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勇者の名前は『魔王』でよろしいですか?▼  作者: 毒の徒華
第3章 戦争を回避してください。▼
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記憶野が破壊されますがよろしいですか?▼




【魔王城地下牢】


 アザレア一行は動かない身体で必死に首の上だけ蓮花の方を向け、蓮花の言った言葉の意味を必死に理解しようとしていた。


 記憶がない理由はこれまでに何度も考えたが、それが人為的なものであると言われると驚きを隠せない。


 だが、アザレア一行は心当たりがいくつかあった。


 全員の記憶がないこと、謎の地下施設にいたこと、全員の体毛が真っ白になってしまっていることなど、様々ある。


「……このタイプか……結構古い形式使ってる……遅れてるな……」


 蓮花は魔法を展開しながらその内容を読み込んでいく。


「……お前、解けるのか?」

「ええ、解除できますよ」


 ウツギの言葉に蓮花は片手間で返事を返す。


「じゃあ解いてくれ! 記憶を取り戻したいんだ! 何があったのか、自分が何なのか知りたいんだ!」

「そうですか……なら、気が散るので静かにしていただけますかね」


 やる気のない返事で蓮花は淡々と魔法式に目を通して解読を進める。

 ウツギは蓮花の冷たい言葉に口をつぐんだ。


 こんな状況にも関わらず、エレモフィラは同じ回復魔法士として蓮花に目を輝かせた。

 蓮花のその技術は見たこともない高度な回復魔法士であり、かなり古い形式を踏襲していながらも、基本を覆すような鮮やかなその魔法式に、天才と謳われ疎まれた自分と重なる姿を見た。


 だが、一定程度した後その作業を一旦やめてアザレア達に向かって問いかけた。


「ですが、いいんですか?」

「何がだ?」

「思い出したら、大変なことになるかもしれないですよ?」

「大変なこととはなんだ?」


 ウツギとイベリスが蓮花に向かって尋ねる。

 その問答にゴルゴタは退屈して、カリカリと腕を引っ掻き始める。


「あなた方が本当に伝説の勇者で、しかも記憶がないというのなら、あなた達は70年以上の記憶を失っていることになります。それも、悪意を持って記憶を封じられ、当時のままの姿でここにいる。それはとてつもなく恐ろしいことだと思いませんか?」


 前魔王が討たれてから70年経っていると聞いていたが、自分たちがその魔王を討った伝説の勇者らだとは分からなかった。

 自分たちが70年前の当事者だと気づいた衝撃は大きかった。


 イザヤは何が何だか分からない状態だったが、少しずつ頭の中で整理がついてきた。


「……それって、お前ら、伝説の勇者って……70年前に魔王を倒した後に失踪したあの伝説の勇者様御一行ってことか……?」

「失踪……?」

「そうだ。魔王討伐直後、その勇者ご一行は忽然と姿を消したんだ……」

「なんだ、お前、知らずにこの者らと一緒に行動していたのか?」


 いきなり現れた真っ白な4人組。


 何かが変だとイザヤも感じていたが、記憶がないというので何も聞き出すことはできなかった。


 それがかつての英雄だとはつゆほどにも思わなかったからだ。

 あれから70年も経って今、そのままの姿であることはないはずだと、常識では考える。


 アザレア達は何か思い出しかけているが、やはり何も思い出せない。

 途端に頭痛が襲ってきて思考を妨害する。


「無理に思い出さない方が良いですよ。魔法の中に、思い出しそうになったら脳の記憶野が壊れる魔法も組み込まれてます。余程思い出させたくないことがあるのでしょうね」

「何故お前はこの者らの顔を知らなかったのだ? 伝説の勇者であるなら顔くらいすぐに分かるだろう」


 メギドはイザヤに対してそう問いかける。


 メギドは母親を殺された者の顔や存在など思い出したくもないことであったことであるし、人間の王とした約束を違えるわけにもいかず、メギドも魔王城から出ることもできずに、伝説の勇者の問題は放置していた。


「伝説の勇者とは言いますが、その顔がよく分からないのは70年も前であることもさながら、過去の写真などはほぼないからでしょう。私も国の行事で何かのときに国の機密文書か何かで一瞬見ただけで、一般市民には全く情報はありません。国が徹底的に隠滅に加担していると見るのが妥当な線です」


