なんの変哲もない機械
「機械作動式のっ、〝あんドーナツ〟だ……とぉ!?」
俺は納品書をみて、絶句した。
何を馬鹿なと一蹴できたら、どれほど幸せだっただろうか。
ゴトリ。
応接テーブルに置かれたのは、あんドーナツではなく。
サッカーボールのような多面体……正十二面体か?
その天板部分に、まるいボタンが付いている。
「はぃ。ぉぃしくなぁれと誠心誠意、ご注文のぉ品ぉ作りぃました♪」
年の頃は、10歳よりは上。
獣のミミのような突起が付いた軍帽。
ワンピース型のセーラー服。
ただし右半身がシックな紫地に、黄緑の波線。
左半身がビビッドな色合いのオレンジ地に、青色の破線。
左足が軍用ブーツで、右足が白木の駒下駄(下町で爺さまが履いてそうな)。
まえに見たのとはちがう服だが、奇抜さにおいては、ほぼおなじ。
つまり、なにからなにまでチグハグで。
言葉はつうじても話がつうじない内面を、じつに良くあらわしていると言えた。
そして、どれくらい話が通じないのかと言えば――
俺は彼女に、注文などしたおぼえはない。
「ソレさ、足の高さがあってなくてあぶないから、スリッパ履きなさい」
土足で上がりこんだ少女の目のまえに、ひまわり柄のかわいいのを差しだすこと約30秒。
応答がないので、ソファーへ座らせ、靴と下駄を脱がせてやる。
もし、いま本当の来客や隣人や、かぎりなく可能性は低いが依頼人が駆け込んできたら――
いろいろ問題になる。
「ふぅーっ、これで良し」
内心叫びたいのをこらえ、スリッパを履かせることに成功した。
椅子へふかく腰かけ、壁のカレンダーを凝視する。
今日は、階下の古書店兼、関数電卓専門ショップ〝サンカイドー〟は定休日だ。
つまり、覚悟を決めねばならない。
この物理的不法侵入者には、〝猫のプラモデル〟を設計製造した前科がある。
その作りものの猫は、完成直後に「ニャァ」と鳴き――
いまサイドチェストの上で、プススピーと寝息をたてている。
まっくろでツヤツヤの毛並みはモフサラで、手ざわりが良くて。
じつに愛らしく、かわいい。
とても人肌を動力源とする、実物型模型には見えない。
チッ――――チカチカ。
正十二面体の角のひとつが、なにもしてないのに電気的な光を灯した。
つまり、時間的猶予もないようだ。
本日が第二木曜日でさえなければ、あの恐いもの知らずで――
無鉄砲で、向こう見ずで、押すなと言われれば、必ずソレを押す。
三階堂小瑠璃その人が、俺のかわりに、このボタンを押してくれたのに。
そう思わずにはいられない。
ちなみにココは三階。とうぜん階下は二階で、俺の名は百畳敷。
このフロアは〝百畳敷数理解析事務所〟兼サーバールームで、隣の一室が俺の部屋だ。
ややこしい気もするが、べつに普通の雑居ビル(四階建て)である。
二階には他に、ぬいぐるみ工房が入ってる、
一階はコスプレ喫茶兼エントランスになっており、駐輪場や地下駐車場への入り口なんかもある。
ちなみに最上階は長いあいだ借り手がなくて、住民の臨時倉庫として使わせてもらってる。
さて、応接テーブルに置かれた正十二面体へ、目を向けた。
いつまでも目をそらしても、いられないからだ。
「よしじゃあ、こうしよう。俺ぁ小腹が空いているが……今はちょっと手が放せなくてな。あとで食う……いただくことにする」
どうだ?
来客用ソファーに埋もれる少女の、微動だにしない視線(天板のボタンへ向けられている)と、チグハグな内面を必死に観察する。
「……ぁむぅ」
少女は、ちいさな口をひらきモグモグした。
「あとでいただく」と言った、俺の発言に反応したのだ。
よしよし、言葉に釣られただけの観念運動行為だが。
コレも立派な意思疎通と言える、さい先が良いぞ。
「じゃぁ、このサッカーボールみたいなのはいくらだい? また60円(税込)?」
そう、床に飛び降りたまま硬直した、〝黒猫の実物大プラモ〟を俺は。
ひょいとつまんで、少女へ差しだしてみる。
ソレを受けとるが、少女がいくら抱きかかえても、猫のプラモが動きだすことはなかった。
先週、突如として事務所内へ、姿をあらわした彼女は――
空中から、そこそこおおきなプラモの箱をとりだして――
こう言ったのだ。
§
「こんにちわ。本日は、ご注文のぉ品ぉお届けにまぃりました。代引き手数料込みでぇ60日本円になります♪」
応接テーブルに置かれたソレに、飛びついたのは――パカリ、どたどたたっ!
