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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼

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センジュからサティアの話を聞きますか?▼(4)




【魔王城 96年前】


 クロザリルは血まみれでバラバラになりかけているサティア()()()()()を魔王城へと持ち帰った。


 よもや、それが怒りなのか、悲しみなのか、落胆なのか、崩壊なのか、その感情が何かは分からない。


 ただ、その事実だけが無残に突きつけられるのみである。


 血まみれで、寝間着としていた服もボロボロになってしまっていた。

 それを気にする様子もなくクロザリルがまず魔王城へと帰った。


 クロザリルは絶望の淵にいた。

 視点が定まらず、何を考えたらいいのかも分からない。


 ――もう、何もかもどうでもいい……


 クロザリルは意気消沈している。


 最愛の娘のいなくなった世界は、まるで別の世界に来てしまったようだった。


「クロザリルお嬢様……」


 センジュはクロザリルに対し、つぶやくように語りかけた。


 カイの町の方角がやけに騒がしいとは感じ、嫌な予感がして帰ってきてみたらセンジュの想像していた通りの現実がそこにあった。


 クロザリルはセンジュの呼びかけに対して何の返事もしなかった。

 ただ、サティアだったものを抱きしめるだけだ。


 その冷たい身体は、ただの肉の塊になってしまっていると分かっていながら、それ以外にどうすることもできずに、クロザリルはサティアだったものを抱きしめ続けるしかできなかった。


 なんと声をかけていいか分からないセンジュであったが、1つ、明確な感情があった。


 それは激しい後悔であった。

 憎しみや悲しみも感じるが、1番強く感じるのはそれを守れなかった後悔だった。


 サティアが外に出る前に、止められなかったことを悔いる。


 だが、後悔は先に立たない。

 いつでも手遅れになってからそれはやってきて、自分たちを苛むのだった。


 しばらくしてからイドールが帰ってきた。


 その惨状を見て、イドールは泣きながらサティアとクロザリルを抱きしめる。


 イドールの泣く声だけがその場に響いた。


 そして、どれほど時が過ぎたか分からない時間が経過した。




 ***




【サティアが死んでから1週間後 魔王城】


“狂乱”という言葉が最もふさわしいと感じる。


 クロザリルは正気を失いかけており、暴れ始めたり、かと思ったら逆に糸が切れたかのように動かない等の状態に陥ったりしていた。


 サティアの身体は腐臭が漂い始めたが、埋葬をするという気にはならず、ずっとクロザリルが抱きしめていた。


 イドールは同様にふさぎ込んでいたが、クロザリルをなぐさめようとする気力はあった。


 だが、クロザリルは感情が酷く不安定になっており、イドールの言葉を理解しない。


 センジュは悲しみに打ちひしがれながらも、執事としてクロザリルやイドールの世話をした。


 食事を作ったり、庭の薔薇を選定したり、極力今まで通りの日常をなぞる様に行動していた。


 クロザリルが魔王城から一瞬でも出たことによる『血水晶のネックレス』の呪縛から解き放たれた魔族の暴動が数件あったと報告があったが、それは大きな問題にはならずに鎮火したようだ。


 どうすればクロザリルが立ち直るのか考えるが、到底立ち直るような状態ではなかった。


 だが、そんな不均衡な事態はいつまでも続くわけもなく、クロザリルの狂乱を見ていて居たたまれなくなったイドールは、何やら覚悟を決めた表情でクロザリルにできるだけ優しく話しかけた。


