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じゃんけん  作者: 冬花
4/16

五月

 「親分、もう少しで本家です。」


梅津の声で俺は目を覚ました。


大原から梅津と秀成の元へ向かう車中で久しぶりに熟睡していた俺は、大あくびをすると後部座席の窓を開けた。


「まったく本家もこんなに遠いんじゃ、こういう時不便だよな。」


俺は悪態をついた。


「親分、総長はこの話知っていたんでしょうか?」


「あぁ。こないだ桑子と会って話するんだって事は知ってたんだよ。多分そこで何か聞いてるハズだ。秀成も随分と丸くなっちまったよ。そんな話すぐに俺に持ってくりゃ良いのに。危うく戦争になるとこだったろ。」


俺は茶化すように笑うと煙草に火を着けた。


「すると総長は間違いがあっちゃいけねぇって事で、この話黙ってたって事ですか。」


梅津はいつも「真面目」だ。

俺が笑ってるにも関わらず俺から話を聴いて情報を整理する。若頭としては最高の人材だ。


「おい、もっとキビキビ走れ!」


俺は運転席を蹴飛ばした。


「はい!すいません!」


今日は運転手に藤村を付けた。こいつもこないだの「指」の一件から俺の信頼を得た。バカは嫌いじゃない。

だが、そうは言ってもそんな事は本人には言わない。調子に乗るのが目に見える。


「お前、俺んとこ来てどんくらいになる?」


「はい!5年くらいになります!」


「あー、そうかぁ。まあ頑張れよ。」


「ありがとうございます!!」


藤村はまだまだ若手だが親に対する忠誠心が強い。その内役職でもやろう。「会長付」で良いだろう。


俺がそんな事を考えていると梅津が藤村に指示をした。


「おい藤村。本家の前で停めて、転回して頭を帰りの方にしておけよ。」


相変わらず梅津の指導力は信頼できる。若頭はこうでなくちゃいけない。俺が感心していると車は本家に到着した。


「着きました!ご苦労様です!」


「バカ。いちいち言わなくて良いよ。タクシーかお前は。」


俺は藤村に文句を言うとドアを開けた。

後ろから梅津がピタリと俺の後ろに付く。


俺達は本家の玄関まで歩いて行き、梅津がインターホンを鳴らした。


「草心会です。」


(ガチャン)


扉が開くと若い衆が何人か出てきた。


「おざっす!!」


元気の良い挨拶を受けて俺達は2階の執務室へ向かう。執務室の扉は開きっぱなしで、秀成が何かの書類に目を通していたのが見えた。


「失礼します。総長、草野です。」


「ああ、悪かったな呼び出して。」


秀成も俺に気を使っているのが判った。俺の苛立ちに気が付いているんだろう。ただ後藤にこの話を聞いた時よりかは怒りも収まっていた。むしろ戦争ができると「楽しみ」さえある。


「暑くてな、扉開けてたんだよ。まぁ座れ。」


俺と梅津はソファに腰掛ける。

秀成は書類を引き出しにしまうと煙草を吹かす。


「総長、ウチが付き合いのある政治家の話では…」


「まあ待てよ。」


秀成が話を遮る。


「フ〜ッ」


秀成は自分が吹かした煙を見つめるとこっちを向いて口を開いた。


「草野、戦争はさせない。少し分けてやれ。」


「!!」


想像はしていたがまさか開口一番でそんな事を言うとは思いもよらなかった。


「待ってください。大原はウチのシマで、桑子がシマ荒らしに来ただけじゃなく、ウチのシノギにも手を出そうとしている状況です。それは飲めません。」


梅津が反論する。コイツは俺が「戦争」するつもりなのを理解していた。さすが長年俺の隣りに居ただけの事はある。それに本人も納得いっていないようだ。


「おいチンピラ。誰か喋れって言った?」


秀成が梅津を恫喝する。

俺の出番だ。


「総長。コイツは草心会(うち)の事を思って言ったんです。それに梅津の言う事が正しいですよね。なんですぐ結論になるんですか?話し合う為に俺達を呼んだんですよね。」


俺も昔のように頭ごなしに怒鳴ったりはしない。自分なりに理論立てて喋ってるつもりだ。それにいくらなんでもまた前ような「指詰め」になるような事は避けたい。


「桑子はなぁ。今後草心会のシマには立ち入らないって約束したんだ。それだけをお前に伝えようと思ったんだが…。まあこんな事だろうとは思ったよ。桑子の狙いはお前から攻撃させる事なんだよ。戦争になったら小沼全体に影響が及ぶ。向こうは日本最大勢力だ。戦争になればとんでもない事になるぞ。」


秀成がどうも弱腰に見えてならない。


「要は向こうの挑発に乗らずにここは乗り切れ。でもそのリゾート施設の建設の利権を草心会だけで持とうとすればどんな手使って来るか分からねえ。下手すりゃ全部持っていかれるぞ。だったら少し仕事分けてやればWin-Winだろう。」


秀成の「ごもっとも」な戦略を聞いて段々と腹が立ってきた。


「でも俺達はビジネスマンじゃないんですよ?ヤクザなんです。ヤクザがWin-Winとか言ってたら極道のカッコがつきません。ウチはあいつらにビタ一文くれる気はないです。」


