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公爵令嬢クラリスの矜持  作者: 福嶋莉佳
三章

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第2話

曜日間違えていました。投稿遅くなりすみませんでした。

馬車の揺れが、一定のリズムで身体を揺らしている。


王都を発ってから、もう数日。

町をいくつも経由しながら進んできた旅路も、ようやく終わりが見えていた。


クラリスは窓の外へ視線を向けていた。


向かいにはルシアンがいる。


二人きりの馬車は静かで、だからこそ、わずかな物音まで耳につく。

車輪の音や馬の足音、革の軋み。

それらももう、この数日ですっかり聞き慣れてしまった。


出立したばかりの頃は、まだ話すこともあった。

学園のこと。夜会のこと。王都で最後に立ち寄った仕立て屋のこと。

当たり障りのない話を選んで、ぽつぽつと言葉を交わしていた。


だが、それも長くは続かなかった。


今はただ、黙ったまま景色を眺める時間のほうが多い。


最初のうちは、その沈黙が気まずかった。

二人きりで向かい合い、何も話さないままでいることが、そもそも落ち着かなかったのだ。


数日も同じように過ごしていると、不思議と慣れてくる。

無理に言葉を探さなくてもいいのだと思えば、その静けさはむしろ楽ですらあった。


クラリスはそっと視線を横に滑らせた。


ルシアンは、窓の外でもなく、ただ正面のどこでもないあたりに目を向けている。

考えごとをしているようにも見えるし、何も考えていないようにも見えた。


ふいに、そのルシアンが口を開く。


「……そろそろ見えてくるか」


「ええ。あと半刻ほどかと」


「そうか……」


それきり、また静けさが落ちる。


今は、その沈黙も少しも息苦しくはなかった。


ルシアンはしばらく黙っていたが、やがて低く言った。


「少なくとも、王都にいるよりは静かだろうな」


「そうですわね」


答えながら、クラリスはわずかに目を伏せた。


休む。


その言葉は、思っていたよりも輪郭が曖昧だった。


療養という名目で向かう以上、本来なら屋敷で静かに過ごすのが正しいのだろう。


――正しいのだが。


クラリスは膝の上で扇を持ち直し、わずかに首を傾げた。


「……どうかしたのか」


呼ばれて、クラリスは顔を上げた。


「療養中というのは、どの程度おとなしくしているものなのですか」


「急にどうした」


「具体的に何をして過ごすのが普通なのかと」


ルシアンは考えるように視線を落とした。


「散歩をしたり、本を読んだり、そのくらいじゃないか」


「……それだけですの?」


「静かに過ごせということだろう」


クラリスは膝の上で扇を持ち直した。


散歩をして、本を読む。

たしかに、療養中の令嬢としては正しい過ごし方なのだろう。


だが、それはせいぜい一日のうちの数刻を埋めるだけではないのか。


王太子妃候補だった頃は、考えるまでもなく一日が埋まっていた。

学園へ通い、王宮へ上がり、夜会に顔を出し、王太子妃候補として求められる作法や立ち居振る舞いを崩さぬよう過ごす。


「……一日が、ずいぶん長そうですわね」


「休むのが苦手なのか」


「何もしていない自分に、あまり慣れておりませんの」


「……別に、何かをしていないと価値がないわけじゃないだろう」


その言葉に、クラリスはぴくりと指先を止めた。


「殿下……それは、どういう意味ですの」


ルシアンは、問い返されるとは思っていなかったのか、わずかに言葉を詰まらせた。


「……そのままの意味だ」


「そのまま、ではわかりませんわ」


クラリスの声は、先ほどまでよりも硬かった。


「まるでわたくしが、何かをしていなければ自分に価値がないと思っているようではありませんか」


「そうは言っていない」


「そう聞こえましたわ」


きっぱりと言って、クラリスは扇を持つ指に力を込めた。


「わたくしは、必要とされてきましたのよ。だからこそ、暇を持て余すような日々には馴染みがありませんの」


言い切って、クラリスはふいと顔を背けた。


ルシアンは一瞬だけ言葉を失い、それから小さく息をついた。


「……そういう意味で言ったんじゃない。

君が忙しかったことも、求められていたことも、わかっている」


クラリスは振り向かない。


ルシアンは少しだけ言葉を探すように間を置いてから、続けた。


「ただ、何かをしていない時間まで、張り詰めていなくてもいいんじゃないかと思っただけだ」


「……張り詰めているように見えまして?」


「ああ。見えている」


クラリスの指先が、わずかに止まる。


「何をしていても崩れないようにしているだろう」


その言葉に、クラリスは思わず扇の要を、指先でそっとなぞった。


そんなふうに見られていたとは思わなかった。

それも、ルシアンに。


「……別に、悪いと言いたいわけじゃない」


「そうですの」


「ああ。君は、そうやってきたんだろうし、それで助けられたことも多い」


ルシアンは窓の外へ目をやってから、静かに続けた。


「だが、領地では少しくらい……肩の力を抜いてもいいんじゃないかと思っただけだ」


クラリスはすぐには答えなかった。


扇の骨を指でなぞり、また止める。


「……殿下は、わたくしのことをずいぶんよくご覧になっているのですね」


ルシアンは、わずかに目を瞬かせた。


「……そうだな。言われて、今気づいた」


クラリスは息を詰めた。


馬車の揺れが、ひどく静かに思えた。


「……そういうことを、さらりとおっしゃるのは卑怯ですわ」


「卑怯?」


「ええ」


クラリスは窓の外へ顔を向けたまま、小さく扇を閉じた。


「こちらの調子が狂いますもの」


ルシアンは何かを言いかけて、結局、黙った。


馬車は変わらぬリズムで進んでいく。


先ほどまで楽だった静けさが、今度は少しだけ落ち着かなかった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

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次回投稿GW明けになります。


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― 新着の感想 ―
今日見つけて一気に読んだので思い違いがあるかもだけどーー 第二王子あなた公爵家が後ろ盾!とか最初思ったでしょ!しかもご令嬢は美人で優秀だしセンス良し、服装をオシャレな気品あるけどファッショナブル(多分…
 回遊魚みたいな性分なんですね、クラリスさん。カレンさんとそこそこ噛み合うけど、知恵の輪などを用いての一人時間などが好きなルシアンさんとの共同生活で距離縮めるのに時間かかるのも分かる様な気もします。 …
感想一覧
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