エフェス編 第20話 種族と毒
星霊暦五〇四年一月三十日、水曜日。夜半。
救出は成功したものの、夜が明けるまで、森の中での休息は続く。 フィンネルの救出部隊の四名は、解放された同胞たちを警護しつつ、交代で見張りを続けていた。エフェスは子供ということもあり、戦闘の興奮も冷めやらぬまま、ファラたちと一緒に休むよう促されていた。
「お前さ、マジで強かったんだな」
ファラが、隣に座るエフェスに感心したように言った。
「お前のあの動き、俺の知っている限りでは、フィンネルの次に速いぞ」
「やろうが。もっと褒めても良かっぞ」
エフェスは、得意げに親指で鼻をこすった。
「……って、フィンネルは、やっぱり強いんだな」
「そりゃそうだろう。フィンネルは二十才だけど、昔から狩り一筋で……」
ファラは、そこでふと言葉を切り、周囲の大人たちに聞こえないよう、気まずそうに声を潜めた。
「……あんまり大きな声では話せない内容なんだけどさ」
ファラは、エフェスに耳打ちした。
「フィンネルは……母親を、二年前にシギロア村で初めて起こった人さらいで亡くしてるんだ」
「亡くしとる? ウィグル鉱山に、連れて行かれたんじゃなかっか……」
「残酷な話しだけど、女性や子供は、道中で死んでることが多かったそうなんだ。それに……」
ファラは、自分の手首にはめられていた「木の手錠」の痕に触れた。
「何より、俺たちエルフ族……植物民族は、鉄や鋼の金属が『毒』だからさ。最初のうちは、人さらいに遭っても、みんな、あの『鉄の手枷』の鉱毒で……亡くなってたんだ」
その言葉に、エフェスは息を呑んだ。 見た目は、ほとんど変わらない。だが、根本的な「種族」が違う。 エフェスは、自分がガラーシャ村で、当たり前のように鋼のショートソードを使っていたことを思い出した。 そして、今の【霊樹の剣】を手にしてから感じている、あの、まるで自分の体の一部であるかのような馴染み具合。変な力が抜け、重さを感じない、本来の動き。
(もしかしたら……おいは、鉄や鋼との相性が、あんまり良くなかったのかも)
ファラたちの言う「毒」とまではいかなくても、複合的な種族(キメラ種)である自分は、その影響を受けていたのかもしれない。
(気を付けんといかんな……)
エフェスは、ふと、新たな疑問が湧いた。
「ファラ。ちなみになんだけど、どうやって、植物民族だとか、複合種族とか、分かっと?」
「……」
ファラは、一瞬、何を言われたのか分からないという顔で固まった。
「……どうしたっか、ファラ?」
「いや……お前は、すごいのか馬鹿なのか、さっぱり分らんな」
ファラは、心底呆れたという顔でため息をつき、そこら辺に生えている、ごく普通の木を指さした。
「エフェス。あの木の種類は、分るか?」
「うん! わからん! おいは、実がなる木か、見た目が分かりやすい木しか分らん」
「……だと思ったぜ」
ファラは、もう一度ため息をついた。
「あれは、ロトの樹っていってな、一般的には【鑑別木】って名前で、どんな場所にも生えてる、誰でも知ってる木なんだよ」
「へぇ」
「あの木の枝や葉っぱを、特別なやり方で紙みたいにしたのが、【種族鑑別紙】っていう紙だ。……うん、誰でも知ってる紙だな」
「おいは、知らんかったぞ!」
「お前らの村が普通じゃなかったか、お前が、その紙を使うのを見たことがないか……どっちかだな。まぁ、後者だろうが、大抵は赤ん坊が生まれた後に、種族の証明のために使うもんだ」
エフェスは、当たり前にどこにでもある木が、そのような誰もが使う有名な木であることを知り、今日一番の衝撃を受けていた。 ファラは、そんなエフェスにお構いなしに続けた。
