なんの変哲もない手紙
「先生ーっ。コヘージくんが授業中に、お手紙を書いてましたー」
クラス一の陽キャ。キジカさんが授業後に手をあげて、そんなことを宣った。
満面の笑みに、やや尖った唇。手にはハートのシール付きの封筒。
したたたたっ、まるで忍者のような足どり。
ガタッ――机をさぐるも、紙ぺらが無い!
「え? いつの間にっ――ちょっと待ッ」
声が、うらがえった。
ドタバタタッ――必死にかけよるも、時すでにおそし。
陽キャは楽しそうに、忍者のような手つきで――しゅるるるるっ!
教壇へ向かって、お手紙を飛ばしてしまった。
ややななめ&左後方。死角からのピンク色。
ソレを見もせず、指二本で受けとる国語教師。
「手紙とは、コレのことか?」
五時間目の授業を終えた彼女が、くるりと教卓へ引きかえす。
「宛名はないようだが――シュパッ!」
ふところから取りだした短剣……短剣風のペーパーナイフで。
封筒をひらき、二つ折りの手紙を広げてみせる、年の頃は20代前半。
見た目はいつも、ちょっとした夜会に行くような、仕立てのよい装い。
生徒にもわかる特別な装いは、彼女が資産家であることをやんわりと伝えてくる。
ケモミミが突きでたような変わった髪型もあいまって、非常に素敵である。
そんな彼女が、ちょっとした刃物を片手に、ニタリと笑う。
その迫力に教室が、静まりかえった。
そしてアレは間違いなく、さっきまで僕の机の中にあった、原稿用紙だ。
「ふむ――妙齢の女性をあらわす表現として、正しいのかどうかまるで自信がない。だが――」
そんな文面を、よどみなく朗読しつつ。
黒板の下に立てかけられていた、折りたたみ式の踏み台が。
ドカッ――カシャン!
蹴飛ばされ、瞬時に機能を発揮する。
トンと踏み台に乗った妙齢の女性が、腕をのばす。
シュカッ――袖から飛びだすチョークホルダー。
カッカッカカカカカカカカカリカリカリカリリッ!
黒板、最上段から埋められていく、フォントのような文字。
正確な筆致、ざわめく教室。
「――立てば芍薬、座れば牡丹、あるく姿は百合の花などという――」
とまらなくなった、朗読ならびに板書。
書いていたのは手紙ではなく、よりにもよって小説の冒頭部分。
「先生、六時間目は、このままLHRで良いですか?」
おそらく青い顔をしてるだろう僕をしりめに、うしろの席の学級委員長が進みでた。
「――彼女の瞳は夏であり、太陽であり――LHRである」
明朝体(等幅)の印字が止まる。
委員長から、そっと手渡される黒板消し。
『LHRである』を消して、教室を振りかえる我が2年C組担任。
「日直は日誌と議事録をもって、6限開始3分前に集合するよーに♪」
ニチャァと舌なめずりをする、妙齢の国語教師。
ウチの担任は認知言語学とやらを修めた、博士(文学)であり。
御多分に漏れず、活字ジャンキーである。
昨今の国語教師は、そうでもなければ務まらない……のかもしれない。
奇しくも黒板横の、『本日の日直』欄。
右側に書かれた名は、雉呵さんで。
左側に書かれた名は、小丙路だった。
§
「それでは各自、休み時間に入ってくださーい」
という委員長の号令により、「ははーい」と解放される生徒一同。
がやがやがやがやや、わいわいわいのわい♪
「ヘージー、80円コーヒー要るかー?」
ウチのクラスのLHRは、基本的に飲みもの自由である。
「たのむー、あとで払うからー」
うぇーい。
教室を出て行く友人たち……陰キャやモブでは味気ないから合体させ、自分も含めて〝モブキャ〟と呼んでいる。
そして80円コーヒーというのは、西階段下の自販機で売ってる超お徳用で。
480㎖も入ってるが、ソコまでおいしくはない。
「あら良いわね。誰かアタシにも、コーヒーお願いできるー?」
印字の折りかえしで、踏み台をおりる妙齢。
ゆれるケモミミが、びょんと弾む。
教室へ振りかえるも、原稿用紙から目は離れない。
大ぶりの角形ホルダーから突きでた、炭酸カルシウム。
その尖った先端が、視線とともに狙いをつける。
「音声入力:電子決済コマンド/ジュース二本分譲渡」
(手が放せないので)口頭で入力された、個人決済システムが電子音を奏でた。
腕輪型デバイスが持ちあげられ、きらめく光彩。
おごるから自販機まで走れ、と言うことだ。
「じゃぁ、私行きまーす♪」
Ph.Dケモミミ氏と目が合い、名のりでる雉呵さん。
先生がいつも飲んでいるのは、職員室よこの自販機のやつだから――
なんと240円もするプレミアだ。
入学当初に一回飲んだけど、ただただ苦くて大人の味だった。
「ジカちゃん、私もおいしいコーヒーが飲みたぁいわ♪」