 イザヤはそれを聞いて心当たりがあった。


 クロザリルを倒した伝説の勇者の話自体は耳にすることがあっても、その姿や素性は明確ではなかった。


 誰もが疑問を抱きながらも、結局年月が経ち、人々の記憶から忘れ去られているというのが現状だ。


 いまや、この姿を見てかつての英雄と知る者は一握りもいないだろう。


 そこでふと、オメガの街で出会った蛇使いの老婆のことをアザレアは思い出した。


 あの老婆の名前はセリーナ。


 あの時何か言おうとしていた。


 ――過去――――――――――――


「……あ……あんたたち、良く見たら……ぐっ……ぁ……はぁ……はぁ…………勇者連合会は……()()()()()()()()を隠してたってわけかい……」

「何? 俺たちのことを知ってるのか?」

「多分……ね……ごふっ……はぁ……はぁ……」


「知ってたら……どうだって……言うんだい……?」

「記憶がなくてな。私たちのことを知っているなら教えてもらおうか」

「へぇ……ごふっ……こふっ…………思い出さないほうがいいさ……思い出したら、あんた……たちは――――……っ………………」


 ――現在――――――――――――


 セリーナは「思い出さない方が良い」と言っていた。


 それに、アザレアの顔を見て何者なのか分かっていた様子だった。


 70年以上前から生きていた老婆は、アザレアたちの顔を覚えていたのだ。

 だからあのときそう言った。


 そう考えれば辻褄つじつまが合う。


「お前たちはどこから来た?」


 アザレアの思考を遮るようにメギドは問うた。

 その問いに、記憶にある事をポツリポツリとアザレアは話し出す。


「俺たちがいたのは……勇者連合会のオメガ支部の地下……何かの液体に入れられていた……」

「ともすれば、あの無職連中がお前たちを嵌めたのだろうな」

「俺たちは怯えられていた。何故だ……?」

「簡単なことだ。余程お前たちに酷い事をした自覚があったから、復讐を恐れたのだろう」


 倒れた状態のままアザレア達は考え込む。


 慌てて逃げて行ったあの姿や、その時の言動を鑑みてもそう言われると納得できてしまう。


 そうするとやり場のない感情が膨れ上がってきて、歯を食いしばるしかなかった。


「記憶を戻したら、理性が保てなくなるかもしれないですよ。話が本当なら、あなた方は勇者支部の人間に非人道的な扱いを受けていた」

「…………」

「私の憶測ですが……伝説の勇者を殺さず、捉えて、非常事態に備えてストックしていたという線が濃厚だと思います。いつまた平和が乱されるとも限らない関係性だった魔族と人間の間には、魔王を討ち倒した程の強力な切り札を持っておく必要があった」

「ふっ……馬鹿なことを……仮にそうだったとしても、私たちは無力で、あっさり捉えられてしまったではないか」

「その点は私も納得がいきませんね。伝説の勇者であったなら、ゴルゴタ様はあの時あなたの剣の傷が塞がることはなかったはず……何かが欠けているのです」


 欠けている何かは分からないが、ゴルゴタに対しての決定打とはならなかった。


 それは事実だ。


「70年経ち、ゴルゴタ様がメギドさんの平和な統治を破り、再び魔族と人間の争いになりました。今の腑抜けた勇者連中では魔族に全く歯が立たない。だから貴方たちは目覚めさせられたのですよ。再び魔王を倒してくれる切り札を勇者連合会は切った。しかし、カードの切り方が下手ですね……流石、無能の集まりの勇者連合会です」


 蓮花は自分の親指の皮を、ゴルゴタと同じように噛み始めた。


 蓮花も苛立っているのは目に見えている。

 メギドはその様子を見て、蓮花も勇者には手を焼いていたことが見て取れた。


「今は魔王討伐という大義名分でここへきてゴルゴタ様を殺そうとしましたが、記憶を取り戻せば復讐心に目覚め、他の勇者や国王にその矛先を向ける可能性すらあるのですよ」


 指を噛みながらも冷静に蓮花が諭す。


 メギドはそこで考えた。


 仮にそうなったという話は天使からは特に情報はなかった。

 人間同士が争い合いになる未来はなかったはずだ。


「……どの道、あなた方は私たちを生かしておくことはしないでしょう? それなら仮に記憶が戻っても、辿る顛末てんまつは同じはず」


 イベリスの言葉に、ゴルゴタやセンジュ、メギドは「そうだな」と考える。


 アザレア一行は魔王家の仇。

 そうやすやすと逃がすわけがない。


 だが、その言葉を聞いてゴルゴタはあることを思いついた。


「なぁ、こういうのはどうだぁ? 一旦記憶を戻して色々聞きだした後、俺様たちが気が済むまでこいつらを甚振いたぶり尽くして、俺様たちとの記憶だけを消して毛のない猿どものところに復讐に行かせるってのは……」

「な……なんだと!?」


 その場にいるゴルゴタ以外の全員が驚愕し、笑っているゴルゴタを睨みつける。


 メギドは再び思考を巡らせた。

 ゴルゴタの甚振り尽くすというのはおそらく数時間や数日の話ではない。


 何年もそれを続けようとするはずだ。


 だがゴルゴタは1か月足らずで何かのはずみで豹変してしまうらしい。


 ――この伝説の勇者らが関係しているのか……? だが、蓮花もセンジュも、ましてこの私のいるこの状況でこの者らがゴルゴタにとって何か決定打を撃てるとは思えない……


「記憶が戻った後のことなんざ知らねぇけどなぁ……こいつらが連中に恨みがあるってんなら、そこに放り込んじまっても一興じゃねぇかぁ……? ヒャハハハハッ! 記憶を弄繰り回すのはソイツもできんだよ。なぁ……?」

「確かにできますが……」

「ま、とりあえずそいつ等の記憶、戻してやれよ。どうなっちまうか楽しみだなぁ……キヒヒヒヒヒヒ……」


 ゴルゴタのめいを受け、蓮花は再びアザレアたちに話しかける。


「……記憶を取り戻したいというのなら、そうしますけど、どうされますか? その後どうなるか分かりませんよ」


 悩む一瞬の間もなく、アザレア一行全員が唯一稼働できる首を縦に振った。


「やってくれ。思い出したい。過去に何があったのか……俺たちの正体を思い出したいんだ」

「そうですか。メギドさんやセンジュさんもそれでよろしいですか?」

「あぁ……首から下は全く動かない状態になっているのだろう? ならば記憶を取り戻しても直ちに脅威にはならない。センジュも、今はその矛を収め、せめて殺すならば事の全容を聞いてからにしろ」

「……かしこまりました。メギドお坊ちゃまのご命令とあらば、矛を納めましょう……」


 全員の意見が一致したところで、蓮花は回復魔法を再度展開する。


「徐々に解除していきますが、記憶の想起によるショックで生命の危機に陥るような場合は中断します」


 蓮花の魔法によって、徐々にアザレアたちは記憶を取り戻していった。




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