時間を潰してください。▼
【メギド 呪われた町の周辺】
私は痺れを切らしていた。
琉鬼がなかなか戻ってこない。
まったく、本の1冊すらまともに届けられないなど、無能の極みだ。
穀潰しだ。
生きているだけで罪だ。
風を作って試しに呪われた町の中の一軒の家を壊し、中にある物をいくつか町の外に出してみたが、町の外にさえ出せればそれで呪いの範疇から外れるとも考えたが、呪いの持続があるようで、私がその瓦礫に近づくと肩の花はもぞもぞと反応を示す。
これでは琉鬼が本を持ってきたとしても持つことすらできない。
だが、遠隔で魔法を駆使してページをめくって読むことはできる。
多少不自由だが、それでも可能だ。
その書籍を持って帰れば蓮花が本の呪いを解呪できる可能性もある。
蓮花自身もこの場所で色々と調べたいことがあるはずだ。
「それにしても、遅い」
中で何があったとは考えにくい。
ここには悪意を持つ者はいないからだ。
ここはサティアのように異形になり、物事の分別のつかない者たちしかいない。
食事をとることもない、繁殖もしない、ただ、地べたをはいずり回るだけで、ときどき新しい刺激があるとそちらに反応して寄っていくことはあるが、それ以外の行動はとらないはずだ。
――考えられる可能性としては、あの悲鳴を最後にショックのあまりに琉鬼が気絶している……
この町は迷うほど広い町ではない。
研究所もそれほど入り組んだ場所にある訳ではないはずだ。
それに研究施設というからにはそれなりに大きな建物。
そのくらいの当たりもつけられないようなら本当に使い物にならない。
私は意識を集中し、感覚を鋭敏にする魔法を展開した。
指をパチンと鳴らした音を増強させて遠くまで響かせ、その音の反響で物の位置やその形を耳で聞いて脳内でそのビジョンを組み立てる。
人間らしい死体がいくつもあるようだが、どれも白骨しているようだ。
白骨していない太った脂ぎっている中年男の場所を探す。
そしてそれを発見するのを阻害するように、異形の者たちと思われる者の動きが分かるが、それは琉鬼ではない様子。
異形の者の数は30……いや、50以上はいる。
死んでいる人間と異形になった者の区分は恐らく、死神を捕縛しようとした者か否かだろう。
だが、私の読みではこの町の人間は少なからず誰しもが死者を生き返らせる研究をしていた。
だから三神にとっては無実の人間などいなかった。
だから町全体が滅ぼされた。
――50人がかりで死神を捕縛しようとしたか、あるいは死者の蘇生をしたものの残骸なのか……何にしても呪われた町に変わりはないな
パチン……パチン……と指を定期的に鳴らして物の位置を正確に把握する。
すると、動いていない人型の大男が横臥している者がいることが分かった。
その場所めがけて私は水を生成して琉鬼の上に強めに落とした。
すると、琉鬼は再び変な声を出して起きたようだ。
逃げるようにこちらに向かって走ってくる音が聞こえる。
「魔王様ぁあああああ!!!」
その無様な声は聴覚を鋭敏にしている私にしては爆音に聞こえてすぐさま魔法を解除した。
「やかましい。異形を見たくらいで失神するな。異形がいるとあらかじめ言っておいただろうが」
「で……でも……! バケモノが……!」
「あれは元々人間だ。生きているのか死んでいるのかはっきりはしない存在だがな。これといって襲ってくる訳ではない」
「俺に向かって寄ってきたんですよ!」
「害意はない。ただ、どの程度自我が残っているか分からないが、物音や温度に反応して近寄ってくるだけだ。分かったらさっさと戻れ」
「嫌ですよ――――」
バシャン! バシャバシャバシャバシャバシャッ!!
