表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵令嬢クラリスの矜持  作者: 福嶋莉佳
二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/39

第18話

夜会の広間には、眩い灯りが満ちていた。


いくつもの枝を広げた大ぶりのシャンデリアが、磨き上げられた床や銀器に光を跳ね返している。

新しく力を得た家らしい、少しだけ気負った華やかさだった。


その下で弦楽が控えめに流れ、貴族たちの会話も騒がしすぎない程度に抑えられている。

本来ならもう少し音も声も上ずっていたかもしれないが、そこは事前にクラリスが口を挟んでいた。


クラリスは入口で一度足を止めた。


視線をゆっくりと巡らせる。

招待客の配置、給仕の動き、音楽の音量までを順に確かめる。


――問題ないわね。


その時、背後から声が飛んだ。


「クラリス!」


振り向くと、カレンが駆け寄ってくる。


その身には、ラ・ロゼルージュで誂えたドレスが揺れていた。


「来てくれたんだ!」


「当然ですわ。招待されたのだから」


「どう? うちの夜会!」


「……破綻はしていませんね」


「それ褒めてる!?」


「ええ」


クラリスは視線を動かす。


入口近くには、まだ社交に慣れきらない若い貴族たち。

中央には、自然と人の流れが集まる高位貴族の一団。

そして壁際から奥にかけては、新興貴族や近年縁を結んだ家々が、やや固まるように配置されていた。


「席次、あれで大丈夫だった?」


「ヘルムート公爵家とディアス伯爵家を離したのは正解ですわ」


「ああ、クラリスに言われた通りに離したけど」


「ええ。あの二家は去年揉めてますもの」


「そんなの知らないよ!」


それは無理もなかった。


新しく社交界に足場を築いた家ほど、爵位や年齢、家格の釣り合いには気を配れても、どの家とどの家に遺恨があるかまでは拾いきれない。

誰を同じ卓につければ愛想笑いの下で牽制が始まるのか――そういう見えない地雷こそ、夜会ではいちばん厄介だった。


だからこそ、今回クラリスはいくつか口を挟んでいたのだ。


「だから確認しなさいと言ったの」


カレンはそこでようやく、ほっと息をついた。


「クラリスがいてよかったー」


「……今回は、たまたまよ」


クラリスはグラスに口をつけた。


「わたくし、しばらく王都を離れますし」


カレンの動きが止まる。


「……え?」


「領地へ戻りますの」


「ちょっと待って、いきなりすぎない?」


「療養ですわ」


「療養?」


「少し休めと言われましたの」


カレンはしばらくクラリスを見ていた。


「……ルシアン殿下の件?」


クラリスの指先が、ほんの一瞬止まる。


カレンはすぐに言い直した。


「いや、ごめん。今の聞かなかったことにして」


クラリスは静かにグラスを置く。


「……殿下も、同行なさいますわ」


カレンの目がぱちぱちと瞬く。


「……え?」


「わたくしの婚約者ですから」


カレンはしばらくクラリスを見ていた。


「クラリス」


声を少し落とす。


「よかったじゃん」


「……よかった?」


「だって、ついてきてくれるんでしょ」


クラリスは目を伏せた。


「……公爵家との婚約を守るのは、当たり前ですもの」


「それでも来てくれるなら、十分じゃん」


クラリスの指先が止まる。


カレンは肩をすくめた。


「だってさ。嫌なら普通、ついてこないでしょ」


「……」


「男なんて、義務とか言いながら逃げるの得意だよ?」


クラリスは小さく息を吸う。


カレンは軽く言った。


「でも殿下は来るんでしょ。それでよくない?」


クラリスは何も言わない。


だが、さっきまで強張っていた指先から、少しだけ力が抜けた。


カレンはグラスを傾けた。


「まぁいいや。領地か、いいなぁ。空気おいしそう」


「……そうですわね」


「戻ってきたら、話きかせてよ」


クラリスはわずかに目を上げる。


カレンはにっと笑った。


「その時はおかえり茶会でもしてさ」


「……あなたに務まるのかしら」


その時だった。


広間の向こうで、カレンの父がこちらを見て、にこにこと手を振っている。


カレンが「あ」と声を上げた。


「父だ。ほら、クラリス!」


「ちょ、ちょっと――」


返事を待たず、カレンはクラリスの手首を掴んで引っ張る。


クラリスは眉を寄せながらも、仕方なくその後を追った。



王宮の回廊。


午後の光が高い窓から差し込むなか、クラーラは書類を抱えて歩いていた。


孤児院の報告を宰相府へ届けた帰りだった。


その時、足音が止まる。


「クラーラ嬢」


顔を上げると、ルシアンだった。


「殿下」


クラーラは軽く礼をする。


ルシアンは近づいた。


「少し話がある」


クラーラは頷く。


二人は人の少ない窓際へ移動した。


ルシアンは振り返る。


「しばらく王都を離れる」


クラーラは瞬きをした。


「……公務で?」


「いや……クラリスの療養だ」


クラーラの指先がわずかに止まる。


「同行することになった」


クラーラは一瞬だけ視線を落とした。


だが、すぐに顔を上げる。


「それは……よろしいことですね。公爵令嬢も、きっと安心されるでしょう」


「孤児院の件は、戻ったら続きを聞かせてくれ」


「もちろんです」


少し間を置いてから、クラーラは静かに言った。


「お気をつけて」


「すぐ戻る」


ルシアンはそれだけ言うと、深くは立ち止まらず、そのまま踵を返した。


クラーラは礼を崩さないまま見送る。


足音が遠ざかり、やがて回廊に静けさが戻った。


その時になって、ようやくクラーラは小さく息を吐く。


腕に抱えた書類の端を、指先がわずかに強く押さえた。


――婚約者に同行する。


よろしいこと、のはずだ。


「……変ね」


分かっているのに、胸の奥に落ちたものの名前を、すぐにはつけられなかった。


クラーラは窓の外へ目を向ける。


春の光は明るいのに、胸の内だけが妙に静かだった。


やがて、抱えていた書類を持ち直す。


「……戻らないと」


誰に聞かせるでもなく呟いて、クラーラは再び歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 まだ口調が本調子でないものの、前と同様に凸凹コンビじみたやりとりをしてるクラリスさんとカレンさん。  名前こそ出さないものの、別の男の仕事口実による退避を引き合いに出して、ルシアンさんとの脈が健在な…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