教卓に置かれたピンク色の空封筒を、つまみ上げる委員長。
何その甘えた声色。男子たちが震えあがってるじゃんか。
「わ、わかったわよ。もしも売り切れてたらナシだからねぇ――!」
スマホをかざし――チャリィーン♪
先生の腕輪から代金を受けとり、走りだす陽キャさん。
僕は雉呵さんの机の上から、日誌を回収し。
黒板よこの用具入れから、LHR議事録をひっぱりだす。
それを教卓の上に置きつつ、委員長の顔色をうかがった。
ズイと顔をのぞき込んでやるも、目をあわせない。
やっぱり委員長が、雉呵さんの差し金(いまのプレミアムコーヒー代で)で、僕の机から持ちだしたと考えるのが自然だ。
くそう、やってくれたな。
あと、なにそのカワイイ封筒。小説って言うのがバレなくて、良かったけどさ。
§
「これなんて、公開処刑?」
左右スライド式の引分式黒板上に、複写されたのは。
授業中にしたためた、原稿用紙2枚分。
「被告人は、まえへ」
委員長の冷徹な……いつもの声。
高校二年生にもなって、お誕生日席へ座らせられた。
手もとにはプレゼント……ではなくB5横書きの、400字詰め原稿用紙。
駅前の文具書店で、3冊198円だった特売品。綴られたのは偽装ラブレター。
突っかえされたのは紙ぺら一枚で、のこりの一枚は担任教師が。
いつまでも、ためつすがめつしている。
「ふぅ、もう好きにしてよ」
もはや観念するしか道はない。
せめて傷をあさく、嵐が過ぎさることに注力するのだ。
僕が書いていたのは、実のところ小説の冒頭だった。
この短編の締め切りは、本日17:59まで。
まったくもって、ついてない。
見つかった相手が、とても悪すぎたのだ。
窓ぎわの雉呵さんの席を、にらみつけてやる。
ニンニンと刀印をむすぶ、しぐさ。
くそう、ちょっとかわいい……じゃなくて、やってくれたなっ!
なにその忍者押し、君ん家は透波の家系なの?
彼女はこういう、いたずら好きなところが、たしかにある。
けれどこういう、人の恋路をからかうような、質の悪いことは絶対にしない。
つまりあの陽キャな女子生徒は、あの手紙(に偽装したの)が。
〝恋心をしたためた手紙〟などではなく、僕の創作物だと言うことを知っているのだ。
黒板全体の1/3サイズの、横スライド式黒板。
そこへ綴られたのは、なにを隠そう。
われらが2年C組担任教師、物部文虎――
その人を正確に的確に、冷静に客観的に。
私的に詩的に、指摘したものである。
この一枚目だけを見るなら、たしかにあの――
生徒だけでなく教師陣からも、絶大な人気をほこる――
猫のような容姿、猫のような性格、猫のような立ち振る舞い。
やや田舎の公立高校には到底、不釣り合いな。
明晰な頭脳を鼻にも掛けない、人となり。
すこし恐いけど実直でエキセントリックで、〝言葉〟に傾倒する美人。
そんな国語教師を褒め称え、愛を綴る文章にも見えるだろう。
この物語はただただ、惚れた相手の素晴らしさを謳っているのだから。
なんせモデルにしたのが、この国語教師その人で。
どういう解釈をしたとしても、性別身長体重。スタイルから普段の装いや話し方。
すべてが彼女を、謳っているのだ。
一匙の誇張や、一抹の憂いや照れかくしや、一切の忖度なしに。
授業中の彼女の容姿や様子や性格を、あますところなく正確に――だ。
書いた本人が言うのだから、まちがいない。
§
「出席番号6番、小丙路兵二少年」
「はい、何でしょうか?」
見つめ合う教師と生徒。
「君は私のことが、好きなのかね?」
「いえまったく……じゃなかった」
スッパァァァァァンッ――――♪
抜き放たれた伝家の宝刀。
厚紙製の聖剣ハリセンが、火を噴き。
僕の頭頂部から白煙が、立ちのぼる。
ガラガラガララララッ――スライド式の引分式黒板が、すっぱぁぁん!
横へ退かされた。
『破落戸まがいの傍若無人。口を開けば罵詈雑言、立てば癇癪座れば愚鈍。歩く姿は毒の花とまでいわれ』
あらわになる、小説の二枚目。
『そんな彼女の立ち振る舞いはまさに、唯我独尊であり、じつに不遜であり』
スッパァァァァァンッ――――♪
抜き身の伝家の宝刀。
厚紙製の聖剣ハリセンが、ふたたび火を噴き。
僕から白煙が、ふたたび立ちのぼる。
「痛ぃ……」
痛くはないが言っておく。
よろけたフリで鞄をさぐる。
まだだ、まだバレてない!
この小説の――本質は!
買った原稿用紙に、はさまってた――
〝募集要項〟が書かれた、あのチラシ。
鞄の中に入れたはずなのに――ガサゴソ。
見つからない、さがせさがせ。
見つかる前にアレだけは、処分しないと。
やばいやばい、どこいった!?