「クロザリル、大丈夫。僕がなんとかするから。少し出かけてくるね」


 その言葉に何の反応も示さないクロザリルのぼさぼさになっている髪を力なく撫で、イドールは魔王城の外へと向かって歩いた。


「どちらへ行かれるのですか?」


 呼び止められ、イドールは足を止めた。


 呼び止めたのはセンジュだ。


 何やらやけに勇ましい表情をしているイドールにセンジュは嫌な予感をまたしても感じていた。

 もし、その嫌な予感がまた当たるのなら、なんとしてでもここでイドールを止めなければならない。


「ちょっと、でかけてくるだけだよ」

「所要でしたらわたくしが行いますので、イドール様はクロザリルお嬢様のお側にいらっしゃってくださいませ」

「いや……僕にしかできないんだ」


 ますます嫌な予感がした。

 だが、確固たる意志を持つイドールを強く止めることはできないように感じる。


 拘束をすれば止められるかもしれないが、逆に言うならそこまでしないとイドールは止まるつもりはないということだ。


「何をなさるおつもりですか?」

「大丈夫。すぐに戻るから」


 そこで、強く止めればよかったと、後にセンジュは後悔する。

 このときもセンジュはイドールを止めることはできなかった。




 ***




【イドールが出かけてから数時間後】


 魔王城に訪問者が2名来た。


 2名はクロザリルとの幼馴染で、顔なじみの者たちであった。


 鬼族の蘭柳らんりゅうと、龍族のアガルタだ。


 アガルタはかなり大きな身体で、真っ赤な鱗が艶やかに光を反射している。

 その堅い鱗と、大きな角はアガルタの誇りであった。

 龍族は鱗の美しさと角の大きさや造形美で優劣が決まると言ってもいい。


 最後にこの2名に会ったのはサティアの生まれた後で、そのときはサティアの1歳になった祝賀会のときであった。


 その時からのあまりにも乖離かいりしている今の状況に両名とも険しい表情をして魔王城内を見渡す。


 クロザリルが暴れた跡がそのまま残っており、酷い有様になっていた。


「事情は伴侶のイドールから聞いているが、予想よりも酷い有様だな」


 険しい表情をして蘭柳は辺りを見渡した。

 突然の来客にセンジュは驚いたが、丁寧に2名を持て成す。


「イドール様がお2人を呼ばれたのですか?」

「あぁ、事情を聴いた。サティアが殺され、クロザリルが参っていると……天使はいけ好かないが、あぁも頭を下げられてはな……」

「そんなこと言って、クロザリルが心配できただけだろうが。かっこつけんなよ、蘭柳」


 アガルタが蘭柳に向かって呆れながらそう言うと、蘭柳は顔をわずかに赤らめながら焦って否定する。


「なっ……そんなことはない!」


 そんな話をしている間に、クロザリルのいる部屋の前へとたどり着く。


 軽く扉を何度か叩き、センジュがクロザリルに声をかける。


「クロザリルお嬢様、蘭柳様とアガルタ様がいらっしゃいました」

「…………」


 何の返答もないが、ここ最近はそれが普通だったのでセンジュはゆっくりとクロザリルの部屋の扉を開いた。


 扉を開くと、酷い匂いがしたので蘭柳とアガルタは顔を激しくしかめた。


 死臭が部屋に充満していたからだ。

 肉の腐った匂いで嘔吐しそうになるほどだ。


「クロザリル……」

「………………」


 やはり、誰が呼びかけても返事はなかった。


 それを見た蘭柳とアガルタは顔を見合わせ、悟った。


 ほぼ壊れてしまっていることを。

 そして抱き留めている腐っている肉を見ると、もうサティアの面影は長い金髪程度しか残っていない。


「クロザリル、今は無理でも受け入れていくしかない。起こってしまった事象は変わらない」


 冷たい言葉をアガルタは言った。

 だが、それに対してもクロザリルは何も返答はなかった。


「そろそろ、埋葬してやろう。そんなふうに抱きかかえていても、サティアは――――」


 話している蘭柳に向かって、容赦のない魔法が飛んできた。


 避けなければ蘭柳はバラバラになっていたかもしれない。


 それを肌で感じた蘭柳は、驚く以上に悲しい気持ちの方が強かった。

 クロザリルは自分がバラバラになって死んでもいいと思っていると感じるのは苦しいものだった。


 クロザリルは目に憎しみと悲しみをたぎらせ、蘭柳とアガルタを見る。


「放っておいて!!!」


 次々に魔法が飛んでくる。


 本気だ。

 本気の魔法がクロザリルから飛んでくる。


 それを全て避けきることはできないと判断したセンジュ含む3名は1度部屋から出ることにした。


 部屋の壁など、もうあってないような物になり果てていた。


 逃げるように3名は脱出する。


「あれでは手の付けようがない」

「だから私たちをイドールが呼んだというのに、私たちに対してもあんなに容赦のない攻撃……何も目に入っていないな」

「申し訳ございません、クロザリルお嬢様がお二方にご無礼を……」


 センジュは深々と頭を下げた。


「イドールは“時間を稼いでほしい”というようなことを言っていたが、何をするつもりなのだ?」

「時間を稼ぐ……でございますか?」

「そんなことは言っていたな。どうせ、ろくでもないことに決まっている」


 とはいえ、何をすればいいのか具体的に分からない状態の中、3名は困ったように立ち尽くしていた。


「お二方もお忙しい中ご足労いただいたばかりですし、まずお休みになられてください。ここまでいらっしゃるのにかなりの距離でございましたでしょうから」

「あぁ、丁度腹が減っていたところだ。我々は庭にいるから、適当に飲食物を持ってこい」

「全く、アガルタはこんなときでも遠慮がないな」

「イドールの無理を聞いてきたのだ。もてなされて当然だ」

「かしこまりました。食事の手配をいたしますので少々お待ちください」


 センジュは厨房の方へ、蘭柳とアガルタは魔王城の庭の方へと向かった。


 蘭柳とアガルタは庭へ向かう途中、相変わらず険しい表情をしている。


 アガルタが1歩進むたびにズシン、ズシンと地響きがした。


「クロザリルは昔から随分変わったな」

「そうだな。明るくなった。子供が出来てからだろうか。あるいはあの天使と出会ってからか」

「何にしても、俺たちでは変えられなかった。まだ俺たちもガキだったしな」

「……前魔王のアッシュが生きている頃は、息苦しい生活だったからな」


 そんな話をしながら歩いていると、魔王城の庭に出た。


 今日はよく晴れており、雲1つない青空だった。

 眩しい太陽の日差しに当たりながら、両名は一息をついた。


 日差しが暖かい。


 と――――一息ついている間に、何やら太陽の光が陰る。


 おかしい。今日は雲1つない晴天だというのに。


「蘭柳! アガルタ!」


 呼ばれた2人は声のした方を見上げると、イドールがいた。


 その後ろには大勢の天使の軍勢が武器を持ち、イドールを追っているのが見えた。




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