連続で私は琉鬼に水弾を浴びせ続けると、琉鬼は泣きながら私に対して何度も謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさい、ごめんなさい! 『魔王様が魔王すぎる件について』……って小説を書き始めようかな……」
「訳の分からないことを言っていないでさっさと行ってこい」
「そんなぁ……俺、ホラー映画は苦手で……」
「いいか? お前のような呪いを受けない体質は珍しいのだ。お前は他に何の取柄もないが、逆に言うならその体質は他の何とも変えられない凄い才能だ。自信を持て」
私が少しコロコロと手の平で転がしてやると、琉鬼は水でビショビショになった顔についている一重の目をめいっぱい開いて輝かせた。
琉鬼を1度たりとも褒めた事のない私から褒められたことが、余程嬉しかったのだろう。
まるで、子犬のような純粋な目を輝かせて私を見つめている。
「ふっ……我はやはり選ばれし存在、神が与えし異能の才!」
いや、どちらかというと神らは一切関与していないイレギュラーなのだが。
と、言おうとも思ったが、琉鬼がやる気になっているところに水をさすのは――――と言っても、散々琉鬼には水を浴びせ続けていたが、よもや何も言うまい。
「その神の才とやらでさっさと行ってこい。私を待たせるなよ」
「分かりました! この伝説の勇者、行ってまいります!!」
あれほど怖がっていたのに元気を取り戻したのか、琉鬼は嬉々とした表情で呪われた町の中へと戻っていった。
「ふん……あんな冴えない者が伝説の勇者など、冗談ではない。あんなものが主人公では物語が全く華がない」
私のように、このような花も草も枯れ果てる呪われた町の近くであっても、炎のようにその場を照らし、かつ近寄りがたい気高さを放つ者こそ、物語の主人公に相応しいのだ。
「しかし、時間がかかるな……ここで待っているのも時間の無駄だ」
ここで時間を無為に使っても仕方がない。
『現身の水晶』をゴルゴタが持っているはずだ。
安否確認や、センジュが戻ったかどうかも含めて連絡してみるのも手だと私は考える。
『現身の水晶』を取り出し、私は相手を呼び出す。
「ゴルゴタ、聞こえるか?」
暫く返事がなかったので、私はゴルゴタを呼び続けた。
ゴルゴタがなかなか反応を示さないので嫌な予感がし、渾身の力を込めてゴルゴタを呼んだ。
「ゴルゴタ! 聞こえているなら返事をしろ!!」
「ンだよ!? うるっせぇんだよ!!」
威勢のいいゴルゴタの怒鳴り声が聞こえたので、私は一先ずは安堵した。
「聞こえているならさっさと返事をしろ」
「ふざけんな! 俺様に指図すんじゃねぇよ! ンでもって、下らねぇ用事だったらぶっとばすからなぁっ!?」
どうやらタイミングが悪かったのか、あるいはこれが通常の状態なのか分からないが、ゴルゴタは憤慨しているようだ。
これだけ元気なのであれば何も問題は起きていないのだろう。
「お前の安否確認だ。それとセンジュが帰ってきたかどうかも確認したい」
「はぁ? 俺様の安否確認だぁ? 頭でも打ったんじゃねぇかよ、クソ兄貴。俺様を誰が襲うってんだよ。そんな命知らずいねぇよ!」
お前の隣にいる女が一番危険なのだ。
と、言いたいところだが、サティアのことやら死神やらを引き合いに出さないと危険性を説明できないことを言うことはできない。
「今、蓮花は近くにいるか?」
「あぁ!? 今はいねぇよ!」
「蓮花は何をしている?」
「なんで俺様が兄貴の質問に答えなきゃいけねぇんだよ!?」
いないのならいないで都合がいい。
「随分虫の居所が悪いようだが、それはどうでもいい。お前、蓮花に何かされていないか?」
「あぁ? “何か”ってなんだよ」
「何もされていないならいいが、信用するなよ。あの女は少しもお前に心を開いてなどいない」
警告するものの、ゴルゴタはそれを一蹴して笑いだす。
