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『犬』


「隼人が、レッドイーグルのメンバーだった…?」


 ヨーコは、信じられない思いで写真を見つめた。


 …嘘。


 これは悪い嘘よ。


 だって、普段の隼人は優しくて、真面目で、誠実で…。


 この間のデートの時だって、そう。

 転んじゃったおばあさんを真っ先に助けに行ったのは、隼人だったじゃない。


 「隼人が人を傷つけてたなんて、ありえないよ…」


 しかし、今現実に目にしているのは、隼人の写真。

 今とは似ても似つかないけれど、確かに、彼の写真。

 エレナの言葉が嘘ではないことを告げる、証拠。


「これでわかった?」

 エレナが言った。

「あんたは、隼人のことを何も知らないんだょ」


「…」


「隼人はね、心変わりするのが早い男だから。

今は警察官ぶってても、そのうちこっちに戻ってくるわ―――あんたを捨てて、ね」


「…そんな…」

 ヨーコの肩が、わずかに揺れた。

 うつむいた顔は、黒いミディアムの髪に隠れてしまっている。

「…そんなっ…」


 泣いているのだろう、とエレナは思った。当然だ。 今まで優しいと、誠実だと思っていた人の、正反対の一面を見せつけられたのだから。


「隼人は、もうすぐここに来るわ」

 エレナは、ヨーコの元にしゃがみこみながら言った。

「あんたを攫ったのがレッドイーグルだってこと位、あいつにはすぐ察しがつく筈よ。

隼人が来たら、あんたは解放してあげる。

あんたは隼人をおびき出す為に攫っただけだから」


「…」

 ヨーコは、うつむいたまま細かく震えていた。

 何も答えない。


 エレナは、勝ちを確信した。

 あの写真が、隼人に対するヨーコの気持ちを打ち砕いたことは、明らかだ。


「隼人が来るまで、一人にしといてあげる。その方が良いでしょ??」

 吐いたセリフとは裏腹に、エレナの声には優しさは無かった。

 むしろ、ヨーコを痛め付けるのが楽しくてたまらないという口調だ。


「じゃあね。可哀想な子犬ちゃん…」

 スパンコールをきらめかせながら、エレナは立ち上がった。


 その後ろ姿を見ることもなく、ヨーコはうずくまっていた。



 刑事たちは必死に捜索したが、ついに駅ビル内で通り魔を見つけることはできなかった。

 恐らく、野次馬に紛れて逃げてしまったのだろう。 刑事たちは、駅前に警察犬を出動させた。

 通り魔は、少なからず『返り血』を浴びている筈だ。

 血のあとを辿っていけば、犯人を追い詰められるかも知れない。

 …そんな捜査線の中で、一人だけ硬直しきっている刑事がいた。



「ちょっとォ、何なのよ鬱陶しい!」

 マドンナが声を荒げる。「そんなにくっつかないでっ!!気味悪いわよっ」


 周りでは、他の刑事たちが面白そうにこの状況を見ていた。

 野次馬の数は、総勢30人といったところだろうか。 それもそのはず、マドンナに密着して震えているのは…


「岩波さん!いい加減にしてっ!!」

 マドンナが叫び、岩波を突き飛ばした。


「ひぃっ!」

 岩波は爪先立ちになり、悲鳴にも似た叫びを上げる。

 彼のすぐ目の前で、茶色いぶちの警察犬達がグルグルと唸り声を上げた。


「あのねぇ、いくら犬が苦手って言っても、限度があるでしょう」

 マドンナは呆れ顔だ。


「にっ、苦手なんかじゃねえぞっ」

 そう言いながらも、岩波は出来るだけ犬達から離れようとして、マドンナの背中の後ろにしがみついている。

「俺に怖いものなんざねぇんだよっ…ぎゃあっ!」


 とりわけ大きい一匹の警察犬が、威嚇するように歯を向いたのだ。


 岩波は飛び上がって、取り囲んでいる部下達の輪に潜り込む。

 普段から岩波に怒鳴られている刑事達は、ニヤけながら上司を押し戻した。


 再び、野次馬の円の中にいるのは岩波とマドンナだけになった。


「さて、鑑識の人手も足りないことだし…岩波さんにも捜索に参加してもらいましょうね」

 マドンナが、優しく微笑みかけた。

『岩波を威嚇した犬』の手綱を、彼の手に押しつける。

「怖いものは何にも無いんでしょう?

