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公爵令嬢クラリスの矜持  作者: 福嶋莉佳
三章

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最終話

卒業を祝う夜会は、学園の大広間で開かれていた。


卒業を迎えた令息令嬢たちが、友人と言葉を交わしている。


家族を交えた祝宴は、この夜会のあとに予定されていた。


広間を彩る令嬢たちの中には、ラ・ロゼルージュで仕立てられたと思われるドレスも、以前より多く見られた。


鮮やかな色の布地に、シェリアの家が扱う古典的な文様を合わせたものもある。


クラリスは壁際に立ち、広間を見渡した。


この場所へ初めて足を踏み入れた頃には、卒業の日をこのような形で迎えるとは思っていなかった。


王太子の婚約者として学園へ入り、その座を追われた。


第二王子と婚約し、領地へ赴き、南の離宮へ踏み込んだ。


そして今、王妃は公務から退き、王太子宮から出される裁可には、宰相府の確認が必要となっている。


ずいぶんと遠くまで来たものだ。


「ごきげんよう、クラリス様」


隣から声をかけられ、クラリスは顔を向けた。


淡い桃色のドレスをまとったカレンが、グラスを手に立っている。


以前よりも立ち居振る舞いは落ち着いていた。


背筋を伸ばし、グラスも胸元より少し低い位置で、傾けずに持っている。


少なくとも、少し離れて見れば、立派な男爵令嬢だった。


「ごきげんよう、カレン。ずいぶん上達なさいましたのね」


「わたくしだって、やればできるんですのよ」


「その言い方は、まだ少し怪しいですわね」


「細かいなあ」


カレンは肩を落としかけ、慌てて姿勢を戻した。


クラリスは扇の陰で笑った。


「卒業後は、お父上のお仕事を手伝うのですって?」


「ええ。クラリスの課題のおかげで、人や家のつながりも少し分かるようになりましたから。せっかくなら、仕事に生かそうと思いまして」


言い直すように語尾を整え、カレンは少し得意そうに胸を張った。


「せっかく、あれだけ家名と顔を覚えましたし。忘れてしまったら、もったいないでしょう?」


「少し意外でしたわ」


「どうして?」


「あなたは、ご結婚については考えませんでしたの?」


「父も母も、結婚は自由に決めてよいと言ってくれています。政略結婚なんて、いろいろ面倒そうですし」


「……」


「クラリスのことじゃないってば」


カレンは慌てて片手を振った。


「クラリスは、ルシアン殿下と南へ行くんでしょう?」


「ええ。すぐにではございませんけれど」


「そっか……遠くなるね」


「王都へ戻らないわけではございませんわ」


「でも、今までみたいには会えないでしょう?」


「手紙をくださればよろしいでしょう」


「返事、くれる?」


「わたくしを、返事も書かないような礼儀知らずだとお思い?」


「それは失礼いたしました」


その時、広間の入口付近がざわめいた。


クラリスが顔を向ける。


第二王子ルシアンが、護衛を一人だけ伴って広間へ入ってきた。


広間へ足を踏み入れたルシアンへ、いくつもの視線が集まった。


以前のように、ただ王太子の弟を見る目ではない。


祝宴をめぐる混乱を収め、旧家と新興貴族の共同提案を進めた第二王子。


いずれ南部へ移り、新たな役目を担うのではないか。


そんな囁きは、クラリスの耳にも届いていた。


ルシアンは周囲の視線には構わず、まっすぐクラリスのもとへ歩いてきた。


「来てくださいましたのね」


「ああ。婚約者の卒業を祝う席だ」


ルシアンはクラリスの前で足を止めた。


「来るのは当然だろう」


「まあ。殿下もようやく、婚約者らしくなってくださいましたのね」


「これまでも、そのつもりだった」


「殿下は相変わらず、自己評価がお高いのですわね」


「君からの評価が厳しすぎるだけではないのか」


「まあ、ご自分に都合のよい解釈ですこと」


ルシアンは何か言い返そうとしたが、隣にいるカレンへ視線を向けた。


「カレン嬢。久しいな」


「ご無沙汰しております、殿下」


カレンはドレスの裾をつまみ、危なげなく礼を取った。


「以前とは、ずいぶん違うな」


「わたくしも成長いたしましたので」


「話し方まで変わったようだ」


「殿下の前では、ちゃんとできるんです」


クラリスが扇を閉じた。


「最後まで続けられませんの?」


「クラリスの前では、もういいかなって」


「よくありませんわ」


カレンは不満そうに唇を尖らせた。


ルシアンは二人のやり取りを眺め、わずかに口元を緩めた。


その時、カレンの視線がルシアンの礼装の胸元で止まった。


ルシアンは先ほどから、何度か同じ場所へ手を添えていた。


「殿下……先ほどから、何か気になさっています?」


ルシアンの手が止まった。