たまたま床下収納から這いでてきた(カップ麺をたかりにきた)、三階堂小瑠璃。
「なにソレ、なにコレ? カワイイカワイイっていうかぁ――この子もカワイイ❤」
蛍光イエローの派手な作業服姿、ボサボサ髪の女性に抱きつかれた少女がその腕を、スルリとすり抜けた。
まて、いま体をすり抜けたぞ、物理的に。
目と鼻の先で起きたトリックには、タネも仕掛けもないように思えた。
そもそもがドアにはチェーン、窓も閉まっていた。
背中を、つめたい汗がつたう。
密室への不法侵入(物理的)や、プラモの箱を空中から取りだす手品のみごとな手腕……ひらめいた。
「あーっ、君は一階の喫茶店の娘かい?」
それならこの奇っ怪な状況にも、説明がつくような気がしないでもないぞ。
ちなみに少女の服装は、見覚えのない図形があしらわれた、コスプレみたいで先進的なデザインのワンピースだった。
足には『数学研』と書かれた、左右で大きさがちがうサンダル。
「こちらが、納品書になぁりますぅ♪」
差しだされたA5程度の紙切れ。
『納品書 〇月△日
百畳敷数理解析事務所 御中
アトリエ・レアショップ
品名/仕様 数量 単価(税込) 金額(税込)
――――――――――――――――――――――――
1.任意の生物を模した実物型プラスチック模型
1 60円 60円
――――――――――――――――――――――――
小計: 60円
送料: 0円
代引き手数料: 330円
出品者負担割引: -330円
――――――――――――――――――――――――
合計金額: 60円』
「えっ!? このかーわいープラモ、60円なのぅ?」
横から首を突っこむ、不法侵入者2号。
「はぃ、人のぉぬくもりがぁ動力源とするぅワンオフ品です。誠心誠意、ご注文のぉ品ぉ作りぃたしました♪」
口角がかすかにうごいた。ひょっとしたら、笑ったのかもしれない。
ちなみに、ご注文はしていない。
「買う買うっ、私が買ったー!」
即座に個人決済される、プラモ代金――チャリィーン♪
その作業服女はウチの事務所の、所員でも何でもないんだが。
余計なことは言わなかった。
「うわっ、おヒゲも肉球もあるぅ――♪」
勝手しったるサーバールームから、プロ用工具を持ちだす作業服女。
そんな得体の知れないものを、よく触れるものだ。
無鉄砲にもほどがあるが、考えてみりゃ――
§
前回は、あの電卓バカがいてくれて、命までも助かったのかも知れない。
さっき靴を脱がせたときに、ひっかかった違和感。
「ひぃ――!?」
ソレに気づいてしまい、息をのんだ。
なぜなら彼女の足には、影がなかったのだ。
影がない――古今東西ありとあらゆる伝承や伝奇に、顔をだす。
人外を代表する、ファクターのひとつ。
そう意識した瞬間――すぅぅぅぅ。
ソファーの影がうごめき、少女に吸いとられた。
ぐりんと向けられる、あどけない表情。
その美しさは、人間のソレではない。
じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ?
間がもたない。息のしかたもわすれた。
今日さしだされた、A5程度の紙切れ。
『納品書 〇月□日
百畳敷数理解析事務所 御中
アトリエ・レアショップ
品名/仕様 数量 単価(税込) 金額(税込)
――――――――――――――――――――――――
1.機械作動式あんドーナツ
1 60円 60円
――――――――――――――――――――――――
小計: 60円
送料: 0円
代引き手数料: 330円
出品者負担割引: -330円
――――――――――――――――――――――――
合計金額: 60円』
おれの無骨でスマートではない演算時計を、紙切れにかざした。
チチッ――【機械作動式あんドーナツ】――チャリィーン♪
納品書が読みとられ、個人決済された。
せめて決済画面が出て消える、ほんの数秒だけでも。
少女の視線から、逃れたかったのだ。
彼女が人知のおよぶ存在ではないことは、わかっていたのだが。
少女の足もとの影が、ぐるりと蠢いた気がした。
もうすでに彼女の存在をしめす印は、もみ消されてしまった。
カチリ。
少女の感情の発露のない瞳から、のがれるべく凝視していた。
正十二面体、よくある12面サイコロとおなじ形。
正五角形12枚でできた、数学的にそこそこ安定した形。
500円玉ぐらいの、まるい出っぱりが綺麗さっぱり……無くなってる?
「押してない押してない、俺はただ見てただけだろっ!?」
それともいつの間にか、おれの目力で押してしまったんだろうか?
