第02話 はじめてのおでかけ
森の外へ行く。そう決めて家を出たけれど、ぼくは森の外がどっちにあるのか、よく知らなかった。
「えっと……こっち、かな?」
小さな杖を持って、細い道を歩く。
背中には、おばあちゃんの魔導書とパンを入れた鞄。
水筒もあるし、干したお肉もある。
そして、着替えもちゃんと入れた。
おばあちゃんのお墓に「いってきます」も言ったから大丈夫だ。
「うん。だいじょうぶ」
忘れ物はない、多分。
ぼくは森の中をずんずん進んだ。
黒耀の森は、とても大きいし、空が見えなくなるくらい高い木がたくさん生えていて、太い根っこが地面からぼこぼこ飛び出している。
気をつけないと転んでしまう。
「よいしょ」
大きな根っこをまたぐ。
「よい……しょっ」
今度のは高かったので、両手を使って登り、降りる時は、ぴょんっと飛ぶ。
「できた!」
ふふ、ちょっと楽しい。
ぼくは森の外へ行くのが初めてだった。
おばあちゃんが元気だった頃も、遠くまで行ってはいけないと言われていた。
『リオ。一人で遠くへ行ってはいけないよ』
『どうして?』
『森には怖いものがいるからさ』
『怖いもの?』
『そうだよ』
でも、何が怖いのかは教えてくれなかった。
狼さんもいるし、大きな猪さんもいる。たまに家の近くまで大きなトカゲさんが来る事もあった。
でも、みんな近づかなければ何もしない――だから、ぼくは森が怖いと思った事はなかった。
「外には何があるのかなぁ」
歩きながら考えてみよう。
おばあちゃんから、いろんな話を聞いたことがある。
森の外には、大勢の人が暮らしているらしい。
家もいっぱいあったり、お店というところもある。そしてお金を渡すと、パンやお肉をもらえるらしい。
「パン屋さん、あるかな?」
おばあちゃんが作ってくれたパンも好きだったけれど、外のパンも食べてみたい。
甘いパンもあるって聞いたし、おばあちゃんから聞いた話では果物がいっぱい乗ったものや、蜂蜜をたっぷり使ったものもあるらしい。
「うん、食べたいなぁ」
そう考えたら、急にお腹が鳴った。
ぐうう。
「…………」
ぼくは立ち止まった。
お腹を見て、ため息を吐いちゃった。
「まだ朝ごはん食べたばっかりなのに」
でも、いっぱい歩いたから仕方ない。
ちょうど近くに倒れた木があったので、そこへ座ることにした。
「よいしょっと」
鞄を下ろして、中からパンを一つ取り出す。
「いただきます」
ぱくり。
「ん!んー!!」
ちょっと硬いけど、おいしい。
昨日、自分で焼いたパンだ。
おばあちゃんみたいにふわふわにはできなかったけれど、ちゃんとパンの味がする。
「今度は、もっと上手に作ろう」
パンを食べながら、周りを見てみると、鳥さんが鳴いている。
木の上を小さな動物が走っていくのが見えた。
風が吹くと、木漏れ日がきらきら揺れる。
「おでかけって、楽しいなぁ」
一人なのは少し寂しい。
だけど、知らないところへ行くのはわくわくする。
おばあちゃんも、こんな気持ちだったのかな。
若い頃はいろんなところへ行ったと言っていた。
「おばあちゃん……ぼくも、いっぱい見てくるね」
誰に言うでもなく呟いて、残りのパンを食べた。
◇
それから、しばらく歩いた。
「ふんふんふーん」
鼻歌を歌いながら進む途中で赤い木の実を見つけた。
「あ」
ぼくはしゃがみ込む。
「これ、お薬になるやつだ」
おばあちゃんに教えてもらった事、これは熱が出たときに煮て飲むといいらしい。
「持っていこう」
ぼくは手を伸ばし、三つだけ摘んで鞄に入れる。
全部取ってはいけない。理由は森の動物さんたちも食べるから。
少し歩くと、今度は黄色い花を見つけた。
「これも!」
虫に刺されたときのお薬になる。
さらに進むと、青い茸もあった。
「これは食べちゃ駄目なやつ」
おばあちゃんが言っていた。食べると三日くらいお腹が痛くなるらしい。
ぼくは茸を避けて歩いていると、ふと考えた。
なんだか、いつもの薬草採りみたいだった。
「森の外、まだかなぁ」
家からかなり歩いた気がする。
でも、周りはまだ木ばかり。
「もうちょっと、かな?」
その時だった。
――ガサッ。
「ん?」
前の茂みが揺れた。
――ガサガサッ。
何かいる、のかな?
