五月(現)
「おりゃー!!高階ー!!」
男は急に襲名式が行われる広間に入って来ると、右手を高階氏に向けた。
(バン!バン!)
一瞬だった。
乾いた音が広間に響く。
「高階さん!!」
俺は直ぐに高階氏に駆け寄った。広間は騒然としている。
「ごらぁ!!!」
何人かの屈強な男達が侵入者を捕らえた。
高階氏はすでに息をしていなかった。弾は彼の頭を撃ち抜いたようで、辺りには彼のと思われる脳が飛び散っている。
「救急車呼べ!!!」
誰かが怒鳴ると同時に控室で待機していたウチの連中も広間に入ってきた。
「永田ぁ!!車回せ!!!」
飯田が携帯を片手に怒鳴る。
辺りでは他の組の連中が各々、自分の親分を取り囲んで守りに入っていた。
俺は抱き抱えていた高階氏の体を畳の上に置くと、高階組の組員と思われる若い奴を怒鳴った。
「何してんだ!!親分医者連れてけ!!!」
俺の怒鳴り声に高階組の若い衆がゾロゾロと現れ、親分の体を抱き抱えると広間の外へ連れ出した。
「霊代!!大丈夫ですか!」
俺は高階組最高顧問に声をかける。
「大丈夫大丈夫!」
無事なようだ。
継承者の高階氏の座布団の奥には、取持人である桑子の座布団が用意されていた。
俺が桑子の座っていた方を見向くと、すでに桑子の周りには桑子組組員が桑子を守っている。
「桑子組長!怪我は!?」
桑子はじっと前を見据えていたが、俺の問いに静かに「大丈夫だ。」と言ったきり、すぐに桑子も広間から出て行った。
「総長!行きましょう!まだ攻撃されるかもしれないです!」
飯田の言葉に俺は頷くと、俺達は外へ出た。
外へ出る途中で、高階氏が組員達から心臓マッサージをやられているのを見たが、すでに助からないと思っていた俺はそれ以上彼に近づかなかった。
外へ出るとけたたましいサイレンの音がする。
「もう居んのかサツは!」
興奮冷めやらない飯田が怒鳴る。
「全員動くなぁ!!!!」
警察は誰1人会場から出していないようで、あちこちで組員と警官同士の怒鳴り声が響く。
「永田ぁ!」
飯田が路上を見て叫ぶ。
すでに各組の車は高階組本部前に集結していたが、一際目立って小沼一家の永田が警官と張り合っている。
「触ってんじゃねぇテメェ!!コラぁ!!」
そんな喧騒の中、警察が一台のパトカーに男を引きずり込んで走り去ったのが見えた。高階氏を撃った男だ。
「身柄渡したみたいだな。」
俺は独り言を呟くと、そのあとは黙って警察の指示に従った。
事情を聞かれたりされ、ようやく車に乗り込む事ができた時にはすでに夜になっていた。
「いやぁ〜参ったなぁ。こんな事になるとは。」
俺は血で汚れたスーツの上着とシャツを脱ぐと肌着一枚になっていた。飯田が上着を献上しようとしたが、俺は断った。
警察は最初血濡れた俺を容疑者だと思ったらしい。
「総長、お怪我ないですか?」
助手席の永田が言う。
「ああ、大丈夫だ。しかしまぁ〜義理事に乗り込んでくるとは…なんて奴なんだろうなぁあの野郎。」
俺は「ある意味」あの男を讃えた。継承式や葬儀はヤクザの世界では「義理事」と言われる。義理事に拳銃を持ち出すのはタブーだし、ましてや「殺し」は掟破りだ。
「サツは来るのが大分早かったな。まぁ近くに待機してたんだろうが、いつもより人数が多かった。」
飯田が永田に向かって言う。
「はい。待機してたのは6人でしたが、ちょっとしたらサイレン鳴らしてうじゃうじゃ来やがったんです。自分は聞こえませんでしたが、銃声が聞こえたんですかね?」
永田は時折こちらを見ながら話す。
「…まぁその内やった奴の情報が入るだろう。今日は帰ったらみんなゆっくり休んでくれ。」
俺は組員達を労うと煙草を片手に遠くの街の灯りを眺めた。
情報が入るのは早かった。
3日後、執務室に居る俺の元を飯田が尋ねてきた。
「総長。やった奴が誰か分かりました。」
俺は飯田の報告に、書類を眺めながら聞いた。
「ん?誰だったんだ?」
「やったのは大川原って奴で、高階組の「元」若頭らしいんです。跡目は本来なら大川原で、当時若頭補佐だった高階の親分が半ば強引に跡目を継ごうとしたみたいで…大川原は元々数年前に高階の先代と決別して破門になっていたようです。」
俺は書類から目を離すと、煙草を咥えた。
「結局派閥争いって訳か…。ウチには幸い「派閥」はないが、わからねぇもんだな。組織ってのは…。」
男の道を極める。それが「極道」だ。その道では「仁義」や「道理」人としての道筋を学ぶのが常だ。
親分と子分。兄弟。互いを信じ、「弱気を助け強きを挫く」極道とはそんな道である。
そう思っていた。
しかしそんな任侠映画さながらの価値観は…現実にはない。
あるのは他人を蹴落としてでも登り詰めようとする、血生臭い権力の争いだ。親も子もない。
俺は理想とする「極道」に生きる自分と、「現実」に生きる自分との狭間の中で、生き苦しさを覚えていた。
でも確かな信念はある。
親父が残した小沼一家を守り、「本当の家族」を作りたい。たとえヤクザ社会が謀略に満ちていても…。
「飯田!」
「はい!」
「来月、幹部連中呼んでバーベキューでもするか!」
飯田は急な俺からの誘いに一瞬戸惑ったが、屈託のない笑顔を見せて笑った。
「初めて見るな。お前の笑った顔。」
「そうですか?でも急にバーベキューなんて仰るんで…。」
「そうか。まあいいじゃねぇか。それと草野とか永田とかさ、役付き以外の奴も何人か誘っておけよ。」
俺は泥沼続きの血を見る事が当たり前のヤクザ生活に、少しでも「普通」の要素を入れたかった。特にあんな事があった後だ…。自分自身の気分転換も図りたかった。
飯田は今度は少しだけ笑うと、早速バーベキュー会場を調べ始めた。