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なんの変哲もない話  作者: スサノワ


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1/2

なんの変哲もない機械

「機械作動式のっ、〝あんドーナツ〟だ……とぉ!?」

 俺は納品書をみて、絶句した。

 何を馬鹿なと一蹴できたら、どれほど幸せだっただろうか。


 ゴトリ。

 応接テーブルに置かれたのは、あんドーナツではなく。

 サッカーボールのような多面体……正十二面体か?

 その天板部分に、まるいボタンが付いている。


「はぃ。ぉぃしくなぁれと誠心誠意、ご注文のぉ品ぉ作りぃました♪」

 年の頃は、10歳よりは上。

 獣のミミのような突起が付いた軍帽。

 ワンピース型のセーラー服。

 ただし右半身がシックな紫地に、黄緑の波線。

 左半身がビビッドな色合いのオレンジ地に、青色の破線。

 左足が軍用ブーツで、右足が白木の駒下駄(下町で爺さまが履いてそうな)。

 まえに見たのとはちがう服だが、奇抜さにおいては、ほぼおなじ。


 つまり、なにからなにまでチグハグで。

 言葉はつうじても話がつうじない内面を、じつに良くあらわしていると言えた。

 そして、どれくらい話が通じないのかと言えば――

 俺は彼女に、注文などした(・・・・・・)おぼえはない(・・・・・・)。


「ソレさ、足の高さがあってなくてあぶないから、スリッパ履きなさい」

 土足で上がりこんだ少女の目のまえに、ひまわり柄のかわいいのを差しだすこと約30秒。

 応答がないので、ソファーへ座らせ、靴と下駄を脱がせてやる。

 もし、いま本当の来客や隣人や、かぎりなく可能性は低いが依頼人が駆け込んできたら――

 いろいろ問題になる。


「ふぅーっ、これで良し」

 内心叫びたいのをこらえ、スリッパを履かせることに成功した。

 椅子へふかく腰かけ、壁のカレンダーを凝視する。

 今日は、階下の古書店兼、関数電卓専門ショップ〝サンカイドー〟は定休日だ。

 つまり、覚悟を決めねば(・・・・・・・)ならない(・・・・)。


 この物理的不法侵入者(・・・・・・・・)には、〝猫のプラモデル〟を設計製造した前科がある(・・・・・)。

 その作りものの猫は、完成直後に「ニャァ」と鳴き――

 いまサイドチェストの上で、プススピーと寝息をたてている。

 まっくろでツヤツヤの毛並みはモフサラで、手ざわりが良くて。

 じつに愛らしく、かわいい。

 とても人肌を動力源とする(・・・・・・・・・)、実物型模型(・・・・・)には見えない。


 チッ――――チカチカ。

 正十二面体(ドデカヘドロン)の角(かど)のひとつが、なにもしてないのに電気的な光(パイロットランプ)を灯した。

 つまり、時間的猶予も(・・・・・・)ないようだ(・・・・・)。


 本日が第二木曜日でさえなければ、あの恐いもの知らずで――

 無鉄砲で、向こう見ずで、押すな(・・・)と言われれば、必ずソレを押す(・・・・・・・)。

 三階堂小瑠璃(さんかいどうこるり)その人が、俺のかわりに、このボタン(・・・・・)を押してくれたのに。

 そう思わずにはいられない。


 ちなみにココは三階。とうぜん階下は二階で、俺の名は百畳敷。

 このフロアは〝百畳敷数理解析事務所〟兼サーバールームで、隣の一室が俺の部屋だ。


 ややこしい気もするが、べつに普通の雑居ビル(四階建て)である。

 二階には他に、ぬいぐるみ工房が入ってる、

 一階はコスプレ喫茶兼エントランスになっており、駐輪場や地下駐車場への入り口なんかもある。

 ちなみに最上階は長いあいだ借り手がなくて、住民の臨時倉庫として使わせてもらってる。


 さて、応接テーブルに置かれた正十二面体(ドデカヘドロン)へ、目を向けた。

 いつまでも目をそらしても、いられないからだ。


「よしじゃあ、こうしよう。俺ぁ小腹が空いているが……今はちょっと手が放せなくてな。あとで食う……いただくことにする」

 どうだ?

