがる。
――そのくせ、滅ぼすことはどうしてもできねぇ……
蓮花が寝付くところを横で見てた。
寝苦しそうにしている蓮花を見て、俺様は不安になった。
兄貴がガキの頃、熱を出して寝込むことが多かった。
それをお袋とセンジュが慌てて何か処置をしていた。
俺様はそれができねぇ。
まともに食い物すら選べねぇ俺様にはどうにもできねぇことだ。
何かしなければこのまま死んじまうんじゃねぇかって……――――
――コイツ、他人の怪我や病気は治せても、てめぇの身体の管理はできてねぇ
布団をきつく握りしめて身体を丸めて、まるで寒いと言わんばかりの姿勢を蓮花はとった。
俺様は火を起こしてやろうかと思ったが、そんなことをしたら俺様と違って蓮花は焼け死んじまう。
俺様はどうするべきか考えた末、その辺の部屋の毛布とか布団を持ってきて上にかけてやった。
顔が見えなくなるほどその中に埋まりながら、蓮花は震えながら眠った。
いつもより乱れた寝息を立てながら。
しっかりと眠っていることを音で確認したあと、俺様は独り言を言った。
「………………なぁ、お前…………俺様より先に死ぬのか?」
聞こえない程度の声量だ。
兄貴だってよく聞こうとしなければ聞けない程度。
――何当たり前のこと言ってんだ。コイツは人間だ。40年だか50年だかくらいしか生きねぇ……
俺様の寿命は、このまま何もしなけりゃ永遠だ。
――永遠……――――
兄貴だってせいぜい長生きしてあと200年ってトコだ。
ジジイは何年生きてるか分からねぇが、先が長ぇとは思えない。
それに、蓮花が仮に魔人化したとしても、やっぱりせいぜいここから200年が限度だ。
――そうしたら、俺様はどうしたらいいんだよ……
蓮花が死んだら、俺様の『死神の咎』を剥がせるやつがいなくなる。
「人間をぶっ殺し続けたら、俺様は勇者に殺されるんだってな。だったら、そっちの方が良いじゃねぇか」
唯一、俺様を殺せる勇者の剣。
地下の連中にそれを使わせれば、俺様は死ねるかもしれねぇ。
伝説の勇者だったなら、その剣を使うことができるはずだ。
甚振り尽くしてぶち殺してぇ気持ちもある。
――でも、俺は怖ぇんだ
ただ、置いて行かれる恐怖がはっきりとある。
どんなに俺様が強くても、どんなに狂った暴力を振るえようと、命を救いとることはできねぇ。
命を散らすことは簡単でも、命を繋ぐことは俺様には無理だ。
蓮花がやっていることは、俺様にできねぇ凄いことなんだろう。
それに、俺様から『死神の咎』を剥がせると言った。
そうすれば、俺様の身体は全盛期を終えて年月に従い、徐々に朽ちていくだろう。
他の回復魔法士にはできない、ただ1つだけの可能性。
あと何百年かしたら、それができる奴がまた現れるかもしれねぇ。
――でも、その時にはもう俺様の周りには何も残っちゃいねぇんだ
それに、ソイツが俺様の『死神の咎』を素直に剥がすかどうかは別の問題だ。
俺様が天使やら人間やらに頭を下げて「殺してくれ」なんて言うなんざ、みっともなさ過ぎてできるわけがねぇ。
「…………」
俺様はかろうじて布団からはみ出ているぼさぼさの蓮花の髪に手をやり、掬おうとした。
でも、蓮花の髪は毛先が絡まっていて俺様の指に引っかかる。
――コイツは、オンナを捨てて、人間であることも捨てて、ここにいるんだよな……
以前蓮花と話していた時に、蓮花は「死にたい」と言った。
俺様はその気持ちが痛いほど分かる。
だから、近いうちに蓮花がどっかにいっちまうんじゃねぇかって思うと、不安なんだ。
簡単に俺様の手からこぼれ落ちて行きそうで。
「変だよなぁ……そんなこと考えるなんて……」
ボサボサの髪から指を離すと、蓮花はもぞもぞと動いて布団からナイフを持っていない方の手を出した。
こんな熱を出してぐったりしているときですら、ボロボロのナイフを絶対に放そうとしねぇ。
別に、意識して出した訳じゃねぇと思う。
でも、その手がまるで行き場を探しているように見えた。
俺様が触れたら傷つけちまうかもしれねぇ。
力の加減も分からねぇし、今まで1度だってそんなことしたことはねぇが、その白くて細い指の手に触れようと思った。
けど、思っただけだ。
俺様の血まみれの手じゃ、触ったらいけない気がしたんだ。
何百、何千と殺してきたこの俺様の手と、何百、何千と救って来た蓮花の手じゃ、全然違う。
結局、蓮花は救える手を汚し、同族殺しをして死刑囚になった。
だが、何の因果か俺様のところへきて、人間を皆殺しにしたいと言った。
――弟を殺されたって言ってたな……でも、弟を殺した連中はとっくにその手で殺しちまったんだろ?
