隼人の本性
「可哀想な子…」
エレナが呟いた。
その声は、今までの楽しんでいるかのような響きを失い、ただ虚ろに部屋に染み渡った。
「私は、隼人を信じてる」ヨーコが、強く言った。
「どうしてあなたがそんな事言うのか…私には判らない」
「あんたが隼人を信じてるのは、隼人を知らないからよ」
エレナが冷たく返した。
「あいつの本性を知ってごらん。二度とそんなセリフ吐けなくなるわよ」
「隼人のことをそんな風に言わないでっ!」
ヨーコは怒りに任せて立ち上がろうとした。
けれど、それは出来なかった。
何かが、ヨーコの身体を床に引き止めて離さない。
ヨーコはガクンとコンクリートの床に尻餅をついた。
「…?」
見れば、右足首に錆びた鉄の輪がはめられている。
輪からは太い鉄の鎖が伸び、その先端は壁に打ち込まれている。
動くたび、ジャラジャラと不快な音がヨーコを襲った。
「なに、コレ…」
ヨーコは眉をひそめる。
それを見て、エレナがニンマリした。
「犬には鎖をつけとかないと、逃げ出しちゃうでしょ」
「犬って…」
…あたしのことなの!?
ヨーコは、怒りで目の前が真っ暗になった。
強引に連れ去られ、隼人をバカにされ、おまけにこの仕打ち。
どうして、こんな目に遭わなければならないのか。
「そのうちわかるわ」
ヨーコの心を読んだように、エレナが告げた。
「何もかも、ね」
*
「…クソッ!!」
岩波は携帯電話をバキンと閉じた。
「何で出ねぇんだよっ、あのガキ!」
ガキとは、もちろん隼人のことだ。
先刻、謎の電話を受けた途端、彼は飛び出して行ってしまった。
岩波は、どうせすぐ戻ってくるだろうと高をくくっていた。
しかし、いつまで待っても、隼人が帰ってくる気配は無い。
イヤーな予感が、岩波を襲う。
…まさか、あいつ。
捜査線から一時的に離れ、駅ビルから駆け出る。
嫌な予感は、的中した。
停めておいたはずの、岩波のローレルがない。
思い出してみれば、エンジンにキーを差し込んだままだった。
…隼人!!俺の車を勝手に使うたぁ、いい度胸してるじゃねぇか…。
帰って来たら、ただじゃ済まねぇからな!!
ため息をつきながら、岩波は駅ビルに戻っていった。
…まあいい。
必要な情報の大半は、隼人から引き出すことができた。あとは、レッドイーグルと接触するだけだ…。
*
岩波が噴火寸前ということも知らず、隼人は猛スピードで車を走らせていた。
シートベルトをしていないことにも気付かない。
彼の頭の中にあるのは、ヨーコ、ヨーコ、ヨーコ、それだけだった。
電話の向こうでヨーコが叫んだ言葉が、頭の中を駆け巡る。
『もうすぐ五日市街道に出るわ』
五日市街道沿いの住宅地は広範囲に及んでいる。
普通なら、これだけでは探しようがない。
しかし、ヨーコがどこで襲われたか、隼人には大体の見当はついていた。
ヨーコは、家に帰ろうとしていた途中だった。
それならば、必然的にヨーコが襲われた場所は、彼女がいつも使っている道に限られる。
隼人は、今まで何度もヨーコを家まで送った経験がある。
だから、彼女の使う道も知っている。
あとは、そこを徹底的に調べあげ、ヨーコが連れ去られた場所を特定するのだ。
しかし、それにしても、何故ヨーコが狙われたのか?
ヨーコを襲ったのは、一体誰なのか?
ヨーコは、無事なのか?
様々な疑問が次々に浮かび、泡のように胸の中で弾けていく。
言いようもない不安を抱えたまま、隼人はローレルを走らせていた。
*
「ねぇ、教えてよ」
エレナが高圧的な態度でヨーコを見下ろした。
「隼人って、本当にあんたのこと愛してる?
あんたで遊んでるだけじゃないの?」
「…」
ヨーコは不快さを覚えて、エレナから目を逸らした。どうしてこの少女は、隼人のことをそんな風に言うのだろう。
聞いていて、腹が立ってしょうがない。
「隼人は遊ぶような人じゃないっ。
何も知らないくせに、メチャクチャなこと言わないで!!」
そんなヨーコに、エレナは冷たい眼ざしを向けただけだった。
「言ったはずよ。あたしの方が隼人の本性をわかってるって…当然でしょう?
あたし、隼人の元カノだまの」
「!」
ヨーコは、ぎょっとして目を見開いた。
「驚いた?」
エレナが勝ち誇ったように笑う。
しかし、眼は冷たく、少しも笑ってはいなかった。
「あたしは、中学の頃から彼を知ってるの。
家になんか帰らずに、ずっと二人で暮らしてたゎ。 生活費がなくなったら、仲間と一緒に夜の街に繰り出したし。
弱っちい奴らから金を巻き上げたりもしたわ」
「…」
エレナは得意げに続ける。「隼人って、喧嘩も強いのよ。
ブルーシャークが吉祥寺界隈からいなくなったのは、隼人を怖がったからよ。
あいつの拳をまともに受けて、失神しない奴はいなかったわ」
「…嘘よ…」
ヨーコは、震える声で否定した。
「うそ。そんなの嘘。
隼人は、そんなことする人じゃない…人を傷つけたりたんか、できる人じゃない。人違いよ!」
エレナが吹き出した。
「あんた、どこまでも可哀想な子ょね…隼人のこと、全然わかってない」
彼女は言葉を切り、羽織っていたレザージャケットの胸元からヒラリと何かを取り出した。
それは、写真だった。
ずいぶんくたびれて、皺がよっている。
エレナは、その写真をスッとヨーコに差し出した。
「…」
全身を細かく震えさせながら、恐る恐る、ヨーコはそれを受け取る。
見たくない。
見てはいけない。
けれど、エレナが写真を押しつけてくる。
「見ろ」とでも言わんばかりに。
ヨーコは、恐々と写真に目をやった。
その黒い瞳は、写真の中の人影にピタリと吸い寄せられ、動かなくなる。
そこには、見覚えの無い少年が映っていた。
エレナに似たミルクティー色の髪。
日焼けサロンで焼いた、浅黒い肌。
わざと破った、サイケな色のレザージャケット。
首からは髑髏の形をした、銀のペンダントが下がっている。
その少年の眼は、斬るように冷たく、見下すような高慢な表情を浮かべてカメラを見ている。
彼は、今より少し幼い顔のエレナと共にバイクにまたがり、写真の向こうからヨーコを貫き続ける。
ヨーコは、この少年を知らないと「思いたかった」。けれど、彼女は、少年を「知っていた」。
今とは大分違うけれど、写真に写る少年の面影は…。
「はやと…」
ヨーコが、呟いた。
エレナが高笑いした。
その笑いは、コンクリートの部屋中に響き渡り、反響して、ヨーコの耳にガンガンと襲い掛かる。
「そうょ。それが、隼人の本性」
エレナが楽しげに言った。「隼人が、レッドイーグルのメンバーだった頃の写真よ」
ついに、ヨーコちゃんは隼人くんの過去を知ることになりました…。
どうやら、彼女は恐ろしくショックを受けている様子。
それもそのはず、憧れの警察官であり、最愛の人である隼人くんのイメージが、ガラガラと崩れ落ちたんですから。
二人の関係は、どうなってしまうのか…??
次回更新をお楽しみに♪




