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星輪のギメルス  作者: アドム・ザナヴ
第二章 エフェス編 星なき夜の火種  エセル編 北辰の望郷
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エフェス編 第21話 五葉松の挿し木

星霊暦五〇四年一月三十一日、木曜日。早朝。


その朝は、昨日の朝とは違い、暖かな日差しがエフェスたちの顔に差し込んでいた。木々の葉で輝く朝露もどこか穏やかだ。 騒動も緊張もなく始まった美しい朝であった。


捕虜救出に成功した一行は、まず朝食の準備にかかっていた。近場で魚を獲る者、小動物を狩る者、そして、果物や食用植物を採集する者。 エフェスは弓が使えないため、ファラと共に、植物採集の部隊を手伝うことにした。


そこで、エフェスは、エルフ族(植物民族)の真価を目の当たりにする。 彼らは、目で探しているというよりは、まるで本能で「そこにある」と知っているかのように、次々と食用植物や果物を見つけ出していく。 「これは『甘草かんぞう』、根が甘い」 「こっちは『野エンドウのさや』、生でも食えるぞ」エフェスも、少しばかり毒キノコや毒植物の知識を教えてもらったが、その膨大な知識量と経験則に、ただただ圧倒されるばかりだった。


(……うん。おいの結論は、『素人はキノコに手を出すな』ばい)


朝食を済ませた一行は、三つの隊に分かれた。 まず、エルフの救助部隊の四名と、捕虜になっていたファラ以外の五名(大人三人、子供二人)の合計九名が、ならず者たちの檻を外した荷馬車(馬二頭)を利用し、シギロア村へと帰って行った。


次に、捕まえたならず者二人を移送する二名。 フィンネルが昨晩言っていた通り、彼らを生きたまま放つため、救助部隊の二名が、川を北に越えて北西の方角へと連れて行った。 エフェスは、ならず者たちの傷口に、リーファの「銀葉草ぎんようそうの止血粉」が使われているのを見て、本当に生きて解放するつもりなのだと、ほんの少しだけ安心した。


そして、残されたのは、エフェス、フィンネル、ファラの三人。 ……なのだが、案の定、朝から盛大に揉めていた。





「なんで、エフェスはフィンネルと残って、俺は村に帰らないといけないんだよ!」

「なんでって、当たり前だろうが、この馬鹿! お前は連れ去られて、村のみんなが死ぬほど心配してるんだから、まずは村に帰れ!」

ファラが、フィンネルとエフェスがこれから何かしらの用事をこなすために、少し南西の方角へ進むと聞いてから、「俺も絶対についていく」と、ゴネているところだった。


「ほら、まだシギロア村への荷馬車が見えるんだから、早く追いかけろ!」

「……言ってやる」

「……?」


ファラは、これ以上ないほど邪悪な(……いや、得意げな)笑みを浮かべ、フィンネルを指さした。


「リーファ姉ちゃんに、フィンネルが拷問の道具にリーファ姉ちゃんの薬を使って、ならず者を脅したって、言ってやるぞー!」


美しい森に、とんでもなく大きな声がこだました。

昨日まであれほど冷徹で、頼れる指揮官だったフィンネルの顔が、見る影もなく青ざめていく。口が、かくかくと開閉している。


「な……なぜ……いや、何のことか……さっぱり分からないな?」

「ごめんフィンネル」 エフェスが、悪気なく追い打ちをかけた。

「おいたち、昨日の夜、隠れてフィンネルに会いに行ったんやけど、偶然、拷問してるところを見ちゃってさ……」

「まぁ、俺とエフェスは、ここでフィンネルたちを邪魔しちゃいけないと思いながら、じっくり見たというわけだ」

「あぁ……お、お……俺は、俺が用意した薬を使ったんだよ!リーファの薬を、そんな風に使うわけないだろうが! ハハハハ!」


明らかに動揺を隠せていない。

(昨日の、ならず者たちを言いくるめる嘘の上手いフィンネルですら、追いつめられると、こんなに嘘が下手になるんやな……) エフェスは、真面目にそう思った。

ファラは、そんなフィンネルに、決定的な一撃を加える。


「しらばっくれても無駄だぜ。エフェスから、リーファ姉ちゃんの薬草箱の中身を見せてもらって、持ってきたからな!」


フィンネルは、大きく目を見開いた。 ファラの手には、あの緑色の液体が少しだけ入った薬瓶が握られている。 そして、ファラは、焚火の前で見た、昨日のフィンネルの姿を、完璧に再現し始めた。


「『分かるだろ? これは、お前ら鳥民族の禁忌の猛毒である……【アボカド】が入った、特製の毒だ』」

「や……やめろぉぉぉおおおおおおおおおおッ!!」


フィンネルの絶叫に、森の鳥たちが驚き、一斉に飛び立った。


「ハァッ……ハァッ……」

フィンネルは、地面に両手をつき、がっくりとうなだれていた。


「……ついてきて、良いから……リーファには、言わないでくれ……ッ」

「ほーん。フィンネル? それが、人にお願いする時の態度か? ん?」

「……ッ! リーファには……! 言わないで、ください!!」

「よし……」

(なんやこれ)


エフェスは、この世の終わりかと思うほど絶望しているフィンネルと、満面の笑みで頷くファラを見ながら、究極の茶番を見せられているような気分だった。 同時に、人は弱みを握られてはいけないこと。 そして、リーファは怖い、ということを同時に学んだ。





