第5話
放課後、輝夜は恐ろしく感じる気持ちを押し殺し、英語科準備室に入った。
他の英語の教師は、皆、谷本先生の通夜へ向かったのか留守だった。
「月影さん、そのダンボールをこっちに持ってきてくれますか?」
紫仙が言い、輝夜はそれに従って、入口の前に置いてあったダンボールを紫仙の方へ運んだ。
「ありがとう」
だが、輝夜はそれには答えずに言った。
「あなた……死神ですよね?」
紫仙がニヤリと笑った。
「いかにも――」
そう言って、紫仙は突然全身黒マント姿の死神に変身した。
悲鳴を上げそうになるのをこらえて、輝夜は訊ねた。
「人間の姿にもなれるんですか?」
「我々はどんな姿にもなれる。例えば――」
死神が高校の男子生徒の姿に変身し、それを見て思わず輝夜は息を飲んだ。その姿は、輝夜が片思いしている男子テニス部の藤野先輩の姿だった。
「この姿なら、俺との結婚を受け入れるか?」
藤野先輩の姿のまま、死神は輝夜の左手を取り、薬指に黒く輝く石の入った指輪をはめた。
「婚約指輪だ。これをつけている限り、他の死神から狙われることもない」
婚約指輪…。先輩の顔で、声で、そんなことを言われるとドキドキしてしまう。
でも違う。これは先輩じゃなくて死神だ。
「指輪なんていりません!」
輝夜が外そうとするがその指輪は外れなかった。
「死神の指輪は、俺か他の死神しか外すことはできない。また、その指輪が見える者も死神と指輪をつけている本人だけだ」
そう言って、死神は紫仙先生の姿に戻った。
「それなら、校則違反にもなるまい」
教師らしく紫仙姿の死神ははそう付け加えた。
「……どうして、私のクラスの担任になったんですか?」
「お前が俺から逃げ出さないように。昨日のように自殺しないように。元の担任を事故に遭わせて俺が担任になるよう仕向けた」
輝夜は驚愕のあまり声が出なかった。
「谷本先生が死んだのは…まさか…」
聞きたくなかったが、自分が聞かなければいけない気がした。
「俺が殺した。それが俺の仕事だ。いずれにせよ、次の休日に家族でドライブして家族もろとも死ぬ運命だった。家族が助かっただけでも感謝してもらいたいくらいだ」
紫仙の姿をした死神は淡々と答えた。
「何も……! そんなことで殺さなくても……!」
「今後も、お前が俺を拒み、俺から逃げようとするたびに、誰かを殺す。それを覚えておけ」
輝夜の背筋がゾッと寒くなった。
「言っただろう。2ヶ月後には、お前の方から俺の花嫁になりたいと懇願することになるだろうと」
「あなたの花嫁になんて、絶対ならない!」
輝夜は大声で叫び、英語科準備室を飛び出て、小走りにまっすぐ帰宅した。振り返ることすらできなかった。怖かったので昨日の近道は通らず、普通の遊歩道を歩いた。