「ヒャハハハハッ! 兄貴ぃ……何ビビってんだよ? 兄貴、蓮花ちゃんのことがこえぇのかぁ?」
「ふざけるな。お前に巧みに取り入って信頼を得ているようだが、あれは信用できない。隠していることが多すぎる」
「ふぅん? 別に俺様には不都合はねぇけどぉ……?」
あの女のせいで、お前は暴走させられる。
不都合でしかないはずだ。
それで、お前は殺されてしまうのだから。
仮に今も死にたいと思っているにしても、そんな死に方は望んでいないはずだ。
そう言いたくても、伝えることはできない。
「お前を襲うとしたらあの女だ。せいぜい寝首をかかれるなよ」
「ばっかじゃねぇの? アイツが俺様を裏切る訳ねぇだろ。俺様を裏切って毛のない猿側についた兄貴の方が信用できねぇ。つーか、アギエラ復活しねぇってなったらてめぇも用済みだ。鬱陶しいからもう帰ってくるなよ」
ゴルゴタは人間を滅ぼすことを諦めたのだろうか。
蓮花が「人間を滅ぼすのを諦める」と言ったときから、ゴルゴタはアギエラ復活の話はしてこない。
勇者が見つかったこともあってここのところはバタバタと忙しくしていた。
特に私は死神と接触したり、蓮花から色々聞いたりして状況の整理をしている最中だ。
ゴルゴタは別段変わったことはないだろうが、それでも人間を滅ぼそうという強い意志は以前よりも薄くなっているように感じる。
「…………お前は、人間を滅ぼすことへの執着を捨てたのか?」
「……どうだかな」
曖昧な言葉の返事であったが、もう執着がないことはすぐに分かった。
70年もずっと人間を滅ぼす執念を捨てなかったゴルゴタが、それほど長い間人間を皆殺しにすると断言していたのに、何故その執念を捨てたのか。
「お前は、何故私にアギエラ復活を命じないのか」
「命令したら従うタマかよてめぇは。それによぉ……毛のない猿をぶち殺し続けたら結局俺様が勇者にぶっ殺されるんだろ?」
「白羽根の連中の言いぐさではそうだろうな」
「俺様はそんな連中に負けるとは思ってねぇけどよぉ……そういう筋書きが決まってるんだってんなら、それはそれで気に入らねぇ。その筋書きをぶっ壊せるなら様子見してもいいと思ってるぜぇ……? キヒヒヒヒヒ……俺様を駒みてぇに使う連中についても調べてぇしなぁ……」
――ゴルゴタもやはり、気づいているか……
「お前も三神伝説について知っているのか?」
「バカにすんじゃねぇよ。俺様も兄貴の話聞いて何も気づかねぇ程鈍くねぇ……俺様が兄貴を追い出さねぇのは兄貴を使ってそいつらをぶっ潰そうって腹だからだぜぇ? なぁんにもしねぇのに城に置いてもらえるなんて甘い考えは捨てるこったなぁ……ヒャハハハハッ」
それは、ゴルゴタなりの照れ隠しなのかもしれないが、かといってそこまで言われて私も黙っている訳にもいかない。
あの城は私の城だ。
「バカなことを言うな。私の城だ。不満があるならお前が出て行け」
「あぁん? もうてめぇは俺様が引導を渡して魔王引退したんだぜぇ? 今は俺様の城だっての。てめぇは居候ってこった」
いや、元を辿れば私たちは兄弟であるのだから、私たちが同居していることには特に問題はないのだが、かといって王というのは1名だ。
王が2名いては意見が割れた時に民が混乱する。
そこで人間の王のことを思い出すが、ろくでもない者が王になると制する者がおらずに凄惨なものだ。
勇者免責などというどうしようもない制度を作る王もいる。
「こんなことを言うのは不本意だが、提案がある」
「嫌なこった」
何も言っていない私の提案に対してゴルゴタは否定の言葉を返してくる。
自分がやる分には何も感じないが、相手にされると異様に腹が立つ。
「まだ何も言っていない。まず話を聞け」
「どーせろくでもねぇことだろぉ……口を開けばろくでもねぇことしか言いやがらねぇからなぁ聞きたくねぇ――――」
聞きたくないと言っているゴルゴタの言葉を遮り、私は自分の話を構わず続けた。
「私は王の2名体制を作ろうと思うのだ」