クラリスも、そちらへ目を向ける。


「何かお持ちですの?」


「いや……」


「今、隠しましたわね」


「隠してはいない」


「では、お見せくださいな」


ルシアンは短く息を吐いた。


「今から見せるつもりだった」


その横で、カレンが二人を交互に見た。


「……わたくし、そろそろ失礼した方がよさそうですわね」


カレンは笑いながら一歩下がった。


「では、クラリス様。ルシアン殿下。ごゆっくり」


きれいに膝を折り、そのまま近くにいた令嬢たちの輪へ向かって歩き出した。


クラリスはその背中を見送り、扇の陰で小さく笑った。


「空気を読むことも覚えたようですわね」


「君が言うと、ずいぶん偉そうだな」


「教えたのは、わたくしですもの」


「そういうところだ」


ルシアンは呆れたように息を吐き、それから改めてクラリスへ向き直った。


「クラリス。君はいつも強引で、面倒で、何度も私を振り回してくれたな」


「それを、今おっしゃいますの?」


「ああ。私も、今する話ではないと思う」


ルシアンの口元に、笑みが浮かんだ。


「だが、君といると、ようやく自分が生きているのだと思える」


クラリスは目を瞬いた。


「以前なら面倒だと思っていたことも、今では悪くない。君に振り回されることさえ、心地よいと思っている」


ルシアンは礼装の内側へ手を入れ、小さな箱を取り出した。


クラリスの目が、わずかに見開かれる。


「殿下、それは……」


「君に、改めて伝えたいと思っていた」


ルシアンは箱を手にしたまま、クラリスをまっすぐ見つめた。


「これが、誰かに決められたことではなく、私自身の意思なのだと」


そして、静かに口を開いた。


「クラリス。私と――」


その時だった。


「マリアンヌ! 私は今日、この場で君との婚約を破棄する!」


広間の反対側から、よく通る声が響いた。


音楽が止まった。


談笑していた者たちも、一斉に声のした方を振り返った。


ルシアンの手が止まる。


クラリスも、ゆっくりと顔を向けた。


少し離れたところにいたカレンが目を見開いたが、次の瞬間には、もう手帳を開いていた。


広間の中央には、若い令息が立っていた。


その腕には、華やかなドレスをまとった別の令嬢が寄り添っている。


婚約破棄を言い渡されたマリアンヌは、青ざめた顔で二人を見つめていた。


「君が彼女へ嫌がらせをしていたことは、すでに分かっている!」


令息は、周囲へ聞かせるように声を張った。


「そのような女性を、我が家へ迎えることはできない!」


クラリスの目が細くなる。


よりにもよって、この場で。

しかも、わたくしの目の前で。


「クラリス、少し待て。まだ私が――」


クラリスは扇を開き、歩き出した。


人垣が、自然と左右へ割れていく。


クラリスは広間の中央へ進み、声を上げた令息の前で足を止めた。


令息の顔が引きつる。


「エ、エルヴァン公爵令嬢……」


「ずいぶんと賑やかなお話ですこと」


クラリスは優雅に微笑んだ。


「これは、私と婚約者との問題です」


「でしたら、ご両家でお話しなさいませ」


クラリスは扇の陰から、冷ややかに令息を見つめた。


「皆様が卒業を祝っている席で騒ぎ立てられては、迷惑ですわ」


背後で、カレンが小さく吹き出した。


ルシアンは小箱を持ったまま、諦めたように息を吐いていた。


令息の顔が赤くなる。


「あなたには関係がないでしょう!」


「ええ。ございませんわ」


クラリスは、あっさりと認めた。


令息が言葉を失う。


「それにしても、よりにもよって、わたくしの前で婚約破棄をなさるなんて」


クラリスは扇を開き、口元を隠した。


「まったく。愚かな方ですこと」

ここまで最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました!


クラリスたちの物語を楽しんでいただけましたら、評価や感想で応援していただけると嬉しいです。

今後の励みになります。


また、後日談があれば読んでみたいでしょうか?

ご希望が多ければ、少し考えてみようと思います。

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― 新着の感想 ―
 苦労人シェリアさんの家の代物、祝宴に起用されるほどに認められるなどの報われが起き、奔放なカレンさんがくだけてない口調への切り替えをこなせるようになった他、クラリスさんとルシアンさんが改めて結ばれる兆…
スッキリした! クラリスが幸せになりそうで良かったです!
クラリスとルシアンがちゃんとくっつきそうで良かったです〜! クラーラ嬢の「自分は孤児院について仕事していただけで節度ある距離を保っていた」って建前と「周りからは自分の方がクラリスよりルシアンの相手と…
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