五月(疑)
「飯田!居るか?」
俺は飯田を呼んだ。
「はい、居ます。」
「あいつら帰ったのか?」
「ええ。あいつら、堂々と目の前に車停めやがって、しかも中に居る運転手がこっち睨んでるんですよ。
ったく、教育がなってません。」
飯田はブツクサと文句を言いながら執務室の扉を閉めた。
「なぁ飯田。草野達に俺の言ってる事って間違ってるかな?」
俺の唐突な質問に飯田は目を丸めた。
「そんな事ありません。総長は総長のお考えでやって頂いて…。俺達子分は黙って付いていく…それだけです。」
「そうか…。」
俺は煙草に火をやると一息して外を眺めた。
「昔、草野が下手打ってな。俺も詳細はよく知らないが、親父に散々絞られた事があったんだよ。お前知ってるか?」
俺の唐突な昔話に飯田は一瞬考えてすぐに応えた。
「はい。耳にした事はあります。」
「うん。その時親父な、あいつを叱った後に何処かに電話してたんだよ。それで電話が終わったあとに俺がどこにかけたんだって聞いたんだよ。」
飯田は興味津々に俺の話に耳を傾けた。
「そしたら親父、県警の本部長に電話しててな。びっくりしたよ、まさかヤクザが県警と繋がってるなんてな!」
俺がそう言って苦笑すると飯田もつられて苦笑した。
「何言ったんだって言ったら、「草野が粗相をしたんだけど、もし捜査する事があれば、小沼一家は外してくれ」って言ったんだとよ。」
飯田は驚いた様子を見せたが、直ぐにいつもの真顔になった。
少しは顔を緩めてほしいものだ。
「そんな事が出来るんですか?」
飯田の問いに俺は両手を挙げて、さぁ?という仕草をした。
「でも出来るんだろうなぁ。その後実際に草野の件で大原のサツが動いた事は無かったしな。ウチの地元の県警を動かして、他県の大原のヤクザに手が回らないようにできるって事は、相当力のある本部長だったんだろう。」
俺は目線を自分の席に移すと、話を続けた。
「そもそも警察が嗅ぎつけてなかったって可能性もある。でも最初から話を県警に持ってくって事は、親父もかなり良い付き合いしてたんだろうな。普通の感覚なら白状してるようなもんだ。」
俺は飯田を見て微笑むと、飯田も少し微笑んだ。
「何年か経って知ったんだが、その県警の本部長に親父が金貸してたらしいんだよ。戦後間もない頃からの付き合いだったらしい。
ったく、身内の事とはいえ…警察ももっとちゃんとしろよって思ったよ。俺が言うのも変だが。」
「その本部長今どうしてるんですか?」
飯田は本部長の現在を聞いてきた。そんな力のある奴が今何をしてるかは誰もが気になるだろう。
「もう定年したって話だ。金は返って来てなかったみたいだな。親父も最初からくれてやるつもりだったみたいだし。」
「そうですか。」
「我が父親ながら、とんだ親バカだよ。しかも草野は実の息子でもないのにな。」
飯田は反応に困った様子だ。それもそうだ、「先代」をバカ呼ばわりできるのは俺ぐらいだろう。
「でもな、俺は仁義だの人の道だの言ってる親父が、ああいうときはズル賢く頭を回す姿に憧れたのも事実なんだ。だから本音では草野の思う事も理解できるが、こういう時は親父がやってたみたいにしてみたいんだ。俺は小沼の二代目だ。全体のバランスを考える必要がある。簡単に戦争に踏み切らせる訳にはいかない。」
「はい。分かってます。」
飯田は真剣な眼差しでこちらをじっと見つめる。
「ただ、俺達はヤクザだ。俺は最後は暴力も使う。そうだな、草野は「核爆弾」みたいなもんだな。お前は俺の「名参謀」だよ!」
俺はそう言って笑い飯田を帰した後、1人きりの執務室で煙草を吸いながら考えていた。
(さすがにもう小沼一家と県警にパイプはない。けど、あの本部長って、たしか…)
俺は親父が使っていたメモ帳を遺品から探すと、ページをめくった。
親父はよくこのメモ帳に他人の連絡先を書いていた。
脳梗塞が元で親父は死んだが、何年か前から定期的に医者には通っていた。気をつけていても何があるかわからないものだ。
メモ帳には医者の予約日、いろんな人間の名前と連絡先が書いてある。
しばらく眺めているとそこに彼の名前があった。
「県警 勝間田久雄」
これが元県警本部長だ。
何かの時は使えるかもしれない。ただ、今生きてるかどうかは分からない。まぁ…あとで調べれば良い。
俺は名前と連絡先を自分のメモ帳に記すと、親父のメモ帳を元に戻した。
1週間が過ぎた頃、俺はとある県に居た。今日は友好団体の襲名式がある。「立会人」としての出席だ。