 来客用ソファーに埋もれる少女の、微動だにしない視線(天板のボタンへ向けられている)と、チグハグな内面を必死に観察する。


「……ぁむぅ」

 少女は、ちいさな口をひらきモグモグした。

 「あとでいただく」と言った、俺の発言(ことば)に反応したのだ。


 よしよし、言葉に釣られただけの観念運動行為だが。

 コレも立派な意思疎通と言える、さい先が良いぞ。


「じゃぁ、このサッカーボールみたいなのはいくらだい? また60円(税込)?」

 そう、床に飛び降りたまま硬直した、〝黒猫の実物大プラモ〟を俺は。

 ひょいとつまんで、少女へ差しだしてみる。

 ソレを受けとるが、少女がいくら抱きかかえても、猫のプラモが動きだすことはなかった。


 先週、突如として事務所内へ、姿をあらわした彼女は――

 空中から、そこそこおおきなプラモの箱をとりだして――

 こう言ったのだ(・・・・・・・)。


   §


「こんにちわ。本日は、ご注文のぉ品ぉお届けにまぃりました。代引き手数料込みでぇ60日本円になります♪」

 応接テーブルに置かれたソレに、飛びついたのは――パカリ、どたどたたっ!

 たまたま床下収納から這いでてきた(カップ麺をたかりにきた)、三階堂小瑠璃(むてっぽう)。


「なにソレ、なにコレ? カワイイカワイイっていうかぁ――この子もカワイイ❤」

 蛍光イエローの派手な作業服姿、ボサボサ髪の女性に抱きつかれた少女がその腕を、スルリとすり抜けた。

 まて、いま体をすり抜けたぞ、物理的に。

 目と鼻の先で起きたトリックには、タネも仕掛けもないように思えた。


 そもそもがドアにはチェーン、窓も閉まっていた。

 背中を、つめたい汗がつたう。

 密室への不法侵入(物理的)や、プラモの箱を空中から取りだす手品のみごとな手腕……ひらめいた。


「あーっ、君は一階の喫茶店の娘(こ)かい?」

 それならこの奇っ怪な状況にも、説明がつくような気がしないでもないぞ。

 ちなみに少女の服装は、見覚えのない図形があしらわれた、コスプレみたいで先進的なデザインのワンピースだった。

 足には『数学研』と書かれた、左右で大きさがちがうサンダル(つっかけ)。


「こちらが、納品書になぁりますぅ♪」

 差しだされたA5程度の紙切れ。

『納品書                〇月△日

 百畳敷数理解析事務所 御中

              アトリエ・レアショップ

 品名/仕様      数量 単価(税込) 金額(税込)