秀成は俺の反論にため息をつくと続け様にもう一本煙草に火を着けた。


「なぁ草野。俺も小沼の人間飯食わせなきゃならないんだよ。親父の時みたいにはいかないんだ。どうしてそれが分からない?昭和のようにはいかないんだよ。」


秀成の言うことは分かる。だが大原をシメてるのは俺ら草心会だ。俺には草心会の組員を食わせなきゃならない義務がある。

秀成ははっきり言ってヤクザに向いてない。安全な場所から、えいやえいやと指図してるだけにしか俺には映ってない。気づけば俺は怒鳴っていた。


「そうしたら大原半分桑子にくれてやれって言ってるようなもんでしょ!そんなの草心会として受け入れられませんよ!とにかくこの話は桑子には渡しません。桑子と話す機会があればそういってもらって結構です。」


秀成は煙草を消すと静かに言った。


「もしウチの他の組がデカい所と揉めたらお前どうする?」


「その組に加勢します。」


秀成は俺の即答にこの日初めて声を出して笑った。

笑い終えると秀成はもう一つ俺に質問した。


「親父だったらどうすると思う。」


俺はしばらく考えたが、秀成は今度は俺に答えさせなかった。そればかりか自分で答えた。


「たぶん俺と同じようにしたぞ。」


秀成の鋭い目つきには自信があった。俺はそれ以上反論しなかったが、結局俺と梅津は桑子には利権を渡さないの一点張りで話は平行線となった。


その後は秀成から涼味屋とかいう料亭で桑子と話し合った内容を詳しく聞かされ、この場はお開きになった。執務室から出る直前に秀成は俺達に念を押した。


「戦争はするな。」


俺は納得がいかなかったが、とりあえず棚上げになったのは良かった。まだ話す余地がある。


帰りがけに庭で大男に出会った。飯田だ。


(チッ、居たのか。)


飯田は小沼一家の若頭で、秀成に忠誠を誓う側近中の側近だ。


「カシラ。ご苦労様です。」


俺の挨拶を無視して飯田が近くまで来た。


「おい草野。総長これ以上悩ませるんじゃねぇぞ。お前んとこみたいなちっぽけな組まとめてんじゃねぇんだからよ。あんまり調子乗ってるとただじゃおかねぇぞテメェ。」


相変わらず腹の立つ野郎だ。


「はい。すみません。御忠告ありがとうございます。失礼します。」


俺は本家の前で待機してる車に乗り込むと、大原に戻った。車は見事に帰りとは反対に向いていた。


「バカ野郎。車帰りの方に向けとけって言ったろうが。」


梅津が藤村の頭を叩いた。


「あっ!すいません!」


初めての運転手でコイツも緊張してるんだろう。


「いいよ梅津。藤村、次から気をつけろよ。」


「はい!すいません!」


俺は藤村を庇ってやった。







大原に着くとすっかり夜になっていた。日付はとうに変わっている。

事務所の近く、途中のコンビニで若い奴らがたむろしているのが見えた。


「ちょっと停めろ。」


俺はコンビニの向かいに車を停めさせると梅津に指示を出した。


「梅津。あいつら大原連合の事知ってるかもしれねぇな。」


俺はこの間聞いた大原連合の話を忘れていなかった。訳の分からん連中は早めに始末した方が良い。


「おい藤村。お前梅津とあいつらに「職務質問」してこい。」


「職質ですか?」


梅津はそそくさと車を降りた。藤村も後に続く。

俺は窓を開けてその様子を見ていた。


若い奴らは梅津と藤村の姿を確認するとゾロゾロと帰り支度を始めた。ザッと6人は居る。


梅津は奴らを引き留めると、その内の1人に何かを尋ねている。他の5人はその隙に歩いて帰ろうとした。


俺は車内から声をかけた。


「逃げんじゃねぇぞおめぇら!」


全員が俺の声に両肩を上げると、間髪入れずにその内の1人を梅津が殴った。


「〜ッ!」


藤村は黙ってそれを見ている。


「藤村ぁ!1人捕まえろ!」


俺の指示に藤村はハッとして逃げようとする1人を捕らえた。


梅津は倒れこんだ1人をさらに蹴りあげ、何かを聞き出したようだ。

藤村が首根っこを掴んで離さないもう1人を梅津が奪い取り、背負い投げをする。


「ああ〜!!いってぇ!」


投げられて背中を打った奴が叫んだ。


深夜のコンビニ前は一瞬で戦場になった。他の奴らはとっくに走って逃げた。


うずくまる2人を背に梅津と藤村が戻ってきた。「職質」は成功だ。


2人は車に乗り込むと藤村はギアをドライブに入れた。


「当たりです。大原連合から大麻卸されてるみたいです。」


梅津からの報告を聞いた俺は笑った。

大体ああいう半端な連中は愚連隊か、ソレに世話になってる奴だ。しかも痛めつけたら簡単に吐く。


「っんとにチンケなシノギしかねぇんだなあいつら。」


俺はそう言って窓を閉めた。


「藤村。ああいう時は逃げられないようにお前は梅津の反対側に居なきゃダメだ。」


「親分の仰る通りだ。それとお前もう少し体鍛えておけ。あれじゃ反撃されるぞ。」


俺と梅津の「指導」に藤村はハツラツとした返事をした。


「はい!ありがとうございます!」




深夜の大原に俺達の乗る車は消えて行った。
























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