それじゃ、警察犬とのお仕事だって簡単ょねーえ?」


 マドンナの笑顔の下に隠された蛇のキバは、確実に岩波に突き刺さった。


「あっ、あったりめえじゃねぇか」

 震えながらも、何とか彼は言った。

口元がヒクヒク痙攣している。

「俺の手にかかりゃ、こっ、こんな犬っコロなんて…」


 次の瞬間。

岩波を取り囲む刑事達は、犬の眼が鋭く、キラーンと光るのを見た。


 タンッ。


 犬のたくましい脚が、アスファルトを蹴る。

犬の巨大な体が、大きく伸び上がる。


 そして…


「ぐわあぁあ〜!!」

 

 岩波の叫びが、天にこだました。

彼のズボンの尻部分は噛み裂かれ、女性にとっては見たくない部分がチラリと見えている。


 犬は、すました顔をして彼の脇に着地した。


 これには、周囲の刑事達も大爆笑だった。

マドンナなどは、笑いすぎて大きな瞳に涙を浮かべている。

彼女は、座って尻尾を振っている犬の頭を撫でた。


「よっぽど岩波さんが気に入ったみたいね。

この子、普段は大人しいのよ。

ねえ、マルグレーテ?」


「マルグレーテ!?」

 岩波が目を剥いた。

「何だっ、その名前は!」


「この犬の名前よ」

 マドンナが答えた。

「血統書付きの、立派な犬なんだから。

本名はマルグレーテ=セミラミスっていうの」


 …メス犬!!?


 尻を押さえながら、岩波は唖然とした。

こんなに獰猛なメス犬は、初めて見た。


「じゃあ、岩波さん。

マルグレーテと一緒に、犯人を追ってちょうだい」

 マドンナが言った。


「え"ッ!?」

 岩波はたじろいだ。

「この犬と、か?それは、ちょっといただけねぇな…」


 ギラリ。


 マルグレーテの眼が、再び怪しく光った。


まもなく、岩波が第二の叫び声をあげたのは言うまでもない…。



 隼人は、その建物の前に、静かに車を止めた。


 廃校になった小学校。


 隼人がメンバーだった時、ここはレッドイーグルのアジトだった。


 あれから、もう二年が経過している。

レッドイーグルが拠点を変えていないということが、ありえるだろうか?


 疑問を胸に秘めながらも、隼人は車を降り、ひからびた校庭に足を踏み入れた。


 足下で、砂の塊がザクッと音をたてた。


 …隼人は、ヨーコを襲ったのがレッドイーグルであることを確信していた。

ヨーコが襲われたのは、駅ビルでブルーシャークのリーダーが殺された直後のことだ。

ここでまず、レッドイーグルの関連が疑われる。

更に、何故ヨーコをターゲットにしたのかを考えると、どうしても推論は隼人自身に帰結するのだった。


 …ヨーコは、俺と付き合っていたから襲われたんだ…。


  ヨーコとレッドイーグルを結び付けるもの―――それは、隼人以外にはない。

 

…レッドイーグルの狙いはヨーコじゃない。

…俺だ。

俺のせいで、ヨーコは狙われたんだ…。


 隼人は、歩きながら唇を噛み締めた。

確かに、二度とレッドイーグルに接触しない、と岩波と約束した。

けれど、大切な人が奪われてしまった今、その約束は隼人に何の効力も持たない。

彼は、ダッと走りだした。


 …ヨーコ。


 彼女を想うだけで、苦しくなる。

レッドイーグルに、傷つけられていないだろうか。

もしかしたら、ヨーコは隼人の過去を教えられてしまったかも知れない。

それを知った時の彼女の反応を想像すると、胸に重しが乗って締め付けてくるような心地がする。


 それでも、隼人は走る速度を緩めなかった。

たとえヨーコに拒絶されようと、隼人は彼女を守りたかった。

これは当然、警察官としての義務感から生じるものではなかった。

隼人の正義感から生じるものだった。


 …ヨーコが、二度と俺と会うことが無くなったとしても。

俺は、あいつを守りたい…!!



 誰もいない校舎内に飛び込む。

汚らしい床には埃が分厚く積もり、走るたびにモウモウと舞い上がった。


 隼人は、地下へと向かう階段を駆け降りた。

もし、レッドイーグルが二年前と同じ場所を拠点にしているのなら、彼らは理科室にいるはずだ。


 階段を一気に6段飛び降りる。

隼人は、持ち前の運動神経で難なく着地した。


 地下一階。

階段の踊り場を右に曲がると、理科室への廊下にでる。

闇に包まれた廊下の突き当たりからは、ぼんやりとオレンジの光が漏れている。アルコールランプでも灯しているのだろうか。


 …いた。


 隼人の勘は、当たっていた。

息を整えることもせず、彼は真っすぐ突っ込んでいった。


「ヨーコ!!」


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