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森で拾われたちびっこ魔術師、辺境騎士団で今日もお手伝いします! ~生活魔法しか使えない僕ですが、なぜかみんなに褒められます~  作者: 桜塚あお華
第01章 森で拾われた小さな魔術師

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第01話 おばあちゃんが眠った日

 

 その日、朝になってもおばあちゃんは起きなかった。


「おばあちゃん、朝だよ」


 ぼくはベッドの横に立って、おばあちゃんの肩を揺らしてみる。

 いつもなら、ぼくが起こすより先に起きている。

 台所からパンを焼く匂いがして、鍋の中ではスープがことこと鳴っているのだ。


『おはよう、リオ。顔を洗っておいで』


 そう言って、笑ってくれる。

 だけど、今日は何も聞こえなかった。


「おばあちゃん?」


 もう一度呼んでみるんだけど、返事はない。

 そのままおばあちゃんの所に行くと、眠っているおばあちゃんの顔はとても静かだった。

 昨日の夜、おばあちゃんは少しだけ苦しそうに咳をしていた。

 ぼくが「お薬作る?」と聞いたら、


『大丈夫だよ。少し疲れただけさ』


 そう言って、ぼくの頭を撫でてくれた。

 だから、寝れば元気になると思っていた。


「……まだ、疲れてるの?」


 手を握ると、すごく冷たかった。

 まるで冬の川の水みたいに、冷たかったんだ。


「おばあちゃん」


 ぎゅっと握ってみる。


「寒いよ」


 毛布をもう一枚持ってきて、おばあちゃんにかけた。

 暖炉にも薪を入れた。


「《火起こし》」


 ぽっ、と薪に火がつくと、ぱちぱちと音を立てて、部屋が暖かくなっていく。


「うん、これで大丈夫だよ」


 だけど、おばあちゃんの手は温かくならなかった。

 ぼくはしばらく、その手を握っていた。

 それから、おばあちゃんが前に言っていたことを思い出してしまった。


『人はね、いつか眠るんだよ』

『眠る?』

『そう。とても長い眠りにつくんだ』

『朝になったら起きる?』


 そう聞いたぼくに、おばあちゃんは少し困ったように笑った。


『その眠りだけは、朝になっても起きないんだよ』


 あの時は、よく分かったような分からないような感じがした。

 でも今は、分かった。


「……おばあちゃん、眠っちゃったの?」


 返事を待っていても、おばあちゃんの返事はない。


「長い、おやすみなの?」


 やっぱり、返事はなかった。

 胸の奥がぎゅっと痛くなり、同時に泣いたら駄目だと思った。

 おばあちゃんはいつも言っていた。


『リオは強い子だね』


 だから、強い子でいなくちゃいけない。


「……おやすみ、おばあちゃん」


 そう言ったら、涙が一つだけ落ちた。


 それからぼくは、おばあちゃんのお墓を作った。

 家の裏にある、大きな木の下——春になると白い花がたくさん咲く、おばあちゃんの好きな場所だ。


「《土ほぐし》」


 杖を振ると、ふわりと土が柔らかくなった。

 そこを小さなスコップで掘った。

 何度も、何度も。手が痛くなったけれど、やめなかった。

 おばあちゃんを一人にするのは嫌だったから、家から見える場所にした。


 夕方になる頃には、小さなお墓ができた。

 石を一つ置いて、その前に白い花を飾った。


「おばあちゃん……ここなら、寂しくないよ」

 ぼくはおばあちゃんのお墓に座りながら言った。

 家からすぐだし、毎朝、おはようって言えるし、夜には、おやすみって言える。

「ぼくもいるから、大丈夫だよ」


 そう言った――でも、どうしてか涙が止まらなくなった。


「……ぼくも、大丈夫だから」


 誰に言っているのか、自分でも分からなかった。


  ◇


 その夜、ぼくは初めて、一人でご飯を食べた。

 パンと、昨日の残りのスープなんだけど、向かいの椅子には誰もいない。

