本物かどうか確認して下さい。▼
【魔王城 蓮花の部屋】
蓮花はセンジュにサンプルの人間を運んでもらい、その人間をその辺の床に転がしてもらった。
蓮花の部屋には何人かの人間が横たえられている。
どれも実験体として使っているモノだ。
そのすべてが微動だに動かない。
死んでいるか、あるいは全身不随にされて横たえられている状態だ。
今運んできた人間もすぐに全身不随にし、動きを封じた。
ここ最近は人間で実験をすることができるので、今までの動物実験での地道な研究よりも色々と研究が捗る。
蓮花は見慣れたその風景に何も思うところはなかったが、その惨状を見たセンジュは顔をしかめた。
邪悪である一方、純粋である蓮花にどう接していいか分からない。
だが、排除しないのは蓮花に一縷の希望を見出しているからだ。
「蓮花様……少々よろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょうか?」
「わたくしの以前お願いした件は……叶いそうなのでしょうか」
その件について、少しばかり蓮花は思考を巡らせると少しの沈黙の後センジュに向き直って返事をした。
「…………ええ、私の感覚で申し上げるなら、95%程度の確率で成功するかと」
「危険を承知でのお願いです。どうか、お願いいたします」
センジュはそう言って、蓮花に対して深々と頭を下げる。
そう頭を下げられると戸惑ってしまい、蓮花はぼさぼさの髪を自身の手でくしゃくしゃと掻き、センジュから視線を外した。
「……分かりました。少し、1人で集中したいので、失礼ですが部屋の外に出ていていただけませんか?」
「かしこまりました。では、何かあれば申し付け下さい」
「お願いします」
丁寧にお辞儀をし、センジュは部屋の外へと出て行った。
出て行ったとはいえ扉を挟んですぐの廊下に立っているというだけで、視覚情報が遮られているに過ぎない。
センジュの耳なら蓮花が中で何をしているか、どういった動作をしているかお見通しだろう。
――…………
蓮花は考え事を始めた。
だが、考えても容易に答えは出せない。
手に持っている枯れている花を見つめると、まだ根元に絡めとられてとれた肉から血が滴っていた。
それを重要な書類が血に濡れないように紙を避け、散らかっている床の一角に置く。
蓮花は椅子にも座らず、散らかったその部屋の床に座り込んだ。
座り込んで、間近にいた勇者の器になる予定の男の様子を見た。
男は蓮花に懇願する目から涙があふれ出している。
――無意味だ……実に無意味な涙だ
この特徴のない男は生まれてから様々な経験を積み、夢を見て、そして幸せになれると思われ、親に産み落とされたのかもしれない。
あるいは、望まぬ妊娠によって生み出された産物なのかもしれない。
だが、自分が幸せになることを願っていたはずだ。
何か明確な目標がこの男にもあったのかもしれない。
それが崇高なものであるか、外道なものであるかは分からないが、蓮花はそれを知りたくもないし、蓮花本人が完膚なきまでの絶望に叩き落した。
もう何もかもが遅い。
くるところまで来てしまったのだ。
そう考え、この男を人間とみるのを辞めた。
ただの血と内臓のつまった皮袋程度にしか考えない。
――とりあえず、できることから1つずつ処理していかないと……
まず、勇者の身体の媒体の男の核を引きはがし、外側を元の勇者の容姿にしなければならない。
――……できることからやろう。核への干渉の方法はなんとなく分かっている。身体と核の結びつきの部分もなんとなくわかったから、ゴルゴタ様のご所望の勇者の外側を作るところから始めようか
勇者の身体となる者に近づき、ほぼ9割死んでいるその何の変哲もない男に魔法を展開し、核を剥がす作業を始めた。
男は声帯を切られている為、その激痛を表現する叫び声すら上げることすらできず、身体が跳ねて制動を失って暴れ狂っているが、蓮花は構わずそれを続けた。
――こんな風に殺す方法もあるなんて、回復魔法士として本当に失格だな
その暴れ狂っている男がフッ……と突然大人しくなり、核が剥がれたという感覚が蓮花にはあった。
「…………」
男の首元の頸動脈に手を当て、脈があるかどうか確認した。
「!」
蓮花は驚いた。
核がもうないにも関わらず、生命活動は続けている様子だった。
だが、男はどこを見ているのか分からない目で空虚を見つめ、口は半開きになってそこから唾液が漏れ出している。
更に、失禁し、独特の匂いに蓮花は少しばかり顔をしかめた。
――どうにも糞尿の匂いには慣れないな……
核のない状態で生きている者を見るのは初めてだ。
死んでいないのなら都合がいい。
このまま外側を掘り返してきた勇者の遺伝子情報を男に組み込んでいく。
まずは顔、そして身体。
身体に関しては筋肉の細胞が足りないので、筋肉がつくように食事をさせなければ無理だ。
だが、身体の情報など大したことではない。
限りなくその勇者の遺伝子情報に近く、そして記憶も可能な限り再現するしかない。
「うーん……」
勇者の脳の海馬部分がわずかに残っているものの、しかし生焼けになっていて腐敗が進んでいるので正確に復元するのは至難の業だ。
――まずは、この肉塊そのものをこの男の脳に直接埋め込んで……
蓮花は男の頭皮を魔法で剥がし、頭蓋骨を切開してから外した。