「俺たちエルフ族、まぁ、植物民族の血を、その種族鑑別紙に一滴垂らすと、分かりやすく【緑色の葉脈や木目模様】になるんだよ。それが、種族ごとに、全部違う」
「どんな違いがあると?」
「俺が全部知ってるわけないだろ。まぁ、困ったときは、動物にしろ植物にしろ、血や、血に変わるもんをつけてみろ。色んな種族の模様が見れるぞ」
「へー……動物の血とかでも、良いんやね。……よし。種族鑑別紙ってのを見つけたら、自分の血で試してみっか!」
その時、見張りをしていたエルフが、別の一人と交代した。 それを見て、エフェスは、フィンネルの姿がずっと見えないことに気が付いた。
「そういやファラ、フィンネルは、どこ行ったか知らん?」
「フィンネルなら、お前がちょっといなかった時、荷馬車の檻に入れた野盗二人の見張りを交代するって、あの川の方に降りて行ったぞ」
「ああ、じゃけん、馬が二匹だけ、ここにいるとね。……ちょっと、遊びに行かんか?」
「うーん……」
ファラは、少し迷った。
「野党の死体に、獣たちが群がる可能性もあって危険だから、子供は来るなって言われたぜ」
確かに、月が明るいとはいえ、血の匂いに獣が寄ってくる危険性は高い。 だが、エフェスは、せっかくファラを助けられた安堵感から、少し散歩がしたかった。
「寝るにも早かし、獣がおったら、狩りせればよかけん。大丈夫よ」
「……そうだな。行ってみるか」
◇
エフェスとファラは、見張りのエルフに気づかれないよう、音を殺して、コソッと休息地を抜け出した。 ならず者たちの野営地にあった焚火は、まだそのまま燃えていたので、それを目指してまっすぐに川沿いへ向かう。
(あんまり音を出すと、野生動物と間違われて、弓ば射られるかもな)
エフェスは、フィンネルたちを刺激しないよう、慎重に茂みの中を進んだ。
やがて、焚火の明かりに照らされた光景が見えてきた。 だが、それは、不自然な光景だった。
フィンネルと、もう一人のエルフの隊員が、霊樹の剣らしき剣を持ち、檻から出された二人のならず者たちを、縄で縛ったまま、目隠しをして正座させている。
ファラは、その光景を見て、低い声で呟いた。
「……あれは、拷問だ」
「ごうもん?」
「そうだ。敵に情報を吐かせるために、痛めつけてんだよ。まぁ、敵が情報を簡単に吐けば良いんだが、でなければ……」
その言葉を裏付けるように、フィンネルが、ならず者の一人の肩を、剣の「みね」で容赦なく殴りつけた。
『グアッ!!!』 『……ッ』
ファラは、淡々と続けた。
「ああいう風に、情報を吐くまで、痛め続けるんだ」
エフェスは、なんとも表現しがたい感情に襲われた。
「……あれは、良いんか? ……あいつら、嫌な敵やけど、なんか、虐めてるみたいで、おいは嫌なんやけど」
「仕方ないさ」
ファラの声は、エフェスよりも、ずっと冷めていた。
「あいつらは、それ以上に俺たちを苦しめてきたんだ。同情するだけ馬鹿だぜ。ああいうやつらは、お前が今、フィンネルを止めたとして、ほんの少しも感謝しない。逆にお前を利用して、逃げようとするだけだ」
エフェスは、ファラの言うことも理解できた。 だが、どうにも、一方的な暴力という光景は、ガラーシャ村の襲撃を思い出させ、生理的な拒絶感を覚えてしまう。 ファラが、そんなエフェスを気遣うようにつづけた。
「俺も確かに、ひどい目にあったし、殺したい気持ちがないことはない。けど、あぁいう捕まってる状態の敵を、殺して喜ぶほど落ちぶれてはいない。フィンネルも、それは一緒さ。……ただ、目的は、ウィグル鉱山にいる同胞たちの救出。……それだけなんだ」