 ――――――――――――――――――――――――

 1.任意の生物を模した実物型プラスチック模型

             1  60円   60円

 ――――――――――――――――――――――――

                小計:   60円

                送料:    0円

            代引き手数料:  330円

           出品者負担割引: -330円

 ――――――――――――――――――――――――

              合計金額:   60円』


「えっ!? このかーわいープラモ、60円なのぅ?」

 横から首を突っこむ、不法侵入者2号。

「はぃ、人のぉぬくもりがぁ動力源とする(つたわる)ぅワンオフ品です。誠心誠意、ご注文のぉ品ぉ作りぃたしました♪」

 口角がかすかにうごいた。ひょっとしたら、笑ったのかもしれない。

 ちなみに、ご注文はしていない。


「買う買うっ、私が買ったー!」

 即座に個人決済される、プラモ代金――チャリィーン♪

 その作業服女はウチの事務所の、所員でも何でもないんだが。

 余計なことは言わなかった。


「うわっ、おヒゲも肉球もあるぅ――♪」

 勝手しったるサーバールームから、プロ用工具を持ちだす作業服女。

 そんな得体の知れないものを、よく触れるものだ。

 無鉄砲にもほどがあるが、考えてみりゃ――


   §


 前回は(・・・)、あの電卓バカがいてくれて、命までも助かったのかも知れない。

 さっき靴を脱がせたときに、ひっかかった違和感。

「ひぃ――!?」

 ソレに気づいてしまい、息をのんだ。

 なぜなら彼女の足には、影がなかった(・・・・・・)のだ。


 影がない――古今東西ありとあらゆる伝承や伝奇に、顔をだす。

 人外を代表する、ファクターのひとつ。

 そう意識した瞬間――すぅぅぅぅ。

 ソファーの影がうごめき、少女に吸いとられた(・・・・・・・・)。


 ぐりんと向けられる、あどけない表情(かお)。

 その美しさは、人間のソレではない。

 じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ?

 間がもたない。息のしかたもわすれた。


 今日さしだされた、A5程度の紙切れ。

『納品書                〇月□日

 百畳敷数理解析事務所 御中

              アトリエ・レアショップ

 品名/仕様      数量 単価(税込) 金額(税込)

 ――――――――――――――――――――――――

 1.機械作動式あんドーナツ

             1  60円   60円

 ――――――――――――――――――――――――

                小計:   60円

                送料:    0円

            代引き手数料:  330円

           出品者負担割引: -330円

 ――――――――――――――――――――――――

              合計金額:   60円』


 おれの無骨でスマートではない演算時計(データ・ウォッチ)を、紙切れにかざした。

 チチッ――【機械作動式あんドーナツ】――チャリィーン♪

 納品書が読みとられ、個人決済された。

 せめて決済画面が出て消える、ほんの数秒だけでも。

 少女の視線から、逃れたかったのだ。

 彼女が人知のおよぶ存在ではないことは、わかっていたのだが。

 少女の足もとの影が、ぐるりと蠢(うごめ)いた気がした。

 もうすでに彼女の存在をしめす印(ファクター)は、もみ消されてしまった。


 カチリ。

 少女の感情の発露のない瞳から、のがれるべく凝視していた。

 正十二面体(ドデカヘドロン)、よくある12面サイコロとおなじ形。

 正五角形12枚でできた、数学的にそこそこ安定した形。

 500円玉ぐらいの、まるい出っぱりが綺麗さっぱり……無くなってる?


「押してない押してない、俺はただ見てただけだろっ!?」

 それともいつの間にか、おれの目力で押してしまったんだろうか?


 正十二面体の天板の五角形が、ぐーるりと。

 反時計まわりに沈んでいく。

 チチッ――俺の手首(データ・ウォッチ)をつらつら流れていく数式は――

『X1T = ( (1 - K) * (8 * (1 + 0.005 * cos(5 * T))) + K * 8 ) * cos(T)

 Y1T = ( (1 - K) * (8 * (1 + 0.005 * cos(5 * T))) + K * 8 ) * sin(T)

 X1T = (8 * (1 + 0.005 * cos(5 * T))) * cos(T)

 Y1T = (8 * (1 + 0.005 * cos(5 * T))) * sin(T)

 X1T = 8 * cos(T)

