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公爵令嬢クラリスの矜持  作者: 福嶋莉佳
二章

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22/26

第2話

日中の政務室は、来客も途切れ、ひとときの静けさに包まれていた。


机上には、王太子主催の夜会に関する報告書と、各家から届いた礼状が整然と積まれている。


「――先日の夜会につきまして、ご報告申し上げます」


側近が一歩進み出た。


「大きな混乱もなく、全体としては成功との見方が大勢でございます。旧来の諸家からは“落ち着いた進行であった”との評価が、新興の家々からは“今後に期待したい”との言葉が寄せられております」


王太子は頷き、礼状の束に手を伸ばす。


「また、数家より改めて面談の申し入れが届いております。昨夜ご挨拶を交わされた件について、具体的なお話を、と」


「……そうか」


封を切り、目を通す。


『このたびは格別のご配慮を賜り、誠にありがとうございました』

『穏やかな夜会でございましたこと、心より御礼申し上げます』

『今後とも変わらぬご高配を』


読み終えた書状を、机上に戻す。


「……面談希望の家は?」


「ルーゼン伯、レナード侯、それから南方商会と縁のある三家でございます」


「理由は?」


「交易枠の拡大と、来季予算の配分について、と」


王太子は小さく息を吐いた。


指先が、机上の礼状を軽く叩く。


(手応えが薄い)


報告は整っている。

問題も挙がっていない。


それでも、視線は礼状の上に落ちたままだった。


(面談希望は来ている。

だが――あの夜会で、私が何を約した?)


一瞬、記憶がよぎる。


会議の席で差し出された整理済みの資料。

話題を戻す一言。

横から整えられた論点。


――クラリス。


名が浮かぶ。


王太子はわずかに眉を寄せた。


(……違う)


「ああ。面談は予定通り入れろ。案件ごとに資料をまとめておけ」


「承知いたしました」


側近が退室する。


入れ替わるように、控えめなノックが響いた。


「……入れ」


イレイナが姿を見せる。


侍女から盆を受け取り、自ら卓へと運ぶ。

紅茶の香りが、静まり返った室内に柔らかく広がった。


「お疲れでしょうと思いまして……」


「……ありがとう」


イレイナは、机上の礼状に目をやる。


「先日の夜会のですか?」


「ああ……」


「素晴らしい夜会でしたもの。皆さま、安心なさったのでしょうね」


「……そうか」


王太子の視線は、自然と礼状へ戻っていた。


(安心……か)


確かに、波風は立たなかった。

だが――何を動かしたのか、自分でも答えられない。


カップを静かに戻す。


室内には紅茶の香りだけが残った。


 

  


バルネス邸の広間は、笑い声と酒の香りに満ちていた。


「見事な夜会でしたな、伯爵」

「ええ、実に落ち着いておりました」


「それにしても、あの席次……」

「最前列でしたな、我らが」


興奮を抑えきれない声が重なる。


「旧貴族が二列目とは痛快でしたな」

「王妃陛下が、新しい流れをお認めになった証でしょう」


杯が打ち鳴らされる。


その輪とは別に、イレイナの周囲も華やいでいた。


「イレイナ様、本当に素晴らしかったですわ」

「皆さま、羨望の眼差しでしたわ」


リズベットが身を乗り出す。


「イレイナ様の時代ですもの。これからはイレイナ様が流行になりますわ」


笑い声が弾け、音楽が重なる。


「伯爵、これもあなたの功である」

「これからは我らの時代ですぞ」


バルネスは杯を掲げた。


「ああ……そうだな」


歓声が天井を揺らす。


その喧騒の中で、バルネスの視線だけが静かに沈んだ。


(最前列――我ら。

旧貴族が二列目……なぜだ。

本当に、王妃の意向か? それとも――)


祝宴の熱とは裏腹に、疑問だけが冷えたまま残る。


乾杯の声が、再び響いた。


バルネスは笑みを崩さぬまま、杯を傾けた。

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― 新着の感想 ―
 攻めのクラリスさんに対して、守りの王太子殿といった感じで手堅く会を進行して人脈を少しずつも拡げてるご様子ですね。  これに甘んじて脱皮や成長を止めるでもないうえ、ルシアンさんの様に皇族への重圧に退き…
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