ファラの言葉は、正しいとか、間違っているとかではなかった。 奪われた者が、奪い返すための、ただ、それだけの行為。 エフェスは、それを受け止めるしかなかった。
その時、フィンネルが動いた。 彼は、痛めつけていた方のならず者の目隠しを乱暴に外し、その目の前に、一本の薬瓶らしきものを取り出した。 瓶の中には、緑色の液体が入っている。 エフェスたちは、息をひそめ、耳をすませた。
目隠しをとられたならず者は、薬瓶を見て、恐怖の声を上げた。
「な……何だ、それは! もう……止めてくれ! 止めてください!」
フィンネルの声は、感情が一切こもっていない、氷のように冷たい声だった。
「お前ら、捕虜たちに『止めてくれ』と言われて、止めたことがあるのか? 今更、お前らだけが許されるなんて、都合が良すぎるんじゃないか?」
「うぅ……」
「まぁ、いい。俺たちはお前らと違って、悪鬼じゃない。ウィグル鉱山に捕まっている、捕虜たちのことを話してもらえれば、この森の中で逃がしてやる」
すると、隣で目隠しをされたままのならず者が叫んだ。
「嘘だ! こいつらは、これまでの仕返しで、結局俺たちを殺す気だ! 殺されるなら、話さない方がマシだ!」
「……話さないほうがマシ、ね」
フィンネルは、冷たく笑った。
「ならず者のくせに、変に義理堅いな。……まぁ、いい。こいつは、話した方が良かったと後悔する。これは特別製だ」
フィンネルが、その緑色の液体の入った薬瓶の、蓋を開けた。
「分かるだろ? これは、お前ら鳥民族の禁忌の猛毒である……【アボカド】が入った、特製の毒だ」
「「うぅ……オエッ、オエゥェッ! ……アボカド……ッ!」」
恐怖なのか、何なのか。 薬瓶を見た男も、目隠しをされている男も、その名を聞いた(あるいは匂いを嗅いだ)だけで、強烈にえづいた。本能が、身体が、その「毒」に恐怖している。 エフェスは、フィンネルの冷徹さに、背筋が凍る思いだった。
フィンネルは、目隠しをされている方の男(話さない方がマシだと言った男)の口を、強引にこじ開けさせた。
「おい、よく見てろよ。お前の元気な仲間が、どうなるかをな」
フィンネルは、笑顔で、隣のならず者に声をかけた。 そして、その「毒」を、目隠しされた男の口に、無理やり流し込んだ。
「ガフッ……! ガフッ!! おえぇ……おえ……!」
毒を飲まされた男は、縄をされたまま、しばらくの間、獣のように地面をのたうち回った。 そして、ピタリと、動かなくなった。
「……は、話します! 全部話しますから!」
残されたならず者が、絶叫した。
「アボカドだけは! アボカドだけは、止めてください!」
「……良いだろう。話せ」
そう、フィンネルは言い、残ったならず者に、ウィグル鉱山のことを洗いざらい聞き出した。
その、あまりにも強烈な「拷問」の光景。 ファラは、なんとも言えない顔をし、うつむいていた。 エフェスもまた、フィンネルを……あの、明るい月夜の下で冷酷な尋問を行うフィンネルを、ただ、複雑な顔で見つめていた。
……その時。 風向きが変わり、焚火の煙と共に、微かな匂いがエフェスの鼻をかすめた。 エフェスは、その匂いを知っていた。 シギロア村で何度も嗅いだ匂い。 あの少し独特な、薬草の匂い。
「あ……」
ファラは、エフェスの漏らした声に、ハッとして顔を上げた。 エフェスの顔は、すごく悔しそうに……そして、どこか嬉しそうに、笑っていた。
「やられた……」
ファラには、その笑顔が理解できなかった。 エフェスは、あの動かなくなったならず者と、冷徹に尋問を続けるフィンネルを交互に見ながら、確信をもって呟いた。
「ファラ……あん毒の匂い……ありゃ、毒じゃなか。
……リーファの薬ばい」