 Y1T = 8 * sin(T)』

 まさに目の前の機械式あんドーナツ(ドデカヘドロン)が、変形していく(モーフィングする)ようすを表しているっぽい。


 カラン♪

 12面サイコロが、平たい皿になったとき《・・・・・・・・・・・》。


 パルルルルルルルルン――バスンバフン――ギキィィッ♪

 外からいつもの騒音が、聞こえてきた。


   §


 騒音の発生源は、レトロスクーターだ。

 三階堂小瑠璃(さんかいどうこるり)の愛車である。

 奴はウチのサーバーの、保守点検(メンテ)を担当。

 俺は奴の愛車の、保守点検(メンテ)を担当。

 持ちつ持たれつ、何とか協力して生活している。


 ピンポピンポピポピポピポピー♪

「やーかましーなっ!」

 放っとくとまた、階下天井うらから侵入、換気ダクトを経由。

 勝手に取りつけたハッチをくぐりぬけ、床下収納から顔を出すに決まっている。

「おまえ今日は、定休日だろーが!?」

 ドアチェーンをはずし、ドアをあけた途端に。

 がさりっ、紙袋を押しつけられた。


「商店街を走ってたらさ、急にバニラちゃんの調子がわるくなっちゃってさぁ――すぐに直ったんだけど」

 バニラちゃんというのは、奴の愛車の名前である。

 イタリア製の2005年式。自動変速125㏄のレトロスクーター。

 車体はアイボリー、シートがブラウンの上品なカラーリング。

 死蔵されていたパーツを潤沢につかった、ほぼオーバーホール済の一品。

 うむ今の、この事態を(・・・・・)切り抜けられたなら――プラグの交換でも何でもしてやるぞ。


 がさがさ――袋の中身は商店街輸入雑貨店の、最安値インスタントコーヒー。

 わが事務所御用達の、いつもの品である。

 レシートの下に、ちいさなパックが載せられてる。


「あーっ、このあいだの、かわい子ちゃんだっ!」

 ちいさなパックは菓子のようで――どたどた!

 駆けもどってきた奴に、手をつっこまれ、むしり取られた。


「だめっすよ。お皿だけだして、肝心(かんじん)のオヤツをわすれてちゃぁ!」

 皿(・)のうえに、フタをあけた透明のパックがのせられる。

 ソレは小ぶりの〝あんドーナツ〟だった。


「はぁぁぁぁっ――――なっんだよぉ、そーいうオチかょ」

 正十二面体が皿になって、スクーターへの干渉により隣人を召喚(サモン)。

 じつに日常的な手管により、あんドーナツを持ってこさせた(・・・・・・・)わけだ。

 今回は、猫のプラモが人の体温で動きだす(・・・・・・・・・)ような。

 とんでもなく突飛なことは、起こらなかった。

 たすかる、超たすかる。

 少女の正体がわかったわけではないのだが、やっと生きた心地がした。


 カチリ。

 え? いま音した?

 なんの音だよ?

 チチッ――俺の手首(データ・ウォッチ)をつらつら流れていく数式――


 パルルルルルルルルン――バスンバフン――ギキィィッ♪

 そとからいつもの騒音が(・・・・・・・)、また聞こえてきた(・・・・・・・・)。

「あれっ!? 私のバニラちゃんそっくりの音だ?」

 窓へ駈けよる、そのオーナー。

 まてまて、ひやり。

 みれば少女の指が機械式あんドーナツの、500円玉みたいなボタンに向かって伸びていた。


「あれぇー!? なんで私のバニラちゃんが止まってるのぉ――なんでなんでぇー!?」

 開けられた窓から聞こえてくるのは、まちがいなく三階堂小瑠璃(さんかいどうこるり)の声。

 まてまてまてまて、ひやひやひやり。

 もぐもぐもぉぐ。

 あの小ぶりな感じじゃ(・・・・・・・・)、一撃だった(・・・・・)かぁ!


 もう一度、押されようとしていた、ちいさな手を――

 俺は必死に、つかんで止めた。


   §


 あんドーナツを二個食べた(・・・・・)少女は、満足したのか来たとき同様、音もなく消えた。

 あれ以上のおかわり(・・・・)を阻止できたことは、不幸中の幸いだったと言えよう。


 この際、あるものはしかたがない。

 せめて、これ以上増やさない(・・・・・)努力をすべきだろう。

 三階堂小瑠璃(さんかいどうこるり)は増えたままだが、なんとか仲良くやっている。

 尋常ではない無鉄砲さが、功を奏したのだろう。

 常人である俺なら、絶対に病んでるところだ。


 機械作動式あんドーナツは、ボタンが二度と押されないように。

 コーヒーのフタでガードしたうえから、ダクトテープでぐるぐる巻きにした。

 電池もはずして(・・・・・・・)サーバールーム最奥の、拡張スペースに厳重に保管してある。


 そしてウチの事務所には色とりどりの、お菓子コーナーが設けられた。

 俺や事務所や隣人、ひいては人類の安寧を――

 守ってくれると信じて。

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