結局、ファラに弱みを握られたフィンネルは、しぶしぶファラを連れ、エフェスと三人の奇妙なパーティで、川沿い近くの経路を南西の方角へ向かっていた。

用件は、エルウィン長老に頼まれていた【五葉松の挿し木】を、ウィグル鉱山との中継地点に植える作業であった。


一時間ほど歩くと、少し開けた場所に辿り着いた。


「よし、ここくらいでいいだろう」

フィンネルは、背負っていた荷物から、丁寧に布で包まれた四本の挿し木のうち、一本を取り出した。 そして、その挿し木を地面に深く植えると、詠唱を始めた。 それは、ガラーシャ村で、エフェスがマキリが水の魔法を使う時に聞いた詠唱に似ていた。


『水の聖霊ウンディーネ、我が祈りに応え、治癒の水となれ…』


「挿し木を植えて、いったい何になるんだ?」

ファラも、この使い方の真意は知らないようだった。

「まぁ、何もないことはないやろうけん、ちょっと見てようぜ」

フィンネルの詠唱が終わると同時に、手のひらから溢れた【いやしの水】が、挿し木に吸い込まれていく。


……五秒ほど、待った。 何も起こらない。


「なんだよー。結局、何も起こらないじゃん」

「長老は、何のために我々にこんなことをさせたのだろうか……」

「うーん」


三人が疑問に思った、その瞬間。 いきなり、全員が目を疑うようなことが起こった。 あの一本の小さな五葉松の挿し木が、目に見える速さで地面に根を張り、幹を太くし、枝を伸ばし……みるみるうちに、二メートルほどの、立派な若木になったのだ。


「うぇぇ? この挿し木、爺ちゃんの魔法か!」

「はー……すごかな。なんか、ファラの魔法に似とるね」

「とはいっても、さすがに木になるだけの魔法じゃないよな……」


エフェスが、これが本物の五葉松なのかと、そっと幹に触れた。

その瞬間。


『おーい、エフェスさんや!』


「えっ!?」

エフェスは、驚いて思わず木から手を放した。


「どうしたんだ、エフェス?」

「いや、今、エルウィン長老様の声が聞こえてきて……」

「気のせいじゃね? 爺ちゃんの幻聴が聞こえるほど、疲れてんのか?」

「いや、本当に聞こえてきたんだよ!」


二人のやり取りを見ていたフィンネルが、何かを察したように、自らも五葉松に触れた。

「……うん。エフェスの聞き間違いではないぞ。エルウィン長老の声だ」

「え? どういうこと?」

「この木は、長老の『分身』みたいなものだから、こうして触れることで、話ができるそうだ」

「え? なんで、話ができると?」

「俺が分かるわけないだろ。直接、長老に聞け」


エフェスは、正直、理解が追いつかなかった。

「うわ、なんか怖ー……爺ちゃん怖ー……」

ファラも身内に対して、思ったことがそのまま口に出ていた。

エフェスとファラが、恐る恐る、再びその不思議な木に触れる。 今度は、はっきりと頭の中ではなく、確かに「耳」に、あのエルウィンの声が響いてきた。


『二人とも、子供らしく素直に『爺ちゃん凄ーい!』とか、喜ばんか!』

「おお、本当に長老様の声だ! すげぇ!」

「うわー! なんで聞こえてくるの? どういう仕組み!?」

『たく、ファラは心配ばかりかけよって。……その口ぶりじゃと、元気そうじゃな』

「うん! エフェスたちに、助けてもらったぜ!」


話を聞いてみると、どうやらこの五葉松の木は、触れることでエルウィンと話せるだけでなく、エルウィン側からも、エフェスたちの姿や風景が見えているらしかった。 それを聞いてファラがアイデアを出した。


「なんなら、この挿し木をたくさん植えれば良いんじゃない?爺ちゃんが監視できるってことやろ」

『無茶なことを言うな!それは、わしに、命を削れっていうことじゃぞ』

「ちぇっ、なーんだ、できないのか良い考えだと思ったんだけどな」

『わしの分身であるということは、わし自身なんだから大変なんじゃぞ。まぁ、渡したウィグル鉱山までの4本分くらいであれば、問題ないということじゃ』


エフェスもそれを聞いて、確かにそんなに便利なものであれば、このような事態になるまで、ならず者を放っておくことはないだろうしな、と思っていた。


『今回、無事に全員救出できて本当に良かった。… そして、本音を言えば、ファラに早く帰ってきてほしかったが……』

エルウィンの、やさしい声がエフェスたちの耳元で響き、その心配する表情も安易に想像できた。


『……とはいえ、もう集団と分かれてしもうたか。ファラ一人だけを、今からシギロア村に返すというのも、不可能じゃろう』

「やった!」

『……フィンネルの邪魔をせんよう、しっかりお手伝いするんじゃぞ』


かくして、ファラの同行は、長老からも正式に認められた。 エルウィンは、フィンネルに、ウィグル鉱山近くにもう一本植えて欲しい、と新たな指示を出す。

エフェスたち一行は、フィンネルの(どこか疲れた)命令を聞きながら、残り三本の【五葉松の挿し木】を植樹するため、前方に注意し、静かでありながらも賑やかにウィグル鉱山へと向かっていった。


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