なら、どれだけ蓮花は人間に絶望してるのか、俺様にも分からねぇ。
初めて会ったときの怨嗟に塗れた顔を思い出す。
自分が殺されそうになっても、脈拍1つ変えずに、今と同じ死んだ目をしていた。
いつも遠くを見てる。
俺様と話していても、どこか遠くを見ているような目をしている。
――どれだけの絶望を受けたらそんな冷たい目になっちまうんだよ
蓮花は話したがらねぇ。
ジジイと同じ、核心に迫る話は絶対に言わない。
もう俺様側について人間を滅ぼすかどうかって段階になってるのに、言おうとしない。
言ったらよっぽどやべぇことになることを隠してるのは分かる。
――ま、気が向いたらでいい。今は色々ゴタついてるからな……
蓮花の手から俺様が手を引いたとき、胸ポケットの中の『現身の水晶』から兄貴の声がした。
正直、蓮花が倒れたこの非常時に、兄貴なんかと話なんかしたくなかった。
今は横にいて、蓮花の状態を見ていたかったってのに、無視してたら兄貴がどんどん大声で話しやがる。
あんまりしつけぇから俺様は蓮花が起きる前に部屋の外に出て返事をした。
それで、なんやかんや鬱陶しい事ばっか言って、今度は王の2名制度なんて意味の分からねぇことを言い出しやがった。
俺様は聞きたくねぇって言ってんのに、兄貴はいつもてめぇのことしか考えてねぇ。
「魔王の世襲制は祖父の代から始まった。それはいい。だが、幸い私たちは兄弟であり、魔王の血筋だ。世襲制ということであれば、この場合、王が2名でいけないという訳ではなかろう」
「はーっ……やっぱりろくでもねぇ話じゃねぇーか。王ってのは1番って意味だろ。そう何人もいたら内乱になっちまうぜ。つーかよ、俺様と兄貴がナカヨシでやっていける訳ねぇだろうが」
今更、兄貴と家族に戻れるわけがねぇ。
もう俺様たちは魔王と元魔王の関係でしかねぇんだ。
「そう言ってる場合でもあるまい。ここは不本意ながら協定を結ぼうではないか」
「はっ、兄貴は俺様に下っただろうが。協定も何もねぇよ。俺様が魔王、兄貴はただの居候だ。立場を弁えやがれ」
「だが、魔王というのは代々『血水晶のネックレス』で魔族全体を総べる者のことを言う。白羽根どもが魔族を総べる云々と戯言を言っていたが、それもただの世迷言。あのネックレスを使えるのは魔王の血筋の者だけなのだからな」
俺様は自分の首にかけている片方の『血水晶のネックレス』を指で弄ぶ。
これは生まれた時からずっとある。
お袋が首にかけてるところと、兄貴が首にかけているところを見てきただけだ。
ただそういうものとして扱ってきたが、そんなご都合主義の魔道具があるってのは不自然だ。
「そもそもさぁ……コレ、なんで魔王の血筋じゃねぇと使えねぇんだ?」
「さぁな。祖父の代からずっとあるそうだが」
「魔王の世襲制が始まった頃にわざわざ作られたってコトだろぉ……? 魔道具ってのは誰が作ったのか、何のために作ったのか分からねぇもんだ。でも、魔道具を作った奴が単体なのか団体なのか分からねぇが、ちぃっとコレ、調べてみてもいいんじゃねぇ?」