血がかなり滲み出ているが、止血をしながらそれを続ける。
元の男の脳の海馬部分を切除し、元の勇者の海馬を埋め込む。
死んでいる細胞を活性化し、本来の動きを少し取り戻させる。
細胞の一部を再生するのは死の法に抵触しない。
核をこの身体に入れなければ、身体の改造は問題ないはずだ。
そうして暫く蓮花はその男の身体のあらゆるところを改造した。
前魔王クロザリルを殺した勇者の姿になるように。
その作業に1時間から2時間程度がかかり、それがやっと終わった時に蓮花はその変わり果てた姿の男を見た。
「……こんな感じなのかな?」
一先ずはその変わり果てた男の腕に点滴をつけ、万が一にも逃げ出さないように拘束しておいた。
拘束せずとも全身不随で逃げられる訳がないのだが、勇者というものを自らの尺度に当てはめて考えてはいけないと、蓮花は男を厳重に拘束した。
集中力が切れたその後、蓮花は“ある事”を思い出し、再び考え事を始める。
――どうしたもんかな……
窓の外を見ようと窓に近づくと、柔らかい日差しが差し込んでいるところに身を当て、そのぬくもりを感じる。
こんなふうに落ち着く気持ちと、どうしようもないこの気持ちがせめぎ合う状態で、平常心を保っていられるわけがなかった。
蓮花が考え事をしていると、コンコンコンと部屋の扉がノックされた。
そこで蓮花の考えは一時的に遮られ、思考の世界から現実の世界へと戻ってきた。
「はい」
「蓮花様、少しご休憩を取られてはいかがでしょうか? お茶をお持ちいたしましょうか?」
「……いえ、私から目を離すとセンジュさんがゴルゴタ様に怒られてしまいますよ」
「ではご一緒にお茶を取りに行っていただけませんか? 自分で言うのもなんですが、お茶の腕前には自信があるのでございます。一度飲んでいただきたい。それに、根詰めすぎるのもよろしくないですし、気分転換です」
「…………わかりました」
蓮花は勇者の細胞と結合し、元の姿と大幅に変わってしまった男を見た。
外観の再現や記憶の再現に間違いはないはずだ。
それに、核も抜けている状態だ。
あとはここに元の勇者の核をいれれば前魔王を殺した勇者の完成。
記憶がどの程度残っているかは分からない。
核が入っていないので現段階では確認することができない。
部屋のドアを開けて蓮花がセンジュの前に顔を出すと、センジュはニコリと微笑みを浮かべて会釈をした。
「本日は何をされていたのですか?」
「勇者の器を作ってました。外側と内側をいじくりまわしましたが、私は元の勇者の顔は知らないのでいまいち成功しているかどうか分かりません」
勇者の話を聞くとセンジュの微笑みは消え、一瞬険しい表情になった。
センジュはクロザリルを殺した勇者に対して憎しみを抱いていた。
センジュ本人はとうに忘れたと思い込んでいるが、それは根深く憎しみの火は消えてはいなかった。
「……拝見させていただいても?」
ただならぬセンジュの声色に、蓮花は少しだけ恐れを感じた。
「ええ……見るも無残な状態になってますけどね」
部屋の中にセンジュが入り、勇者の姿を探す。
「どちらの方ですか?」
「それです」
蓮花が指を指した先の男を見たセンジュは顔をしかめる。
「この方が勇者だと……?」
「ええ。掘り返してきた死体の遺伝子情報を元に限りなく再現したものです。核は入っていないので完全に生き返った訳ではないですよ。とは言っても、核を無理やり剥がしても一応心臓などは動いているようですがね」
「…………」
横たわっている男の顔をマジマジと見つめるセンジュは、沈黙した。
何故沈黙しているのか、蓮花は想像した。
先代の魔王を殺された恨みから、その顔を見ると何も言葉が出てこないのだろうと。
だが、センジュが沈黙している理由はそんなことではなかった。
「蓮花様……恐れ多くもお尋ねいたしますが、遺伝子情報の元が間違っている……取り違えているということはありえますか?」
「掘り返してきた勇者の死体の遺伝子情報に間違いはありませんよ。そこに死体の大元がありますから、そこから採取したものを使っています」
センジュは掘り返してきた勇者の遺体を、今まで直接見ることはなかった。
蓮花が指さした方向にある土にまみれている遺体の骨の形状などを観察し、そして蓮花が作り上げた勇者の肉体と見比べる。
「どうかされましたか?」
「…………違いますね……」
「違う……とは?」
あのとき、クロザリルが殺されるその瞬間にセンジュはいた。
メギドとゴルゴタを逃がす為、一瞬しかその姿を見ていないが、勇者の顔や体系などは70年が経った今でもセンジュは覚えている。
その姿と、あまりにもその作られた男はかけ離れて違っていた。
「これは、違います。クロザリル様を手に掛けた勇者ではありません。背丈も違いますし、骨格も、顔も、髪の色も、何もかもが違います」
「すみません。私が間違えてしまった可能性があります。もう一度調べて――――」
「いえ、元の遺体の方の大腿骨の長さが、わたくしの記憶の勇者の方と明らかに違いますので、ただ単にこれは別人なのだと思います。蓮花様に落ち度はございません」
今でもセンジュは鮮明に思い出せる。
メギドとゴルゴタを逃がすため、犠牲になったクロザリルの姿を。
そして、その胸に剣を突き立てる勇者の姿を。
けして見間違えるわけがない。
「じゃあ……本物の勇者の遺体はどこに……?」