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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼
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センジュからサティアの話を聞きますか?▼(6)




【魔王城 96年前】


「助けて! イドールが息をしていないの!」


 クロザリルはすがるようにセンジュやルシフェル、蘭柳、アガルタを見た。


 だが、その誰しもがその状況を把握し、イドールの蘇生が絶望的であることを知っていた。


 だから、どうすることもできないのだ。


「クロザリルお嬢様……」


 誰も口を開かない中、センジュはそっとクロザリルに近づいて、懸命に心臓マッサージをしている手に触れる。


 口が裂けても言えないような残酷な事実を、センジュはクロザリルに伝えなければならなかった。


「心臓が動いていないのではりません……心臓が潰れてもう機能していないのです……」

「!」

「ですから、心臓マッサージをしても……イドール様が息を吹き返すことは絶対にありえません」


 センジュの言葉が信じられず、それでも手を止めないクロザリル。

 センジュの手を振り払い、涙を流しながら、嗚咽しながら、懸命に蘇生もどきの行為を続ける。


「嘘よ……そんなの嘘!」


 もう冷たくなり始めているイドールがもう生き返らないことくらい分かっていたのかもしれない。


 しかし、それを受け入れてしまったらクロザリルは耐えられない。

 耐えられないからこそ、まだその手を止めようとしないのだった。


「見ていられないですね……」


 先ほどの荒々しい口調から丁寧な口調にルシフェルは戻った。


 もう焦る必要はない。


 想定していた最悪の事態は既におこってしまったのだから。

 これから右往左往としても仕方がないことなど、とうに分かっている。


 ルシフェルは敵対する悪魔族の魔王、クロザリルに近寄った。

 センジュはすぐに臨戦態勢をとる。


 本来、まみえること自体が異質なこの2人、今のクロザリルを始末することなどルシフェルには容易いことであった。


「勘違いをされては困りますね、センジュ殿。わたくしはその書物を回収したいだけなのですから」


 イドールの血が付着してしまっている書物を指さし、ルシフェルは言う。


「これは、死者の蘇生術の研究の書ですかな?」

「…………」


 質問に対し、ルシフェルは答えない。


「あ…………ぎ……ぎぎ……が……」


 異形の姿になったサティアは、動かせる部位をバタバタと動かし、クロザリルの方へと向かって行こうとするが失敗し、ゴロゴロと変な方向に向かって転がって行った。


 それを見てルシフェルは頭を抱える。


「死の法に背くような禁忌の研究を天使族がされていたとは」


 この惨状が天使族のせいであると言わんばかりの皮肉を、センジュが頭を抱えているルシフェルに言っても、彼は否定の言葉は口にしなかった。


「はぁ……禁忌だからこそ、これは封印してあったのですがね」

「失敗作ではございませんか」

「いいえ。魔法式は完璧です。が、やはりはばむのは『死の法』……それをくつがえすことなどできないと言ったのに、この愚息ぐそくはそれを聞き入れず、書物を強奪していったのですよ」


 ――愚息ですって……?


 イドールは「上位天使の血筋」だと言っていたが、まさか最上位天使ルシフェルの血筋だとは知らず、センジュやクロザリルは呆気にとられたようにルシフェルの方を見た。


 納得にいかなかったことが線で繋がっていく。


 だから、わざわざ穢れを異常に嫌うルシフェルまでもが魔王城にまで出てきて、イドールを止めに入っていたようだった。


「全く、とんだ恥さらしです。わたくしの顔にこれほどまでに泥を塗るなんて。とんでもない穢れ。あれだけ止めたのにも関わらず……しかし、堕天するほどの愚息でも、わたくしの血筋。この魔法式が組めるとは思いませんでした。おかげさまで最悪の事態になってしまいましたよ」