誰かが隠したのかぁ!?
そうなら、そのまま隠しておいてくれぇ!
「にゃぉぉぅぅぅん♪」
ん? 何いまの?
「なぁに、いまのカワイイ鳴き声?」
雉呵さんが反応した。
僕の空耳じゃないっぽい。
がやがやがや――っちいった――てっ!
わいわいわい――こちゃぁ――てー!
廊下が騒がしい。
コッチは、それどころじゃないんだって!
「ぅっぎゃぁぁぁぁぁっ――――!?!?」
足下に何かがまとわりついたので、叫んでしまった!
見ればそれは、うごめく灰色基調の短格子木目調床材!?
「ちがうっ!? ユールじゃんか!」
保護色におどろき、つい名前をよんでしまう。
力が強いから引き戸なんか、かるく開けて、どこにでも入ってくる。
壁下の換気窓がひとつ、開けられてた。
「小丙路んちの猫だ!」
そう、ウチの猫だった。
「あ、ホントだ!」
バレる!
この友人どもめ!
「ヨウラコットゥリン……普通の猫?」
背後から忍びよった認知言語学の大家が、巨大猫をスッと持ちあげた。
おとなしいままの大荷物を教卓へのせた、Ph.Dケモミミ氏が。
満足げな表情を浮かべる。
「ゴゥロゴロゴゥルゴロロロッ――にゃおぅぅん♪」
すさまじい重低音。
上機嫌なウチの猫が、くわえていた紙切れを落とした。
それは僕が探していた、チラシだった。
「おや? 君もボクに手紙をくれるのか……い?」
教卓の上、巨大家猫が落としたチラシ。
目を細めるケモミミ氏。
『わがままだけど超カワイイ♪
ついつい許しちゃう――我が家のプチ暴君、
家猫ちゃんモチーフの短編を募集しています。』
群がるクラスメートたちに、揉みくちゃにされ。
とてもチラシの回収は、叶わなかったOrz
§
「つまり?」
「自分ちの猫ちゃんモチーフの短編小説を書くのに」
「動物描写が苦手で」
「普段から横柄……じゃなくって」
「猫ちゃんのようにわがまま……ステキと定評のある」
「物部先生を、身代わりに」
「描写したと?」
「はい、ごめんなさい」
関係各位へ、謝罪した。
「にゃぁぁぁん?」
どしどしと、太い前足でチラシを踏みつける、ウチの猫。
肉球に踏まれる、長毛種の猫写真。
「あー、家猫って別の猫の気配を感じると、嫉妬するわよね」
委員長が助け船じゃねぇ……キラーパスだ!
「はい、有罪!」
本人により、言いわたされる判決。
ケモミミがピコピコとうごき。
アッシュグレーの髪を、なびかせた。
「フシャァァァッ――!」
ベロアのようなどっしりとした陰影が、尖った。
「プフフッ、浮気がバレた彼氏みたいだよー、コヘージ君♪」
そんな雉呵さんの所見など、聞くまでもない。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「意義なーし!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
クラス女子たちからの、満場一致。
罪状は、担任教師と飼い猫の。
乙女心×2を謀った、恋愛倫理規定違反。
そして背中から抜き放たれたのは、超絶ロングなハリセンソード。
スッパァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッァァァンッ――――♪
厚紙製の聖剣ハリセンが、爆煙を噴き。
僕の目から、大火花が飛んだ。
ちなみに先生そっくりの灰色巨大家猫のことを、先生はとても気に入ったらしく。
「また遊びにきても、良いのだぞ? あっ、でも危険の無いようにちゃんと裏山をとおって来――」
「にゃぉぅん、にゃおー?」
どうやら、会話が成立している。
認知言語学、パネェ!
短編の投稿はギリギリまにあって、ちょっとした賞と寸評をいただいた。
その内容でもまた後日、LHRが開かれたのだけど。
その話は、また今度。
小丙路兵二(こへいじへいじ)/出席番号6番。可も無く不可も無く、文芸部所属の一般生徒。
雉呵肴々緒(きじかななお)/出席番号20番。陽キャ。女子プロ野球リーグ花形選手の姉を持つ。
物部文虎(ものべふみこ)/海外の人文哲学研究所で10代から業績を残し、主席研究員としての実力を認められる。認知言語学(コグニティブ・リングスティックス)の分野で論文博士を取得し帰国、国語教師として赴任。現都立魚灘丘中須南高校2年C組担任。
委員長(いいんちょう)/出席番号47番。成績は普通だが、ディベート大会での優勝経験多数。
小丙路ユール(こへいじゆーる)/3歳児程度の図体とIQをもつタダの家猫。種はブリティッシュショートヘアと思われる。
聖剣ハリセン(せいけんはりせん)/銃刀法を遵守した近接戦闘用厚紙。ロングもあり、そちらは威力二倍。




