西東のバカ……
アコが退院する日が決まった昼下がりの中庭に車椅子を押す西東の姿があった。
「やっと車椅子ともお別れ出来るわ」
腕を組ながら車椅子に座るアコ。
「確かに長かったね。でも、アコがリハビリを頑張って歩けるまでになって良かったよ」
アコは手術後、数週間をベットの上で過ごし、更に半年のリハビリをしていた。
リハビリはアコのプライドを打ち砕く程に過酷であった。
普通なら天界人は数日で復活する。
しかしアコの体が再生を止めた事により行った手術とその後の天界人として活動が開始するまで安定期間、そして体が正常に蘇生を開始するのが確認出来てからの人工心肺の取り外しと心臓再生、一月の間に天界人には異例の2回の大手術を行われたアコの体は既に筋力などに回す力がなくなる程、弱体化していた。
その状態を長く維持していると身体にその状態が定着してしまうので、人間界式リハビリが開始されたのだ。
アコは毎日歩く練習をした。
最初は立つことが出来ない現実を受け入れ爪先に感覚を確りと伝達するマッサージから始まり、手の筋力を戻すために握力をつけるリハビリもした。
アコの足が少し上がるようになると歩行練習までは驚きのスピードで進んでいった。
リハビリのお陰で箸が使えるようになったと喜ぶアコの姿や一人で3歩進めた等、小さな喜びに包まれた時間でもあった。
ーー天界人のアコからすれば、これ程辛い時間はなかっただろう。
2度目の手術から少したち、アコのリハビリが始まって間もない時、ベットから車椅子に移動しようとするアコが軽く立ち上がろうとして、ベットから床に倒れた事があった。
直ぐに助けようとする西東に対し「お願い……一人でやらせて、大丈夫だから」
「大丈夫じゃないよ、取り合えずベットに戻ろう」
手を振れた西東にアコは泣きながら訴えた「やめてよ…… 大丈夫だよ、私、私自分で……」
「わかってる、助けるのは、これが最後なんだよね」
「……うう……うん」
西東は本当なら「大丈夫だよ」「アコな直ぐに良くなる」そんな言葉をかけてあげたかったが言葉を飲み込んだ。
「アコ、リハビリは辛いと思う、無理なら無理でいいんだ。僕はアコがそのままでもずっといるから、恨まれても構わない、無理なら今すぐ辞めていい」
「バカ、泣きたいのは此方よ。なんで西東が泣いてるのよ?泣くほど辛いなら言わなきゃいいのに……本当にバカ」
西東は真っ直ぐアコを見ながら涙を流していた。
床に涙が流れ落ち止まらない。
「だって、アコはいっぱい頑張ったんだ。もうアコが弱る姿を見れないよ、弱くてごめん、でも僕は……ごめん」
「西東、此方にきて」
アコに言われ西東がアコのベットに腰掛ける。
アコの細くなった手が西東の頭を撫でる。
そして弱々しい力でアコは西東の頭を自分の胸に当てた。
「わかる?私の心臓、今はちゃんと自分で動いてるの、一回なくなっちゃったけど、今はちゃんと此処にあるのよ」
西東は只目を瞑り、アコの心臓の鼓動を感じ、“トクトク”と言う音を聞く。
「うん、聞こえるよ…… ちゃんと聞こえる」
「西東、あと少しだから、もう少しだけ弱々しい私を見てて。ちゃんと頑張るからね」
アコは西東の涙をパジャマの袖で拭うとそっと西東の顔を自身に近付ける。
「泣き虫の西東に泣かない様におまじない」
そう言うとアコの手が西東の視界を際切った。
その日、僕は、初めてアコと口づけを交わした、キスと言うには一瞬で、お互いに我に返り顔を赤く染めた。
ーーヤバイ思い出しちゃった。
「どうしたの?顔赤いよ」
「何でもない、少し考え事してたんだ」
焦る西東を見てアコは少し剥れた。
「西東はこんなに頑張ってる私に言えないことがある訳ね!きっと疚しいことでもあるんだわ、浮気者ね、ふん!」
「違うってば、別に疚しくないし、浮気とかしないから」
ーーそれに、浮気者と言うか、まだ付き合ってないんだし……はぁ
「なら、何考えて赤くなってたのよ?」
「それは……耳かして」
西東がアコの耳元に移動する「何よ?」
西東がアコに口づけの事を話すとアコの顔が真っ赤になる。
「浮気じゃないけど……西東のバカ……」
そう照れながら呟くアコの姿に西東は更に赤くなっていた。