今までの俺様は人間どもへの憎しみで目が曇ってた。
毎日毎日、殺戮の限りを尽くすことしか頭にねぇ状態だ。
少し考えれば疑問に思う簡単なことにすら気づかねぇほどに、俺様は憎しみしかなかったんだ。
――けど、ここ最近はそれが和らいで……――――
「俺様に溶け込んでる『死神の咎』……“死神”っつーんだからソイツが関わってんだろ。なんとかして調べやがれ。頭を使うのはてめぇが担当だろぉ……?」
「どうしたゴルゴタ、頭でも打ったのか? いや、お前は頭を打っても急に冴え始めたりしない。まさか……すでに蓮花に――――」
「ちげぇよ!! クソ兄貴! 帰ってきたらぶっ殺してやる!!!」
俺様が『現身の水晶』をぶん投げて捨てようと思ったとき、兄貴はすぐさま「待て、投げ捨てるな」と言いやがった。
まるでこっちの状況を見て分かってるみてぇに。
本当に気に入らねぇ奴だ。
「兄貴はその賢い頭でちっとも疑問に思わなかったのかよ!?」
「疑問に思っていても探る術がない。祖父の代から残っている書物などないからな」
その後に「白羽根の長のルシフェルなら何か知っているだろうがな」と言葉を続けた。
俺様は天使になんざ関わり合いたくねぇ。
特に、常に魔王の座を狙ってるルシフェルなんざ信用できるわけがねぇ。
ぶちのめして吐かせることもできるが、ぶちのめす程度で済めばいい。
俺様が行けば殺しかねねぇ。
「ちっ、結局役立たずじゃねぇかよ」
「センジュが何か知っているのは知っているがな」
「ジジイがか? まぁ……知ってるだろうなぁ……」
さっきはジジイは先は長くねぇと考えた。
でも、見た目はただのジジイだが冷静に考えればありえないことがいくつもある。
「何年生きてんだよ。いくら魔族が長寿でもよぉ……限度ってもんがあるだろ。キヒヒヒ……何百年生きてんだよ、あのジジイ」
ジジイは俺様がガキの頃から何も変わっちゃいねぇ。
76年も何も変わらねぇ方がおかしい。
今まではこまけぇことはどうでも良かったが、ジジイはあからさまに不自然すぎる。
歳のこともそうだが、あの異常なほどの強さ。
兄貴や俺様の牽制ができる奴なんてあのジジイくれぇなもんだ。
「センジュは答えないぞ。私も何度も尋ねたが、のらりくらりとかわされる」
「はぁん? そりゃ、兄貴の詰めが甘ぇからだ」
吐かせる手段ならいくらでもある。
どんな非道な方法だろうが、吐かせりゃいいなら話は簡単だ。
「何をするつもりだ? 力ずくで行ってもセンジュには勝てないぞ」
「ヒャハハハハハッ! そんなこたぁ分かってんだよ。あのジジイ、すました顔してえげつねぇからなぁ……」
「無策という訳ではないだろうな」
「簡単だぜぇ……ジジイの弱みを握って無理やり喋らせるんだよ。キヒヒヒ……」
「………………」
兄貴は急に黙った。
余程俺様の作戦が完璧すぎて言う事もねぇって感じだ。
――兄貴も馬鹿だなぁ……
「センジュの弱みとは?」
そんなことも分からねぇのか。兄貴は。
俺様は自分の指をガリッ……ガリッ……と噛み千切りながら、俺様は口の中に広がる血の味を楽しむ。
「それは――――」