「いただきます」


 声が家の中に響いた。

 いつもなら。


『はい、召し上がれ』


 って聞こえるのに、今日は何も聞こえない。

 ぼくは、スープを一口飲んだ。


「……おいしい」


 おばあちゃんが作った最後のスープだった。

 そう思ったら、なかなか次を飲めなくなった。

 それでも全部食べた。


『食べ物を残したら駄目だよ』


 おばあちゃんとの約束だから。


「……ごちそうさまでした」


 食器を洗って、暖炉の火を消して、ベッドに入った。

 怖くない――森の中で暮らしているんだから、獣の鳴き声なんて毎日聞いている。

 怖くないはずだった。


「…………」

 だけど、家って、こんなに広かったっけ。

 風が窓を揺らしているのを見ると、木々がざわざわ鳴っている。

 どこか遠くから、魔物の遠吠えも聞こえた。


「おばあちゃん……」


 ぼくはおばあちゃんを、呼んでしまった。

 返事はないのはわかっているんだけど、ぼくは毛布を頭までかぶった。


「……大丈夫」


 強い子だから。


「ぼく、六歳だもん」


 もう赤ちゃんじゃない。

 一人で着替えられるし、料理も少しできるんだ。

 掃除も洗濯もできるし、魔法だって使える。

 だから大丈夫——そう何度も言っているうちに、いつの間にか眠っていた。


  ◇


 次の日、朝日で目を覚ましたぼくは、いつものように言った。

「おはよう、おばあちゃん」


 挨拶をしたんだけど、誰もいない事を思い出した。


「……あ」


 胸がまた痛くなった。

 でも、その時、おばあちゃんの言葉を思い出した。


『リオ』


 亡くなる少し前、おばあちゃんはぼくをベッドの横に呼んだ。


『もし、私がいなくなったらね』

『いなくなるの?』

『もしもの話さ』


 おばあちゃんは笑っていた。

 そして、ぼくの頬を優しく撫でた。


『森の外へ行きなさい』

『森の外?』

『そうだよ』

『おばあちゃんも?』


 そう聞いたぼくに、おばあちゃんは答えなかった。

 ただ、少し寂しそうに笑っていた。


『外には、たくさんの人がいるし、リオがまだ知らないものも、たくさんある』


 そして最後に言った。


『怖がらなくていい。お前ならきっと、大丈夫だから』


「……森の外」


 ぼくは窓を見ると、ずっと遠くまで、木しか見えない。

 ぼくは森の外へ行ったことがなかった。

 少し怖い、けど。


「おばあちゃんとの約束だもんね」


 ぼくはベッドから降りた。

 小さな鞄を出して、パンを三つ入れた。

 干したお肉と、水筒と、着替え。

 それから――おばあちゃんが使っていた古い魔導書。

 とても分厚くて、ぼくにはまだ読めないところもいっぱいある。


「むむ……重い」


 でも、大事なものだから持っていく。


 鞄を背負って、杖を持った後、最後に家の中を見回した。


「行ってきます」


 挨拶をしたんだけど、返事は帰ってこなかった。

 外へ出て、おばあちゃんのお墓へ向かう。

 白い花が朝露に濡れていた。


「おばあちゃん」


 墓石の前にしゃがむ。


「ぼく、森の外に行ってくるね」


 もう一度、おばあちゃんの声が聞こえるかと思ったんだけど、やっぱり聞こえなかった。


「大丈夫だよ……ぼく、強い子だから」


 ぼくはそのように言った後、立ち上がった。

 森の向こうへ続く細い道を見る。

 どこへ行けばいいのかは、分からない。

 森の外に何があるのかも知らない。

 だけど、おばあちゃんが行きなさいと言ったから、きっと大丈夫。


「いってきます!」


 今度は少し大きな声で言って。

 ぼくは六年間暮らした小さな家をあとにした。


 ――これが、ぼくにとって初めての旅になった。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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