「鹿さんかな?」
ぼくは立ち止まった。
茂みの向こうから、低い音が聞こえてきた。
――ぐるるるる……。
「……鹿さんじゃないね」
次の瞬間、大きな影が飛び出してきた。
「わぁ」
ぼくが見上げてみると、現れたのは狼だった。
ただし、家の近くで見かける狼より、ずっと大きい。
ぼくが三人くらい並んでも足りないくらい大きな体。
黒っぽい毛に赤い瞳を見せて、口からは鋭い牙がたくさん見えている。
「おっきい狼さんだ!」
初めて見た。
初めて見た狼さんは道の真ん中に立ったまま、ぼくを睨んでいる。
――ぐるるるる……。
「…………」
ぼくは右を見ると、木があった。
左を見ると、茂みがある。
そして前を見る。
狼さん――うん、困った。
この道を通りたい。
「あのー」
声をかけてみる。
狼さんの耳がぴくっと動いた。
「ごめんね。そこ、通りたいの」
お願いしてみた。
だけど、狼さんは動かない。
「ぼく、森の外に行かなくちゃいけないんだ」
――ぐるるるる……。
「ちょっとだけ、どいてくれない?」
「ガウッ!」
「わっ」
お、怒られちゃった。
「……だめ?」
どうしよう……。おばあちゃんは、動物を困らせてはいけないと言っていた。
だったら、別の道を探したほうがいいのかな。
「じゃあ、ぼく、あっちから――」
そう言って後ろへ下がった瞬間。
「ガアアアッ!」
狼さんが飛びかかってきた。
「わっ!?」
大きな口が目の前まで迫ってくる。
危ないと思ったぼくは、慌てて杖を振った。
「《風払い》!」
おばあちゃんから教えてもらった生活魔法。
家の中に入った埃や、落ち葉をまとめて飛ばすための魔法だ。
その瞬間。
――ドンッ!!
「ひゃっ!?」
ものすごい風が吹いて、木々が大きくしなる。
落ち葉が空へ舞い上がってしまった。
そして、目の前にいた狼さんも――。
「キャウン!?」
飛んでいった。
「……え?」
ぼくは目をぱちぱちさせた。
狼さんはくるくる回りながら、ずっと向こうへ飛んでいく。
一つ、二つ、三つ、と木々の間を抜けて――どさあっ!
遠くの茂みに落ちた。
「…………」
静かになった。
ぼくは杖を持ったまま、しばらく動けなかった。
「狼さん?」
返事はない。
少し心配になってそっと近づいてみると、ずっと向こうの茂みから、狼さんが顔を出した。
「あ。いた」
「…………」
「大丈夫?」
狼さんはぼくを見る。
ぼくも狼さんを見る。
「…………」
「…………」
狼さんの耳がぺたんと伏せられた。
「キュン……」
そして、小さく鳴くと、ものすごい速さで森の奥へ逃げていった。
「あっ」
行っちゃった。
「…………」
ぼくは周りを見ると、落ち葉がひらひら落ちてきて、髪もぐしゃぐしゃになっていた。
「……今日、風つよいなぁ」
ぼくは、杖を鞄に戻した。
おばあちゃんがいたら、ちゃんと帽子をかぶりなさいって言われたかもしれない。
「そうだ!次から帽子も持ってこよう」
ぼくは鞄を背負い直した。
これで道も通れる。
「狼さん、どいてくれてありがとう!」
もう姿の見えなくなった狼さんへ、大きな声でお礼を言った。
そして再び、森の外を目指して歩き始める。
このときのぼくは知らなかった。
さっき出会った狼さんが、この森でも上位に位置する凶悪な魔物――『黒牙の魔狼』と呼ばれている事を。
そして、普通の騎士なら、何人も集まらなければ倒せないことも。
もちろん、生活魔法の《風払い》で、そんな魔物を何十メートルも吹き飛ばす六歳児なんて、普通はどこにもいないということも。
ぼくは何も知らないままのんきに。
「森の外、どんなところかなぁ」
次に食べるパンのことを考えながら、ご機嫌で森を歩いていたんだ。
読んでいただきまして、本当にありがとうございます。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!
ぜひよろしくお願いします!