正十二面体の天板の五角形が、ぐーるりと。
反時計まわりに沈んでいく。
チチッ――俺の手首をつらつら流れていく数式は――
『X1T = ( (1 - K) * (8 * (1 + 0.005 * cos(5 * T))) + K * 8 ) * cos(T)
Y1T = ( (1 - K) * (8 * (1 + 0.005 * cos(5 * T))) + K * 8 ) * sin(T)
X1T = (8 * (1 + 0.005 * cos(5 * T))) * cos(T)
Y1T = (8 * (1 + 0.005 * cos(5 * T))) * sin(T)
X1T = 8 * cos(T)
Y1T = 8 * sin(T)』
まさに目の前の機械式あんドーナツが、変形していくようすを表しているっぽい。
カラン♪
12面サイコロが、平たい皿になったとき。
パルルルルルルルルン――バスンバフン――ギキィィッ♪
外からいつもの騒音が、聞こえてきた。
§
騒音の発生源は、レトロスクーターだ。
三階堂小瑠璃の愛車である。
奴はウチのサーバーの、保守点検を担当。
俺は奴の愛車の、保守点検を担当。
持ちつ持たれつ、何とか協力して生活している。
ピンポピンポピポピポピポピー♪
「やーかましーなっ!」
放っとくとまた、階下天井うらから侵入、換気ダクトを経由。
勝手に取りつけたハッチをくぐりぬけ、床下収納から顔を出すに決まっている。
「おまえ今日は、定休日だろーが!?」
ドアチェーンをはずし、ドアをあけた途端に。
がさりっ、紙袋を押しつけられた。
「商店街を走ってたらさ、急にバニラちゃんの調子がわるくなっちゃってさぁ――すぐに直ったんだけど」
バニラちゃんというのは、奴の愛車の名前である。
イタリア製の2005年式。自動変速125㏄のレトロスクーター。
車体はアイボリー、シートがブラウンの上品なカラーリング。
死蔵されていたパーツを潤沢につかった、ほぼオーバーホール済の一品。
うむ今の、この事態を切り抜けられたなら――プラグの交換でも何でもしてやるぞ。
がさがさ――袋の中身は商店街輸入雑貨店の、最安値インスタントコーヒー。
わが事務所御用達の、いつもの品である。
レシートの下に、ちいさなパックが載せられてる。
「あーっ、このあいだの、かわい子ちゃんだっ!」
ちいさなパックは菓子のようで――どたどた!
駆けもどってきた奴に、手をつっこまれ、むしり取られた。
「だめっすよ。お皿だけだして、肝心のオヤツをわすれてちゃぁ!」
皿のうえに、フタをあけた透明のパックがのせられる。
ソレは小ぶりの〝あんドーナツ〟だった。
「はぁぁぁぁっ――――なっんだよぉ、そーいうオチかょ」
正十二面体が皿になって、スクーターへの干渉により隣人を召喚。
じつに日常的な手管により、あんドーナツを持ってこさせたわけだ。
今回は、猫のプラモが人の体温で動きだすような。
とんでもなく突飛なことは、起こらなかった。
たすかる、超たすかる。
少女の正体がわかったわけではないのだが、やっと生きた心地がした。
カチリ。
え? いま音した?
なんの音だよ?
チチッ――俺の手首をつらつら流れていく数式――
パルルルルルルルルン――バスンバフン――ギキィィッ♪
そとからいつもの騒音が、また聞こえてきた。
「あれっ!? 私のバニラちゃんそっくりの音だ?」
窓へ駈けよる、そのオーナー。
まてまて、ひやり。
みれば少女の指が機械式あんドーナツの、500円玉みたいなボタンに向かって伸びていた。
「あれぇー!? なんで私のバニラちゃんが止まってるのぉ――なんでなんでぇー!?」
開けられた窓から聞こえてくるのは、まちがいなく三階堂小瑠璃の声。
まてまてまてまて、ひやひやひやり。
もぐもぐもぉぐ。
あの小ぶりな感じじゃ、一撃だったかぁ!
もう一度、押されようとしていた、ちいさな手を――
俺は必死に、つかんで止めた。
§
あんドーナツを二個食べた少女は、満足したのか来たとき同様、音もなく消えた。
あれ以上のおかわりを阻止できたことは、不幸中の幸いだったと言えよう。
この際、あるものはしかたがない。
せめて、これ以上増やさない努力をすべきだろう。
三階堂小瑠璃は増えたままだが、なんとか仲良くやっている。
尋常ではない無鉄砲さが、功を奏したのだろう。
常人である俺なら、絶対に病んでるところだ。
機械作動式あんドーナツは、ボタンが二度と押されないように。
コーヒーのフタでガードしたうえから、ダクトテープでぐるぐる巻きにした。
電池もはずしてサーバールーム最奥の、拡張スペースに厳重に保管してある。
そしてウチの事務所には色とりどりの、お菓子コーナーが設けられた。
俺や事務所や隣人、ひいては人類の安寧を――
守ってくれると信じて。