 意味のない「声」を発するサティアを軽蔑する目で見た。


「見慣れたものですが、やはりその穢れの塊を見るとすさまじい嫌悪感を覚えますよ。死の法を犯した者の末路は、まったく……哀れなものですね」


 書物を拾い上げると、イドールの穏やかな死に顔を見る。


 複雑な気持ちがルシフェルにこみあげてきた。


 子供はイドールだけではない。

 だが、その誰よりも期待をしていた息子であった。


 なのに、こんな馬鹿な真似をして死んでしまった。


 ――死者の蘇生がいつの日か本当に成される日がくるかもしれない……


 そう考え、1つクロザリルに提案をした。


「…………ですが、いつの日か絶対的な死の法を覆す者が現れるかもしれないですね。それまで、その愚息の遺体をいい状態で保存しておきましょうか?」


 ルシフェルの意外な提案に、クロザリルは驚いた。


 だが、絶対的な法に対し無謀に犯そうとする者が果たして現れるだろうか。


 ただ、クロザリルにはもうこれ以上どうすることもできずにいる。

 またこのまま抱き留めていても、サティアのように腐って行ってしまうだけだ。


 だったら、天使族にそれが可能であるなら、いつの日かくるとも分からないその奇跡を待つ他なかった。


 それに、堕天までさせたとはいえここまで追ってくるようなルシフェルは、自身の息子の姿を哀れに思っているのだろうということも感じ取れる。


「畏れ多くも伺います、ルシフェル様。何故イドール様を堕天などさせたのでしょうか」


 丸く収まろうとしているところに、センジュは切り込んだ。


 堕天までさせて追放した愚息に、何故そのような施しを与えるのか疑問を持ったからだ。


「……そんなこと、あなた方には関係のないことです」

「いいえ……あるわ。だって、堕天しなければイドールは私と会わなかった……サティアも生まれなかった……こんな結末にならなかったもの……」


 クロザリルの言葉からは、拾いきれない程沢山の後悔があった。


 もし堕天していなければ、今もイドールは生きていたはずだ。

 今もクロザリルは魔王として退屈な毎日を送っていたはずだ。

 手に入れた幸せを粉々に壊されることもなかったはずだ。


 有耶無耶うやむやにして流すことも考えたが、この真剣な話を有耶無耶にして流せるような空気ではないので、ルシフェルはため息をつきながらも返事をした。


「…………愚息は、わたくしたち天使族と悪魔族の確執かくしつを、何とも思っていなかった。どれほどの天使と悪魔が、互いの戦争で死んでいったか……もうその溝を埋められるわけがないのです」

「……」

「なのに、その愚息は“天使も悪魔も同じ。翼の色が違うだけ”などと、禁句中の禁句をおおやけの場で、皆もいる中わたくしの前で堂々と言い放った。崇高なる白き翼と、穢れをまといし黒き翼を同列などと皆のいる前で言われては、いくらわたくしの息子といえど堕天の刑に処する他、他の天使をなだめるすべはなかったのです」

「そんなことで……」


 涙をこぼすクロザリルにとって、それは本当にどうでもいいようなことであった。


 厳格な純血主義であり、天使族を蛇蝎のごとく嫌う父のアッシュに育てられたが、それでもクロザリルの中には天使と悪魔のいさかいなど、どうでもいいことであったのだ。


 だからイドールと恋に落ち、そして結ばれた。


 翼の色が黒だとか、白だとか、そんなことに固執し、堕天させられたイドールが不憫でならなかった。


 いつか、どんな魔族も分け隔てなく過ごせる日はこないのだろうか。


 悪魔族のクロザリルが鬼族の蘭柳と、龍族のアガルタと友達になれたように、天使族 のイドールとクロザリルが夫婦めおととなれたように、そんな世界は訪れないのだろうか。


「あなた様もアッシュ殿の娘であるなら分かるはずです。如何に悪魔が天使を憎んでいるか、如何に天使が悪魔を憎んでいるかくらい」

「そんな古い話をいつまでも蒸し返し続ける方がおかしいのよ!」


 自らの拳を思い切り床に叩きつけ、クロザリルは声を震わせながら怒りをあらわにした。


「……誤解されては困りますが……これはわたくしだけの問題ではないのです。もうお互いに血を流し過ぎた。それに、決められた宿命さだめなのですよ」

「どういう意味?」

「多くは語れませんが……三神伝説がお一方、魔神様のご意向なのです」

「三神伝説? ふざけたこと言わないで!! この期に及んで――――」

「その耳の魔道具で嘘が見抜けるのでしょう? なら、わたくしが言っている意味も分かるはずですよ」


 涼しい表情をしているルシフェルを見て、クロザリルは確かに妄言の類ではないことを理解する。


「…………まるで、魔神に会って話をしたことがあるような言いぐさなのね」

「そこは想像にお任せいたしますよ。余計なことを喋ってしまうとわたくしが叱責されてしまいますのでね。さて、こんな穢れが支配している場所に長居したくありません。わたくしは書物とイドールを回収して立ち去ります」


 片手で書物を持ち、もう片方の手でイドールの身体を軽々と持ち上げ、ルシフェルはクロザリルに背を向けた。


「忠告しておきますが、その穢れの塊……“死者の成れの果て”にはあまり感情移入されない方がよろしいですよ。もう、死ぬことも生きることも叶わない呪いがかかっておりますから」


 ルシフェルが離れると、名残惜しそうにクロザリルはイドールの手を放した。


 去ろうとするルシフェルを、誰も追いかけようとはしなかった。


 待機させていた天使の軍勢を引き連れ、再び天使族の町へと戻って行く。

 何があったのかルシフェルは口にしなかった。


 だが、口にしなかったことで他の天使族らは何があったのか全てを察し、ルシフェルに問うことはせず、無言で戻って行った。


「が……ぎぎ……あぁ……あー……」


 声のようなものに反応し、その場に残った全員がサティアだった異形を見つめる。


 もう見る影もないサティアだった異形の者。

 それをクロザリルは愛おしそうに抱きしめる。


 異形の姿になり果てたが、それでも脈動があり、触れると暖かさが確かにあった。


「サティア……ごめんね」


 涙を流しながらその異形を撫でるクロザリルに、誰も言葉をかけられなかった。




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