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公爵令嬢クラリスの矜持  作者: 福嶋莉佳
三章

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第7話

マリアが扉を開けると、かすかに古い紙の匂いが流れ出した。


広くはない小部屋の壁際には棚が並び、紐で括られた帳面や、封のされた書類箱がいくつも置かれている。

窓は小さく、昼間だというのに部屋の奥は薄暗い。


「こちらです♡」


マリアは迷いなく棚の一段へ手を伸ばし、薄い帳面を取り出した。


「これは?」


クラリスが尋ねると、マリアはにこりと笑う。


「近年の出入りの控えです。正式な大帳簿ではございませんけれど、日々の支出や納品を書き留めているものですね♡」


「よく見つけたわね」


「しまう場所が雑でしたので♡」


マリアは卓の上へ帳面を置いた。


クラリスは手袋をしたまま、それを開く。


ルシアンが、眉を動かした。


「……君が見るのか」


「ええ」


「帳面まで?」


「王太子妃教育の成果――と言えれば聞こえはよろしいのですけれど」


クラリスは涼しい顔で紙面へ視線を落とした。


「孤児院の件で、嫌というほど覚えましたの」


「孤児院で? ……そこまで見ていたのか」


マリアがにこにこと頷いた。


「クラリス様、帳面の粗を見つける目は、王家の会計官にも負けませんのよ♡」


「粗を探しているわけではありませんわ。 目についてしまうだけですの」


「結果的に、よく見つけていらっしゃいます♡」


ルシアンは少し複雑そうに、卓の上の帳面へ視線を落とした。


「……それで、ここにも同じ気配があるのか」


「さぁ。どうでしょうか」


クラリスはそう答えながら、指先で一行を示した。


「ただ、この香油と薬草の量は、少し多いですわね」


「多い?」


「ええ。離宮に常に病人がいるならともかく、静養用として備えるには多すぎます」


マリアが別の帳面を開く。


「こちらにも同じ名が出ています♡ 薬草、香油、眠りを助ける茶葉等など……。毎月、きちんと入っていることになっていますね」


「ことになっている、か」


ルシアンが低く呟いた。

その声は、先ほどよりわずかに硬かった。


クラリスは顔を上げる。


「実物は確認しましたの?」


「はい♡ 薬棚を見ましたが、新しい瓶は少なかったです。棚の奥にあるものは、封の色が古うございました」


マリアはにこやかなまま続ける。


「それから、医師の往診記録もございます。こちらも、月に何度かお名前が残っておりますね」


そう言って、マリアは別の紙束を卓へ並べた。


クラリスはその一枚を取る。

医師の名、訪問日、処方、支払い。


「……離宮に、そこまで頻繁に医師が来る理由がありまして?」


「少なくとも、最近はございません♡」


ルシアンが、書面から目を離さずに言った。


「……帳面の上だけ療養が続いている、ということか」


小部屋の空気が、わずかに重くなる。


クラリスはそれに気づいたが、今は問いたださなかった。


代わりに、帳面をもう一枚めくる。


「使用人の名簿は?」


「こちらです♡」


マリアがすぐに差し出した。


クラリスは名簿を開き、目を細める。


「侍女、下働き、庭師、夜番……ずいぶん人数がいることになっていますのね」


ルシアンが横から名簿を覗き込む。


「……この離宮に、それだけの人数がいるようには見えないな。どのくらい差がある?」


「少なくとも、三名は見かけておりません。名だけあるのか、別の仕事をしているのか、隠れているのかは、まだわかりませんけれど」


「……名だけ、か。ここまでそろうと、横領と見ていいだろうな」


「そう見るのが早いですわね」


クラリスはそこで一度言葉を切った。


「ですが、妙なのは医療費ですわ」


「医療費?」


「ええ」


クラリスは名簿を置き、先ほどの医師の往診記録と薬の納品控えを並べた。


「人件費も、食材も、帳面と現物が合わない。水増しがあるのは、まず間違いないでしょう」


「なら、医療費も同じではないのか」


「同じなら、まだ分かりやすかったのですけれど」


クラリスは静かに首を振った。


「医師代と薬代だけ、ある時期から今に至るまで、項目も金額もほぼ変わっていませんの」


「ある時期……?」


クラリスは古い控えの端にある日付を指先で示した。


「この年ですわ」


ルシアンの視線が、その数字で止まった。


「……俺と母上が、この離宮に来た頃だ」


小部屋の空気が、静かに沈む。


マリアも、そこで初めて口を挟まなかった。


「……つまり」


ルシアンの声は低かった。


クラリスは静かに目を伏せる。


「この離宮で隠されているのは、今の横領だけではないのかもしれませんわね」


ルシアンは答えなかった。


ただ、古い控えの端を押さえた指先だけが、わずかに強ばっている。


クラリスはそれを見て、これ以上は問わなかった。


小部屋の薄暗さの中で、古い紙の匂いだけが静かに残っていた。

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― 新着の感想 ―
凄く面白いです!! 一気読みしました!!! 早く続きが読みたいです! 更新通知待ってます! ブクマしました 期待を込めて ほし5で!
クラリスさんは何故自家の大事な使用人を密偵に!しかも畏れ多い王家の離宮にもぐらせていたのか!王家のおかしな帳簿お金の流れーー自分ちの領地邸の使用人もなんかおかしいのにーー なんかクラリスさんやり過ぎな…
 おいおいおいおいおいおいおいおい、香油はまだグレーとして、薬草に眠りを促す意味深な葉に、訳ありな医療費……ルシアンさん、暗殺用や麻薬に近い薬の売買の為の実験台なり、薬物を介して自我希薄化になるまでの…
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