会場となる本部前に車を着けるとドアが勢い良く開く。
「ご苦労様です!!」
若い衆の声があちこちで響く中、俺と飯田、何人かの幹部は案内されるまま本部へ入った。
中に入ると控室へ通され、他の組織の面々が挨拶をしている。
「あ、小沼の親分。ご苦労様です。」
今日の主役が俺を見つけるとかけ足で寄ってきた。
「おー、高階さん。本日はおめでとうございます。」
高階氏は小沼とは友好団体の「高階組」の二代目を襲名する。高階組とは親父の代からの付き合いだ。
俺は高階氏と挨拶を済ませると、他の組織の長とも挨拶を交わした。ふと見るとまだ挨拶を済ませていない見かけた顔がある。
「お!小沼さん。こないだはどうも!」
桑子だ。
「桑子組長。こちらこそありがとうございました。ご馳走になりました。」
桑子も高階組とは友好関係を築いている。それもそうだ。桑子にとってはヤクザは「平和外交」の時代だ。
桑子は「取持人」といって、今回の襲名に太鼓判を押しているような存在だ。小沼一家以上に高階組とは縁が深い。
「この間の話、草野さんどうだった?」
(その話か…)
「いやぁ〜。草野も知っては居たみたいですが、中々時節柄そういう利権はリスクがあるって事で…。」
俺はもっともな言い訳を用意していた。
「え〜?そうかなぁ。ウチが手回せば安全に仕事取れるけどなぁ…黙ってウチが取ってきちゃう訳にもいかないしねぇ〜。アッハッハッ!」
「ハハハ」
俺は正直この男が嫌いだ。飄々としてるがちゃっかり仕事を取っていくのがどうも気に触る。まぁこれで日本一のヤクザ組織に登り詰めたのだから、これが上手いやり方なんだろう。
「またこの話は次回しましょう。では。」
「うん。また飲りましょ!」
俺は桑子との話を切り上げると便所へ向かった。
便所では1人の男が先客として居た。
男は俺を視認するなり笑顔になった。
「あ!小沼さん!しばらくですね!」
「ああ!高橋さん!しばらくです!」
先客は「升田会」の高橋会長だ。
「すみません、こんな格好で。」
高橋会長は用を足しながらの挨拶に陳謝すると前を向いた。
「いえいえ、便所はションベンするところですから。」
俺達は小便をしながら話を続けた。
升田会は桑子組、小沼一家に次ぐ日本3大勢力の1つだ。
「桑子の親分も元気ですよねぇ〜。」
高橋会長はふと桑子の話をした。
「えぇ、全く衰えないのが逆に心配ですよ。」
俺は思っても無い事を言った。
「ハハッ。」
高橋会長は笑って話を続けた。
「最近じゃその辺の暴走族を手なづけて、しょうもない仕事させてるみたいですわ。」
「そうなんですか。まぁ〜ヤクザにとっちゃ暴走族は宝箱みたいなもんですか!」
ヤクザは当然、暴走族上がりが多い。大抵は使いっ走りにされてお払い箱だが。
『ハハハハ!』
俺達は手を洗うと控室に戻り、そこでも俺と高橋会長の話は続いた。
「私らの方でも、最近は警察がうるさくてうるさくて。」
高橋会長の警察への愚痴を聞きながら俺は升田会との記憶を思い出していた。
小沼一家と升田会は親父の代で一度抗争になった事がある。いわゆる「小升戦争」だ。
どちらも引かないその戦争は、桑子組の仲裁で幕引きとなった。死者合わせて13名。逮捕者30名を出したこの戦争は、組員の引き抜き問題が発端だ。
仲裁の桑子組には、当事まだガキだった俺達2人も今も頭が上がらないのだ。
「小沼さんのとこはシノギどうですか?上手くいってますか?」
高橋会長の問いに俺は我に帰った。
「ああ、最近は株式なんかも順調ですよ。」
「あぁ〜株か〜。私はもう…コレが苦手でしょ?関西人なのに。」
高橋会長は手で輪っかをつくって見せるとゲラゲラと笑った。
「皆様お待たせ致しました。準備が整いましたので、こちらまでどうぞ。」
高階組の若い衆が案内に来た。襲名式が始まるようだ。
襲名式は神前への礼拝から始まり、媒酌人が口上を述べた後に盃を先代が口にする。
最後に高階組二代目が盃を飲み干すと見事継承となる。高階組初代は病没したので、霊代という形で高階組の最高顧問が先代の代わりだ。
「腹々、定まりましたならばその御神酒、一気に飲み干し、懐中深くお納め下さい。どうぞ!」
媒酌人が高階氏に声をかけたその時だった。
(ドンドンドン…!)
誰かが足早に襲名式が行われている部屋に近づいてくる。
俺も含め全員がざわつき出したその時。
(バッ!)
勢いよく襖が開く。
「おりゃー!!!高階ぁ!!!」




